カール・コサック Karl Ludwig Kossak-Raytenau(1891〜1949)といえばヘルマント『理想郷としての第三帝国』柏書房で、Katastrophe, 1940(1932)が紹介されている訳だが、そこに出ている粗筋といえば、
1929年以降のヴァイマル共和国の暗黒郷的状態を描くことに始まり、その背景にユダヤ人の世界転覆計画があるとする。このどん底のドイツに新しい指導者として外務大臣ヴェッセルが颯爽と登場し、国の実権を手に入れ陸軍を強化、ロシアのナショナリスト勢力と手を結びフランスを打ち破る。
しかしタイトル的にはこれだろっ、な<フレッシュマン>1940年1月〜3月号連載の道本清一訳「一九四〇年の大動乱」、全くそんな話にはなっていない。
いや、原書とつき合わせると冒頭は一応同じ話なんだが、どうも邦訳時の小説中の立ち位置にあわせて、本来ぼやかしてある政治家名等を思いっきりよく、当時の実在の人物名にしてしまっているのではないかと思われる。ただでさえドイツ語はよくわからんのに、ヒゲ文字なんで、まともに文章追っかける気も起きないんですが、お話自体も、原作を無視してかなり突っ走っている、もしくは枝葉の部分を膨らましてメインの部分をバッサリ疑惑が。
見出しを並べると、こんな感じ。
駐満ドイツ公使の暗号電話/満ソ国境風雲急/草稿を破る/電話妨害さる/クレムリンの一室/日ソ開戦に決す!/日本大使館の襲撃/東京駐在ドイツ大使の急報/大隈外相の重大提議/ウイルヘルム街の密議/闇を縫ふ戦闘機/老革命家の隠棲所/イルクーツク総司令部の一室/バルト艦隊の極東遠征/モスコー反乱/歴史的の大放送
満州国人のソ連漁区監視員が殺害され、責任追及をするがかえって反発を受け、モスコー駐在の満州国通商代表李寵明が帰国途上に殺害される。その報復ってんでソ連の通商代表が殺害され、ソビエト連邦内は激昂。国内の支那人、朝鮮人とも黄色人種はボコ殴り、モスクワの大使館は襲撃されて廃虚に。ということで日ソ開戦。そこでドイツの協力が求められるわけですが、なんかいきなりメキシコのトロツキーが担ぎだされます。航空戦では日本が初手を抑えたため、身動きのとれないソ連はバルト艦隊の回航で日本に打撃を与えようとするも、日露戦争のときの、明石工作再び、ってことが派手に進行していたらしくモスクワ大反乱、スターリン自殺、トロツキーが権力の座に、って。
ヘルマント本の紹介からは想像もつかない話になってます。どこをどう切り出して、ふくらませましたかっ。
まあここいらは、そのうち識名先生がきっちりとメスをいれて下さることに期待しておこう。
ちなみに道本清一(1901〜1963)は時々、道本清一郎という名を使ったりするが、それよりも伊東鋭太郎(鋭じゃなくて「金+英」の字だったりする、あの人ね)としての活動が有名。いや、シムノンとか訳してるんで、ミステリの方で気にかけている人は多そうなんだが、本名が道本ってことすら、あまり指摘されてこなかった気が。
戦後になって「金+英」に変えたといっている人がいますが、リストを作ってチェックすると、どうも昭和13年末に改名して、本人的には、それ以降は「金+英」太郎だった模様。鋭太郎になっているのは編集者が面倒臭いとか、よくわかっておらず、古い簡単な表記を使ってるみたいやね。
いや、戦前の雑誌に本名が道本清一で京都出身とかは出ているんだよね。
で、ちょっと資料を見直していると、「一九四〇年の大動乱」の前年に外交小説「極東の嵐」のタイトルで同じ話が<世界知識>5〜6月号連載だよ。なんだ、この原稿の二重売りは。
なお、<世界知識>5月は鋭太郎訳連載第一回。6月は「金+英」太郎訳承前。とバランスがとっても悪い。当初はもう少し長期にわたってまとまった分量を訳す気でいたものか。
ちなみに4月号の<フレッシュマン>の編集後記は、伊東鋭太郎先生の「一九四〇年の大動乱」云々と、うっかりさんが書いてます。
なお道本清一は1963年に多摩川上水で自殺。当初は誰の死体かわからなかったが、2ヶ月後に遺品から道本と判明したという。道理で戦後かなり活躍しているのに、経歴等がはっきりしないまま忘れられたわけである。 そのあたりの事情はこちらを参照。
ほんまかいなと、1963年頃の自殺の記事をあれこれ探していたら、矢野徹さんの『自殺潜水艦突撃せよ』の映画化の記事に行き当たる。えー、初耳だよ。
「大映も特撮映画に力いれる」という<読売新聞>の記事で、「大群獣ネズラ」と一緒に言及されている。在日米軍の協力が不可欠で、原則的にOKが出ているが、時期は確定していないとか。
ネットにベトナム戦争激化で潰れたと書いている人がいるようなので、ネズラのノミが潜水艦を襲ってコケたという訳ではないらしいが、気になるので、矢野家を取材してもう少し詳しいことを発表してくれる人が出てくることを希望。
主演は宇津井健になる予定だったとか(人間魚雷回天つながりかっ)。順調にいけば東宝の『海底軍艦』と同時期の公開で潜水艦映画対決になっていたりは…せんのか。