みだれめも 第206回

水鏡子


 退職生活に突入した。
 ぼおっとしてなにもしない間に日が過ぎていく。意外と本が読めません。というか、日々刻々のニュース報道に気を取られてなにかに没入できない。

 前述のとおり午前中は机に張り付くようにしていますが中味がありません。
 理屈をこねる集中力に欠けるので、心機一転を目指す試みとしては、「拙速リスト」と銘打ってリスト遊びを(できれば)毎月行うことにした。テーマはいろいろ。以前に思いついていたけれど、しょうもない割に時間がかかるので、作らなかったものや、その前段にあたるものをいろいろ考えてみます。拙速だけがとりえの不完全なリストです。

 ネット情報を切り貼りすれば、少しの手間ひまで、それなり大がかりなリストを作ることができる。仕事の合間にそんなことに手を出せば、本を読む時間までなくなると断念していた作業です。内容についての責任は持たない。元にした情報の漏れや誤記、それにぼくの誤転記などミスは相当出てくるはず。原典のなかに、気がついただけでも相当漏れがあったりする材料を精査しないで切り貼りしてるし、作っている最中気づいた切り貼りミスもいっぱいあった。修正及び改良は、覗いてみて活用したくなった人の努力にゆだねたい。「拙速」と銘打つ所以だったりする。完成品ではなく、同好の士に向けた原資及び雛型の提供という趣旨。再加工し育てたものを返してもらえたらすごくうれしい。

 いいかげんなリストの氾濫というのが、昔からの持論であって、完璧を期すからリスト作りは辛気臭くなる。ある種の集塊の俯瞰されたイメージをつかもうと思うなら八割がた信用できるまちがいだらけのリストで充分役立つものなのだ。きちっとしたまちがいないリストより、浮びあがらせたい塊がどんなものかというコンセプトの呈示の方がずっと大切だと思う。コンセプトに共鳴し、杜撰さに不満を持った人が、使い勝手の良いきちんとした改良型のリストを作ろうと思いたってくれた方が、リストを作った冥利がある。リストに限った話じゃない。文章だってたぶんおんなじことだと思う。

 今回は「ヴァンパイア・ロマンス小説」をまとめてみた。毎月刊行されるロマンス系文庫のヴァンパイアものの全容がつかめず、すこしイライラしているのだ。できれば「パラノーマル」全体を拾いたいのだが収拾がつかない。
 必ずしも読みたいからというわけでもない。ないこともないか。境界領域で得体のしれない集団が着実に増殖し、あきらかにその文化を背負って越境してくる作家がいたり、出版社も普通のファンタジイのふりをして刊行してくるご時勢に、その歴史も地理もつかめないことに落ち着かないのだ。

 基本的に帯や解説で「RITA賞」とか「ロマンティック・タイムズ(RT賞)」の名前が出てくるのがロマンス小説系統の作品である。ジャンル的にはRT賞のほうが広い。たとえばRT激賞の帯がついた激賞のゲイル・キャリガー『アレクシア女史、倫敦で吸血鬼と戦う』は、人狼や吸血鬼が市民権を得て人と共存しているビクトリア女王時代の英国を舞台にした、いつのまにか定番化した世界設定(アーバン・ファンタジイという用語がこのサブサブジャンルのことだと考えていいのかな)のなかで、勝気なヒロインがその世界ではありえないはずの出自が不明の吸血鬼と遭遇する事件と捜査の過程で人狼の主席捜査官と鞘当てするのを楽しむ話。吸血鬼や人狼に転化できるのは常人よりも魂の量が多い人間で、ヒロインはロンドンで唯一の魂を持たない人間。彼女に触れられると吸血鬼も人狼も超常能力を消失する天敵ともいえる存在という設定。定番小説特有の、構築された世界への作者の余裕綽々な上から目線で、小ネタをちりばめながら小説世界に紡いでいく。社会のしくみや科学のからみ方とかにおざなりながら力を割いているせいで、ロマンス小説と一線を画しているが、その一方での小説の全体的な構成やキス・シーンなどへの比重のかかり方は、あちらの小説文化圏から越境してきた印象を受ける。大きな期待をしなければ、軽く楽しめる。評価 中の中。

 「パラノーマル・ロマンス」という言葉を耳にしてからだってもう二十年近く経っている。いまやロマンス小説の世界でも際物的存在から確固たる柱の一つに成長した。それなのに作品名も作者名も覚えられす、古本屋でのダブリ買いも何度かやって泣いている。

