ウィアード・インヴェンション〜戦前期海外SF流入小史〜046

フヂモト・ナオキ


ドイツ編(その十六) ハウプトマン/逸見広訳『女人島の奇蹟』Die Insel der grossen Mutter, oder, Das Wunder von Ile des Dames : eine Geschichte aus dem utopischen Archipelagus(1924)

 鴎外が訳したりしてて、主に劇作で有名なハウプトマンGerhart Hauptmann(1862〜1946)だが後期にはなんかヘンな小説を書いてるらしい。その一つが、漂流奇譚モノの『女人島の奇蹟』。しかもそれが太平洋戦争の真っ最中に翻訳されているという不思議。いやまあ、同盟国の小説だというのでついうっかりという解釈もありうるだろうけど、「なんでまた」感は強い。
 邦訳はノーベル賞文学叢書なる、ノーベル賞受賞作家の作品を集めて紹介したシリーズの一冊で奥付の発行日は昭和17年3月5日。ま、そんな時期の本ということもあってか、あんまし古本屋でも見かけないな、と思ってたら、いつの間にか<新青年>なんかを復刻している本の友社がこの叢書を復刻。とても個人で買えるようなお値段ではないようですが、図書館で手に取る機会は確実に増加しているかと。

 南太平洋を航海中に難船したコルモーラン号から脱出したボートに乗っていたのは一人の子供を除いて全て女性だった。豊かな自然に恵まれた島にたどり着いた一行の中の画家アンニ・プレヒテルはすかさず権力を掌握、島の議長となる。麻布製品店の主人ローゼンバウム夫人を第二隊長、文学者のロートベルテ・カルプを第三隊長として、理想国家が形づくられていく。
 とはいうものの、見かけ上、いくら発展しても、いつかは衰退せざるを得ない、なーんか、つまらなそうなロビンソナード、と思ったら、神秘主義者バベッテ・リンデマンが神がかった発言をしたあげく、出産。どこかに男がいるのかと思ったら、そうではなくこれが「女人島の奇蹟」なわけで、次々となんとなく妊娠してしまうのである。
 生まれてくるのは女子だけではなく、調和のとれた女人国に男子は不穏だと、五歳をこえると島の隔離された地方に追い出すという制度が出来上がる。この追放された男子の存在、及び、難船時の唯一の生存男児ファオンが成人男子に成長していくことが、この理想国の不安定要素として危機をもたらすことに。
 とまあ、フェミニズムとかジェンダーとか文学研究で流行してるのに、なんでまた、こんな珍品をほっておきますか、とだけ書いておこう。珍奇すぎて一般論にならんとかですか。

 ドイツで発表されてすぐ茅野蕭々が<時事新報>で紹介しているらしんだが、マイクロを繰っても当該記事は発見できず。ただベストセラーになったという話が真鍋儀十『斬捨御免』の増訂版に出ているくらい(初版はハウプトマンの本が出る前の1921年に出ているので、そのくだりはありません)なので、話題の書だったのではないかと。
 ちなみに『斬捨御免』に載ったのは「原稿料物語」という一文の中の景気のいい話の例。「ゲルハルト、ハウプトマン氏の新著「偉大なる母の島」と云ふ小説は非常な好評で、独逸だけでも出版後三週間で七万五千部を売尽したと云ふ」ということなそうな。
 内容自体にふれたものとして、確認できるのは成P無極による<大調和>1927年6月号「掲載の「ハウプトマンの近業」という紹介文(1934年の『人間凝視』政経書院に収録)。ストーリーをひととおり記して「自然生活と文化生活との交錯を描いてゐるが、社会組織発達の経路と両性関係のそれとに力点を置いてゐるところに特色がある。」とまとめている。

 今でも、後期のハウプトマンを読もうという人も時折いる気がするが、なぜか『女人島の奇蹟』はスルーされてるねえ。 金森誠也「ゲルハルト・ハウプトマンの変貌と日本の作家たち」<国際関係研究>1992年7月で「他方では科学技術の発展と期を一にするSFの作品が,大江健三郎はじめ純文学の泰斗らによっても執筆きれ話題になっている。そうしたことからも,ハウプトマンの小説,特に「アトランティス」や「偉大なる女の島」は今日でも大いに研究し,分析する価値があるのではなかろうか。これらの作品は第二次大戦以前には翻訳されたことはあるが,今では忘れられている。しかし,再翻訳再評価が行なわれれば, 日本文学にも意外に霊妙な活力を与えるのではないかとも期待される。」なんて書かれているのは珍しい例のような気がするのお。


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