水交社といえば海軍士官の親睦&軍事研究の団体ということで、当然とみるべきなんだろうが、シミュレーションとしての未来戦小説にも目配りしていたことは意外に注目されてきていないように思われる。
ジェーン年鑑でお馴染みなフレッド・T・ジェーンの未来戦小説Blake of the "Rattlesnake", or, The man who saved England(1895)は<水交社記事>に翻訳連載、ホーマー・リーのThe valor of ignorance(1909)は英文のままリプリントして配布。そして英露海上対決なこの『世界将来之海王』もまた<水交社記事>付録として配布、と実際に目を通しているかどうかはよくわからんが、少なくとも当時の海軍士官のお手元には漏れなくこうした未来戦小説が届けられていたということになる。
『世界将来之海王』は<国民之友>1885年11月30日〜1886年4月18日に「巡洋艦『鵬翼号』」として翻訳連載。1886年5月、前述の通り<水交社記事>67号付録として海軍関係者向けに単行本化、翌6月に春陽堂から一般向けの単行本としても刊行されている。他にも何かあったような記憶があるが、出てこないのでとりあえず気のせいということで。
邦訳はロシアで匿名で刊行されたものの英訳からの重訳で、その英訳本ってのがThe Russia's Hope。元本のロシア本がА. К.のКреисер <Русская Надежда>(1887)。この匿名の作者について、ネットで調べると、なんかビミョーに異なった情報がころがっていて、どれを信用していいのかよくわからん。元のロシア語のデータでも複数の説が出ていて、それをキリル表記からアルファベットに翻字した際にさらに混乱が。ファーストネームはアレクサンダーというのは割と一致した見解。姓がコンケビッチだかカンケビッチだかそこいらで、生没年のデータが割れているので想定されている人物が複数あるらしいという結論に。
物語を簡単に紹介しておこう。
目的地については特定の海域に着いた時点で指令書を見るべしと、「鵬翼号」に極秘裏に出航の命令が下る。中央アジアでの英露関係に緊張が走っており、開戦も間近と噂されていた。フランスのツーロンに集結するも、「鵬翼号」はさらに南米まで進出、現地の工作員と密かに接触、そこで遂に開戦したという情報を得て大西洋上での通商破壊活動に突入。拿捕した「ムール号」を改装して「鵬雛号」とし、僚船としてあるいは独立してイギリス商船を襲う。
この通商破壊戦を敢行するためにロシアはあちこちに石炭集積所を秘密裏に用意、その補給拠点兼損傷した艦船を補修するドックを配した秘密基地がソロモン群島のマライタ島に出来ているという設定。そこからいろんな指令が飛び「鵬翼号」はインド洋に転じ、さらにはシンガポールを襲撃。ふたたびインドに戻ってボンベイでは港内に油を流し込んで火をかけて、船舶と町を壊滅させる。気仙沼の悪夢である。さすがに悪い気がする、みたいな話になってるが、いやイギリスに対抗するにはしかたがないのだっ、ってなことでお茶をにごされてますよ。
ともかく、「鵬翼号」の活動が語られるだけなので英露戦争自体の趨勢はよくわからないが、アイルランドやインドがイギリスに反旗を翻し、オーストラリアも離反、次第にロシア優勢となり、ロシア優位な平和条約がむすばれ香港や巨文島がロシアに割譲された模様。
<東京朝日新聞>の新刊紹介だとこんな感じ。
「●世界将来の海王 露国海軍士官某の原著、英人チヤーレス、ゼームス、クーク氏の翻訳を以て長く欧州に行はれたる有名の海軍小説を重訳せしなり其説く所ハ露国の海軍を拡張し軍人敵概の気象を奮興せしむるにありて即ち英国海上の覇権を奪取らんとするの長計を画策せるものと謂ふべき我国今日海軍に関する智識の必要なる諸般の訳書ハ我陸海軍人ハ固より一般国民にも一読有益のものとす(日本橋区通四丁目春陽堂発行)」(1896年7月7日)
通商破壊活動といえばUボートにポケット戦艦なドイツというイメージなんだが、ひょっとしてこの本、ドイツに大きな影響を与えたの?
ところでロシアの未来戦小説といえば「イワンの馬鹿」である。いや、ロシア小説なんて全く読んでないに等しいので、とりあえず物理的に薄いヤツをと読み始めたら、ナノアセンブラで作り上げた人造兵士軍団を使って(←いや本文は悪魔の魔法で藁から作った兵士と書いてありますが、そこはワードよりもおせっかいな脳内オートコレクト機構が自動変換)インド攻略する話だったよ。
充分な兵力を用意した心づもりだったのにインド人ったら女性も兵士にするとはっ。しかも飛行機械を開発していたとは卑怯なり〜っ。で、負けちゃうんですねえ。さすが『戦争と平和』のトルストイだけあって、未来戦モノも凄い(違)。
ところで今、カンボジアでトルストイって普通に読めるのかのお。「イワンの馬鹿」は、小賢しい智慧を捨て無智な農民として生きる事の素晴らしさを語っていて、当然、作品内では非常な説得力を獲得しているわけだが、それを本気で実行すると、クメール・ルージュなわけで、なんか彼の地では冷静に読めない小説のような気が。