 リストが自分に役立つことが主目的なので、記載は適当。元のリストからの張り付けで、タイトルが大文字小文字まじりだったり、大文字だけだったりをそのまま統一しないで張り写している。将来的なリストの領域拡大を意識して関係ない作品も混ぜている。各賞の主催団体のサイトやアマゾン、ウィキペデアのvampire literature等の項目、それにvampire romanceというサイトが役立つ。最後のサイトはとんでもなく膨大なリスト集。膨大な内容があくまでロマンスもの限定で、ブラム・ストーカーもリチャード・マシスンもジョージ・R・R・マーティンも関係しないあたり、ある意味すごくて、ある意味疲れる。日本のサイトでは、みつけたなかではviva! Romanceselfish vectorというサイトが充実していた。
 将来的に、日本海外網羅した吸血鬼関係の小説・コミック・映画・ゲームの一覧年表がほしいなと思ったりする。作品数が万を超える気がするので思うだけ。

 しかし、パラノーマル・ロマンスの各種受賞作がこんなにあるとは。逆にいえば、こんなに毎年部門別受賞作が作れるくらい大量に出版されているとは思わなかった。RITA賞とRT賞というのが、2大権威のように見える。

 RITA賞はアメリカロマンス作家協会の主催する年間優秀作品賞。投票者は作家かな。1991年発表作品から「パラノーマル作品部門」が出来ている。最終候補作を全部拾いたかったのだけど、90年代については受賞作しかわからなかった。

 RT賞は、同名のレビュー誌のレビュアーによる年間優秀作品賞(らしい)。受賞発表年と出版年に2年の差がある。

 大量の部門区分けがなされているが、もともとは、ヒストリカル・ロマンスと一般ロマンスの2大部門に分かれて、その中で各部門賞が設定されている。リストの順番が一般よりヒストリカルが先にきているところに賞の性格が表れているようで、タイムトラベル部門がSF部門等から独立しているのもそんな事情があるのかもしれない。1999年発表作品から、ミステリ、サスペンス、スリラー区分が増え3分割、2002年発表作品時に大改訂され、9分割された。最新の2010年には11分割されており、パラノーマル/アーバン・ファンタジイ区分のなかに@Futuristic Romance、AVampire Romance、BShapeshifter Romance、CParanormal Romance、DParanormal Fiction、EUrban Fantasy Novel、FUrban Fantasy Protagonistの7部門、SF/ファンタジイ区分のなかにGEpic Fantasy Novel、HScience Fiction Novel、IFantasy Novelの3部門、ロマンティック・サスペンス区分にJParanormal Romantic Suspense、ヒストリカル区分にKHistorical Fantasy/Paranormal、エロチカ部門にLParanormal/Fantasy/Sci-Fi Erotic Romance、ヤングアダルト部門にMYoung Adult Paranormal/Fantasy Novelがある。これに少し性格がちがうものにレーベル別部門賞があり、NSmall Press Paranormal/Fantasy/Futuristic、合計15部門がSF・ファンタジイ関連にあたる。ノミネート作品を含めて年間100篇、関連のない部門賞まで含めると200篇近くが受賞作・候補作の肩書がつく。作品評価の信頼性に疑問符がつくボリュームだ。

 PEARL賞というのもある。1999年から始まったパラノーマル・ロマンスの読者賞らしい。作家賞、批評家賞、読者賞というわけだ。『ヴァンパイアはご機嫌ななめ』(メアリジャニス・デヴィッドスン 早川書房)の解説で初めて知った。ノミネート作品を見るととんでもなく偏りがあり、同じ作家がくりかえし受賞している。ちなみにこの賞の名前は Paranormal Excellence Award for Romantic Literatureの頭文字をとったとのこと。
 1999年(1998年発表作品 たぶん)が最初らしく、アンソロジー部門、中短編部門を設定しているのが特徴的。年々すこしづつ部門区分を修正しながら、2006年からヴァンパイア部門が独立する。それまでの作品は、シェイプシフター部門かエロチック部門に含まれていたようだ。
 異形(人狼等)とヴァンパイアとか区分けに悩むものがけっこうあるようで、同じ作品が各賞の候補で重複したり、同じシリーズの第3作と第4作が別部門にノミネートされていたりとわりといいかげん。部門名がいりいろ変わったりするのも、主催側の悩みのためだろう。

 ウィル・スペンサーの『ティンカー』で知ったローカスのSFロマンス賞、サファイア賞も受賞作だけ載せた。ヴァンパイアものの占める率が意外と高い。ローレル・K・ハミルトンのアニタ・ブレイク(ヴィレッジ・ブックス)、シャーレイン・ハリスのトゥルーブラッド(集英社文庫、ソフトバンク文庫)なども受賞作であることがわかった。

 表を作ることで、実力派の目星もついた。
 J・R・ウォード:ブラック・ダガー ブラザーフッド(二見文庫)、クリスティン・フィーハン:元祖ヴァンパイア(二見文庫)、シェリリン・ケニヨン:ダーク・ハンター(ラズベリー・ブックス)、クレスリー・コール:ローア(ソフトバンク文庫)といったところ。 
 その他、ナリーニ・シン、メアリジャニス・デヴィッドスンなど話題性のある作家は相当部分翻訳されているようだ。ほとんどが、2000年ころからの登場である。ローレル・K・ハミルトン、マギー・シェインなど90年代前半から書いている作家は、ベテラン扱いで賞にはあまり登場しない。
 あと、「トワイライト」や「ヴァンパイア・ダイアリーズ」など学園物はロマンス小説には含められないらしい。日本で同じレーベルで刊行されているせいで一緒くたにしていたけれど、ジャンルとして別扱いのようだ。そういえば受賞作にSF部門があるのだけれど、知らない作家ばかりである。

