ウィアード・インヴェンション〜戦前期海外SF流入小史〜039

フヂモト・ナオキ


フランス編(その十九) アンリ・ド・ラ・ヴオル&アーヌウル・ガロパン/高瀬毅訳『世界一周飛行旅行』Un tour du monde en aeroplane(Le Tour du monde en aeroplane)

 アーヌウル・ガロパンArnould Galopin(1863〜1934)とアンリ・ド・ラ・ヴオルHenry de La Vaulx(1870〜1930) Henriとも による合作『世界一周飛行旅行』。いろいろ解決できてないことが多いが、そのへんは一旦あきらめて取り上げることに。

 飛行機による世界一周競争のお話。ハイテクっちゃあハイテクやけど、別にスーパーテクノロジーは出てこないし、日本に入って来た年代からすると、どうもSFという気はしなくて、単なる同時代の冒険小説に見えてしまうんやが、原作発行年は遡るはずなので、来るべき航空時代を描いたものだったのは確か。
 今読むと全くSFな気がしないので、極めて的確な未来予測がなされたと評価できるんやろうけど、SFとしての面白味には欠けることに。いや、坪内逍遥が言った通り徒労な感じはするが、作品の自体の寿命は延びてるんだよな。

 その、原著の発表年代についてはいろんなデータがあってよくわからん。一応、高瀬毅は1917年刊のものを訳したと記しているけど、それ以前の刊年を出している所蔵データもある。
 出版年については、甚だしいところだと1880年刊としている図書館のデータまであるが、それやと10歳で本を出してることになるがな。
 あと、出版年代で内容が書き換えられていないのか、ってのも気になるところである。

 しかしウィキペディアのせいでド・ラ・ヴオルはデラボー表記が標準化してしまうのか。向井千秋が1994年デラボー賞受賞って出てるんだよねえ。しかし細かいことはさっぱりわからん。やはり90年代前半の出来事だと、ネットに上っている情報はかなり限定的やね。
 わからんといえば、Un tourとLe Tourの違い。さらにいえばUn aeroplane autour du mondeという題の本がある説も出てるが、内容的に単数形ってどうよ。

 コミックブック、というよりも新聞みたいな作りの分冊版と単行本の版の差異も根性がなくて解明できず。大昔にパリの本屋のショーウィンドウに積まれているのにぶつかり、泣きながら買って来たんだが、いかにも崩れそうな危険な代物で、中はじっくり見られていません。
 そんな話だっけ、なハデな表紙がついていて、エピソードが増量されてそうな気もするけれど最初の方を見た限りでは一応、単行本版と対応している様子。

 さて、高瀬毅訳は学生時代の1920年10月から新聞連載してたものの単行本化ってんだが、これが何新聞なのかが、そもそも見つけられていません。
 単行本は1921年6月刊。
 新聞広告はこんな感じ。

高瀬毅訳(仏国アンリ・ド・ラ・ヴオル作)●四六判函入四百頁●価弐円送料十五銭
世界一周|飛行旅行
出るべくして出なかつた世界飛行旅行記出づ!科学の智識に豊富な
仏人の手になれる本書は、本国に於て非常な歓迎を受け小中学は一斉
に之れを課外読本として採用し仏国学士院はアカデミイ賞を贈つた
未知の世界が読者の眼前に展開する。

 貧しい職工の息子フイフイが飛行機の製作にかかわり飛行家フルニエに認められ、その助手として世界一周競争に旅立つというものである。

 ところで、本作は、宮崎一雨の『空中征服』の元ネタといわれるが果してそうなのか。
 飛行機による世界一周競争という大筋は一致。少年がそいつに参加、経路や途上のイベントに類似するものがある、ということで翻案説が出てきたんだと思うが、オレ基準では、参照した可能性は高いが翻案作とするには、隔たりが大きすぎるように感じられる。
 貧乏人設定のガロパンに比べると、宮崎の主人公は飛行家の息子なのでボンボンだしな。設定を整理して物語を短縮したんちゃうん、といわれれば、そんな気がしないわけではない。重要なキャラクターである女流パイロットが出てこないのも、登場させてしまうと、その活躍場面の分、長くなってしまうので削ったってこと?
 ともかく翻案作と認定するには同一性が不十分だと思うね。

ガロパン 4月15日開催 賞金50万ドル 19日以内に一周
 ル・アーブル(仏)〜〜ニューヨーク〜サンフランシスコ〜バルパライソ〜シドニー〜ボルネオ〜セイロン〜ザンジバル〜タンジール〜ル・アーブル

宮崎 5月1日 賞金20万ポンド 15日間
 ロンドン〜ニューヨーク〜サンフランシスコ〜サンチャゴ〜シドニー〜ウラジオストック〜ボンベイ〜ケープタウン〜アレキサンドリア〜ロンドン

 ガロパン版の南米でコンドルとぶつかる話が、宮崎版のロッキー山脈で鷲と遭遇な話に対応していて、シドニーでの偽フランス人扱いされ当局に捕まるエピソードが、ウラジオストックでスパイ疑惑を仕組まれる挿話の原型、といった解釈は可能な気もするが、やはり翻案作と言い切るには、懸隔があり過ぎると見たい。

 さらにこれが 湘南生『終篇不如帰』や、富岡鼓川「あゝ雲雀号」とも同一って説は、あきらかに何かのワナでしょう。

 なお、本作はさらにK・K生訳で<植民>という移民奨励雑誌に「天空を征伏して 世界一周飛行機競争」のタイトルで連載されている(1925〜1926年)。
 「征伏」なんて言葉あんのかよ、と思ったら連載第9回でようやく「征服」になってるよ、って、そこで連載中断かよっ。
 しかしまた移民を推奨する雑誌が飛行機競争なのか。ま、出かけた先で化物に遭遇な秘境奇譚が載ってたら、ドン引きで誰も移民しないだろう、という配慮はわからんではないが。←ええっ、そんな理由なの。

 ガロパンで他に訳されているものといえば<宝石>1955年5月〜1956年5月連載の「玉ざんげ」Memoires d'un cambrioleur retire des affaires(1922)ぐらいか。
 これはEdgar Pipe物の第一作でプロジェクト・グーテンベルグで電子化されてるんだよねえ。いや、水谷準ほんといろんなものを拾ってるなあ。


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