内 輪   第246回

大野万紀


 この前正月だったと思うと、もう3月。歳を取ったせいか、あっという間に時間が過ぎていきます。筒井康隆じゃないけれど、もう少し先では時間が急流となって滝のように流れ落ちているのではないかと、実感します。
 個人的にはここ1年半以上ずっとマネージメントしてきた大きな仕事が、3月初めにいよいよサービスインするので、その準備やなんかでばたばたしています。というわけで今月は4冊のみ。もうすぐまた話題作がたくさん出版されるとのことで、なかなか読むのが追いつかず、嬉しいような困るような。
 中東の政変にニュージーランドの大地震。大きなニュースが続いています。今年もまだ始まったばかりだというのに、国内政治の方も何が何やら。一体どうなっていくのでしょうか。

 それでは、この一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『樹環惑星』 伊野隆之 徳間文庫
 山口優の『シンギュラリティ・コンクェスト』と同じく、こちらも第11回日本SF新人賞受賞作。
 有毒な雲を抱く森からなる広大な低地帯と、断崖で隔たれた高地からなる惑星オパリア。酸素を含む大気がありながら、森の毒を避けて、人類は高地にドーム都市を築いて暮らしている。低地の森は植物が生み出す多様な化学物質に満ち、それを利用するため、独占的な企業が占有権を得て開発を行っている。そんなオパリアで、新種の森林熱症候群が発生。生態学者のシギーラは、原因究明のため、星間評議会のエージェントと共にこの惑星を二十年ぶりに訪れた。彼女たちを待ち受けていたものはオパリアの人々の敵意だった。
 ある意味、とても既視感のある、よくある設定だといえるだろう。人類に敵対的な自然に満ちた惑星と、その環境を破壊する悪徳企業、科学的真実と政治との間で翻弄される主人公たち。最近では映画「アバター」がまさにそんな話だった。昔のことを言えば、マイクル・ビショップやロバート・ホールドストックにも似たような話がある。
 しかし、それは何ら問題ではない。はっきりいって、新人の処女作とは思えない、本年のベストに入れてもいい傑作である。物語はすっきりと明確で、嫌みが無く、科学性も豊富で、派手さはないが良くできた本格SFだ。その昔の谷甲州をも思わせる、大変ぼく好みのSFである。

『アイダ王女の小さな月 魔法の国ザンス/21』 ピアズ・アンソニイ ハヤカワ文庫
 ザンスの21巻。今度の主人公はサンダル木の精霊であるフォーンのフォレスト。フォーンというとギリシア神話の牧神の仲間で、ニンフたちと〈大人の陰謀〉をして遊ぶのが好きという存在だが、フォレストはさすが主人公となるだけあって、ごく真面目。彼の冒険の目的は、友人の木靴木のフォーンがいなくなってしまったので、新たな守護精霊となるフォーンを探すというもの。例によって魔法使いハンフリーの助言を得て、夢馬のインブリと共にクエストに出かけるのだが……。
 しかし、RPGではメインのクエストを達成するためにそこから派生するお遣いを次々とこなしていくということが良くあるが、今回、どう考えてもメインのクエストよりお遣いクエストの方がずっと大変だ。何しろアイダ王女の頭のまわりをまわる小さな月の世界へ旅立ち、さらにその世界にいるアイダ王女の頭のまわりをまわる小さな月の世界へ旅立ちと……いわゆる再帰的な繰り返しが続いていく。お遣いのためのお遣いのためのお遣い……。うんざりしないのかね。
 それにしても、フォレストくんのもてること。同行者はみんな美少女で、色んな手管を駆使してフォレストくんを誘惑する。とてもうらやましい。フォーンといえば好色なものだから、そういうのは大好きなはずなのだが、彼はクエストを達成するまではストイックにそんな誘惑を断ち切ろうとする。りっぱです。まあお話そのものはいつものザンスで、翻訳困難なダジャレがいっぱい。訳者の苦労に感謝しつつ、安心して楽しめます。

『エステルハージ博士の事件簿』 アヴラム・デイヴィッドスン 河出書房新社
 〈ストレンジ・フィクション〉叢書の一冊。連作短篇だが、解説で殊能将之が書いているように、一つながりの長編として読むことができる。奇想小説と呼ぶに相応しい作品だが、異国情緒とノスタルジアと、微妙なユーモア感覚が相まって、読み出したら止まらない。ほんのりと温かい、幸福な読後感を味わうことが出来た。
 舞台設定がいい。19世紀末から20世紀初頭の東欧、スキタイ=パンノニア=トランスバルカニア三重帝国。黒海とアドリア海にはさまれた、今のクロアチアからブルガリアにかけて存在した国である。東欧の小国というにはけっこう大きな国だ。もちろん架空の存在だが、いかにもそれらしい雰囲気がある。表紙裏に地図がついていて、これが楽しい。特に首都ベラの地図は、見ているだけで行って見たくなるような名所が多い。
 さて、エステルハージ博士といえば、この国で法学、医学、哲学、理学、その他もろもろの博士号を持つ、博覧強記の大博士である。博士は本書の8つのエピソードの観察者であり、常に冷静だが、けっこう人情家でもある。様々な、「少し不思議」から「とてつもなく不思議」までの事件が起こるが、博士が自分で解決するというより、事件は博士の前で自ら解決していく。博士は不思議の触媒なのだ。どうやら中世の錬金術師にまで遡るような魔術や怪異が背景にあるようだが、ペダンティックに語られるのは、それらから少しずれた事柄で、事件がはっきりした解決に至ることはほとんどない。はぐらかされた感が残るが、その霧のかかったようなもやもやした雰囲気がまたいいのだ。しかもけっこうハッピーエンドなので、気持ち良く読める。
 登場人物たちも、いかにも帝国の庶民たちという愉快な人物が多くて、喜劇としても楽しい。偉大な国王もちょっとボケているし。彼の登場する最後のエピソードなど、哀愁があって、何とも言えない味わいがある。堪能した。

『四畳半王国見聞録』 森見登美彦 新潮社
 著者の新作は7編の短篇連作からなる、『四畳半神話体系』の続編、というか、同じ世界の、同じ雰囲気の物語。その他の作品とも、登場人物や登場団体が微妙に連携している。いや、それをいいだせば作者の京都大学生小説はたいてい同じ雰囲気を持っているのだから、何のことやら。
 しかし、本書は『太陽の塔』や『四畳半神話体系』の頃に戻ったかのように、近年のあの華やかさやハッピーさに乏しく、読後感は暗くて切なくてゴリゴリしている。なんせ狭い四畳半にむくつけき男たちが集まっては、アホなことばかりやって青春を浪費していく、空しくて、ちょっと実感が伴うやるせない焦燥感にあふれた物語ばかりなのだから。
 登場人物たちもちょっと変というか、かなり変で、何の役にも立ちそうもない超能力の持ち主だったりする。女性陣はきついけどほんわかしているという(ツンデレとはちょっと違う)、これも作者お得意の魅力的な女性たちであるが、今回はちょっと脇役に徹していて、あんまり見せ場はない。やっぱり男たちが阿呆神を崇拝したり、四畳半に王国を打ち立てたり、空しくもあほらしい救いようもないことをしでかす話なのである。それでいいのだ。しょうもないアホやけど、支持するぞ。


THATTA 274号へ戻る

トップページへ戻る