内 輪 第244回
大野万紀
この年末は本職の方の仕事がピークで、THATTAの例会へも出られず、本もあんまり読めていません。読んだのが上下2巻本を2冊なので、4冊と数えれば良いのかな。読みたい本がまだまだたくさん溜まっています。
どちらも評判の高い本で、今年のSFベストのアンケートには間に合わなかったものの、特に『異星人の郷』は海外SFのベスト1にしても良かった作品でした。
21世紀も10年たって、これから本当の21世紀が始まるという気がします。SFの方でも、新しい作家がどんどん現れて、ゼロ年代という狭い括りではなく、21世紀のSFがいよいよ見えてくるのではないかという予感があります。それは20世紀のSF(ということは、これまでのほとんど全てのSF)の血を引き継ぎつつ、より現実の科学技術や社会との関わりを密にし、日常からの大きな変化を描きつつもその接続性に想像力のポイントを置くものが主流となるような気がします(昔ながらの言い方をすれば、それもまたセンス・オブ・ワンダーです)。その一方で全くのファンタジーも新たな時代の想像力を基に描かれるでしょう。その二つの方向性をつなぐものが、あの語りにくいがSFファンなら誰でもわかるだろう「SF性」というものではないかと思うのです。もっともそれは作品を定義するものではなく、読者の傾向を示すものでしかありませんから、あまり深い意味はないのかも知れませんが。
それでは、この一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。
『異星人の郷』 マイクル・フリン 創元SF文庫
ずいぶんと評判の高い作品だったが、実際に読んでみて、確かに傑作だといって良い(ちょっと現代パートと中世パートのバランスが悪い気はするけれど)。2010年の海外SFのベストといっても良いだろう。
中世ヨーロッパの森の中にバッタに似た異星人の宇宙船が不時着する(実際には宇宙船というわけではないのだが、まあそれはいいだろう)。主人公である村の教会のディートリヒ神父と、宇宙船を修理して故郷へ帰ろうとするクリンク人、そして領主や村人たちとの交流。本書は、14世紀ドイツの神父の視点で描かれるファーストコンタクトSFであり、かつ論理と感情という一見相反するような二つのものが人と異星人の違いを超えて通じ合うという、心を揺さぶる物語である。
中世のドイツが決して暗黒時代ではなく、むしろ自然哲学や論理学という面では後の時代より進んでいたかも知れないという、歴史小説としての側面もしっかりと描かれている。主人公である神父は何事も神学的に理解する人間であるにもかかわらず、むしろそれ故に広い心をもって多様な存在を神の下に認める、現代人とは異質でありながらもわれわれにも理解できる、とても印象的な人物である。ヨーロッパを黒死病の恐怖が覆おうとしている時代であり、そんな中で悪魔そっくりな異星人と人間的な交流をするということが、どれだけ大変なことか。それを思うと、ディートリヒ神父が、そして神父に理解のある領主や村の人々も、いかに強い精神の持ち主かがわかる。
本書には現代のパートもあり、ハードSF的な側面も描かれているのだが、これはまあ本筋とはあまり関係ないだろう。本書はあくまで、14世紀のドイツの森の村でのひそやかな異文化交流の物語として読むのが正解だろう。
『時の地図』 フェリクス・J・パルマ ハヤカワ文庫
スペインの作家が書いた、H・G・ウエルズが主人公のタイムトラベルSF。というか、3部に分かれたユーモア恋愛小説といった雰囲気の作品である。
面白く読んだのだが、個人的趣味としては、このやたらクラシックな感じにはあんまりのれなかった。正直、ちょっとかったるい。著者が小説の中で顔を出しすぎだ。19世紀ロンドンが好きな人にはたまらない話なのかも知れないが。
19世紀のイギリス。大金持ちの次男坊アンドリューは恋人を切り裂きジャックに殺され、失意に沈んでいた。そこへ、いとこのチャールズが、彼を西暦2000年ツアーの時間旅行社へと誘う。ウエルズの『タイムマシン』がベストセラーになり、ロンドンでは時間旅行がブームだったのだ。2000年の世界では、人類と機械人間が最終戦争を戦っているのだという。アンドリューは過去へ戻って恋人を救おうとするが、このタイムトラベルでは過去へ戻れず、ウエルズに会ってその力を借りることにする。というのが第一部。
第二部は、その時間旅行に加わっていた上流階級の娘クレアが、2000年の世界で人類軍を率いているシャクルトン将軍と恋に落ちる話。何と将軍は19世紀を訪れていたのだ。そして第三部ではいよいよ歴史の改変をめぐってウエルズが大活躍する。
というわけで、確かにSFには違いないのだが(最後まで読めばわかる)、むしろコミカルなロマンスものとして読んだ方が楽しめるような気がする。