 一応1冊読んでみた。クレスリー・コールのローア・シリーズ第1作『満月の夜に』
 2007年RITA賞パラノーマル部門受賞作である。
 ヴァンパイアや人狼、ひとまとめにしてローアと呼ばれている種族が、想像の生き物のふりをして、人間に混じって生活している。ヴァンパイアに捉えられ、地獄の劫火に生きながら焼き尽くされる業苦を150年間強いられてきた人狼の王ラクレインは千年間探し求めていた運命の伴侶の匂いを嗅ぎ取り、性本能が引き出す超絶的な力によってくびきから解き放たれる。しかし、彼の見出した運命の伴侶は憎むべきヴァンパイアの娘だった。
 ローアは種族ごとに敵対し、散発的な争いを繰り返している。しかし500年に一度すべての種族が血で血を洗う「大決戦」の時代があり、その時期に近づくと種族間の壁が弱まり、合従連衡に向けた異種族間の混交が増えるといった設定。
 構想は壮大といえば聞こえはいいが、大づくりで薄っぺらい。しかし、種族的特徴を強調したキャラ設定に生気があり、薄っぺらさが気にならない。なにより、こんな設定が、問題なく受け入れられているロマンス小説業界のふところの深さが意外だった。
 寿命何千年の種族という神話的背景設定のなかで展開される純愛系ポルノ。ロマンス小説というのは本質的にプラトニックなエロ本と決めつけていたのだが、「プラトニック」は関係なくなっているようだ。書き割りっぽい設定も、交合主体の話のなかに、ヴァンパイアや人狼の肉体的特質をうまくくっつけ、描写力もあり、飽きさせない。150年間閉じ込められていたから、車もテレビも見たことがない、といった小技も効果的に活用している。先に読んだゲイル・キャリガンより話づくりの手際は一枚も二枚も上手である。
 覚悟していたよりこくがあり小説としての読みごたえがあった。評価としては中の上。
 読後の印象は、SFやファンタジイより、むしろラノベやエロゲー・シナリオに近い。

 リストを作る当初の目論見どおり、作家とシリーズ作品についてある程度全体像が見えてきた気がする。これからはロマンス系文庫についてもチェックが可能だ。
 うーむ。これは良かったといっていいのかどうか。また、買える本が増えたということだから。
 じっさい、今回のリスト作成で原題が確認しづらいとかいった理由で、これまで100円コーナーでしか買ってこなかったパラノーマル本を10冊くらい半額で買ってしまった。

 お詫びです。
 拙速リストが、本当にひどいものになってしまった。資料を触っているうちに、いろいろ屋根を重ねたくなって、土壇場で発表年と受賞年の混同が見つかったりして、想定以上に出来が悪くなった。拙速以前の未完成。とりあえず、今回のみだれめもと内容が連動しているのでアップしますが、2カ月かけて来月完成稿を再度載せます。完成稿といっても、あくまで拙速リストですが。

 3月に送別会を兼ねた映画鑑賞会があって、2年ぶりくらいで映画館に行った。「ナルニア3」である。
 3Dの映像は初めてで、なるほどと感心したが、話は説教くさい定番クエスト。子どものとき、『ライオンの魔女』の出だしで倒れて、原作本をいまだに読んでない。本篇『朝びらき丸、東へ』が一番完成度が高いといった声を聞いた覚えがあるのだが、これならやはり読まなくて正解に思える。
 それにしてもナルニアとの相性は悪い。映画製作者の意図とはちがうところで気がめいる。
 『ライオンと魔女』のときは、イラク戦争の真っ最中。最後の光と闇の大決戦は、エピック・ファンタジイ定番の大スペクタクルなのだが、キリスト教原理主義者C・S・ルイスという予備知識のせいで、現実の戦争とかぶって悪い後味が残った。
 今回も、東日本大震災と丸かぶりの重要シーンがあって、これはいかんだろうこれはと、内心で突っ込み、めげながら見た。

 963冊。
 なにかというと、うちにあるコバルト文庫の数である。とうとう書庫の収拾がつかなくなって、当面の繕い策として、コバルト文庫をまとめて箱詰めした。はじめてカウントしたのだけど、4桁直前まで行っているとは思わなかった。3冊105円で拾える古書店があるせいで、BL系を避けながらファンタジイを買いまくった結果である。30冊以上買っていてほとんど目を通していない作家が10人以上いる。それでもレーベル単位での読破率は高めの方で4割くらいこなしている。


THATTA 276号へ戻る

トップページへ戻る