ウィアード・インヴェンション〜戦前期海外SF流入小史〜044

フヂモト・ナオキ


ドイツ編(その十五) キユルデン・スタイン/須地文三訳『ヘリウム瓦斯』+ベルンドルフ/橋爪檳榔子[恵]訳『毒を追ふドクトル』

 今回は、ガッカリ回である。意図的にガッカリ回を作って、他の回が良かったような気にさせるライフハック。えっ、いつもガッカリなので、今回は単に特にガッカリな回ですかそうですか。

 まずは、本国のSF書誌に出てくるのでSFか、と思ったら、甘かった…のが『ヘリウム瓦斯』Helium(1937)。
 日独出版協会が出していたドイツの広報雑誌、その名も<ドイツ>は、あの那珂良二の「成層圏要塞」を戦争真っ只中の1943年5〜9月に連載していた(月二回刊で下旬号の方での連載)というので注目される雑誌である。『ヘリウム瓦斯』のほうがへなちょこなので、「成層圏要塞」連載開始時の編集後記を紹介。「これは枢軸科学小説とも銘打つべきものであり、作者の那珂氏はすでに科学小説では定評もあり、今後の発展を大いに期待していただきたいと思ふ。舞台が枢軸であるだけに必ず在来のものにない宏大な規模の物語が読者を驚かしながら展開するであらう。」
 五回連載で普通の単行本一冊分にはならないはずなので、どう違っているかは那珂良二研究家の発表に期待してパス。

 ところで各ポジション別、全12冊の「誠文堂野球叢書」って野球研究者には有名? 1ダースでは、数があってない気がするが、外野手が1冊にまとめられている一方で、投手篇は2冊あったり、コーチ篇やら打撃篇やらで辻褄があっとるのよ。
 国会図書館にはこれの一塁手篇だけがあるみたいなんだが、なぜか那珂良二が「日本名一塁手物語」を執筆。ひょっとして二塁手篇には「日本名二塁手物語」書いてたりすんのかっ。

 という話はおいといて、那珂良二連載の後にはじまったのがこのキユルデン・スタイン/須地文三訳『ヘリウム瓦斯』(1943年10月下旬号〜1944年2月下旬号)。「ナチス防諜小説」と銘打たれているところで既に期待薄(希ガスだけに)だが、如何にもスチーブンソンをもじりましたみたいな「須地文三」って何。当然、そーゆー由来の筆名だと思ったんだが、<新青年>でも使われていてドイツ大使館勤務、みたいなことが書いてあったり。本名なの?
 原作者名もW.P.Guldenstein(1895〜1961)をキユルデン・スタインって。
 お話は、ヘリウム製造法をめぐるエスピオナージもので、SFだっ。っていわれている気がするんだが、その人造ヘリウムがいかに凄いか、あるいは製造工程がびっくり、という要素がゼロなんで、SFとして読むのは無理。原作だと多少はそのへんの描写があるんかのお。
 ちなみに『ヘリウム瓦斯』のあとに那珂良二が「緑と紅と白」って科学小説を連載しかけてるんですが(1944年3月下旬号)、第二回以降は続かなかった模様。

 がっかりついでにもう一つ。独逸科学小説と銘打たれて<科学画報>1931年1月号から連載のはじまったベルンドルフHans Rudolf Berndorff(1895〜1963)[aka Rudolf Van Wehrt]『毒を追ふドクトル』Dr. Schall jagt nach Gift。
 科学小説年表に出てたりもするんだが(いや、冠称がそうなってるんだから入れざるを得ないか…)、読むとこれが、手術の痛みに耐えかねてモルヒネ注射でヤク中になって転落人生〜地獄巡りな人生に墜ちた若き医者の物語。連載6回目に「独逸怪奇小説」と冠称が変化するんだが、怪奇小説でもないよねえ。なんでまた、こんなものを連載する気になったのか。
 大体、ベルンドルフって誰だよ、って翻訳が結構あんのかっ。

佐藤雅雄訳『諜報』先進社・1931
 ※Espionage![Spionage!の英訳]の翻訳
佐藤雅雄訳『諜報』第一公論社・1942
 Wehrt名義
佐藤謙三訳『斯くて独逸は開戦した』改造社・1940
大住竜太郎訳『ドイツ開戦の真相』第一公論社・1942
 ※2点とも War over Europe, August/September, 1939 : the inside storyの翻訳
竹越和夫訳『灰色のエッフエル塔』忠文館・1944

 ちなみにこの人の、Der Libellen-Krieg. とEin Wal. ってのがSF扱いされとるが、ひょっとして、面白かったりするの。


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