ウィアード・インヴェンション〜戦前期海外SF流入小史〜029

フヂモト・ナオキ


ドイツ編(その十)  ヘルデル/ヘルデス/ヘルダース『一九三六年の空中戦』

 同時代的には、リアルな航空戦小説として、非常に注目を浴びたMajor HeldersのLuftkrieg 1936。1932年春の出版で、仏(Comment Paris sera detruit en 1936)露(Воздушная война 1936 года. Разрушение Парижа)伊(?)ですぐさま翻訳が出たといわれる。
 Claud W. Sykesの英訳The war in the air, 1936は1932年11月が初版だという。
 今のところ日本での紹介の一番最初は<陸軍画報>1934年3〜4月号の武村俊二訳「一九三六年の空中戦」(未完・目次は竹村)。
 続いて海野十三翻案の「一九三六年の空中戦」が<日の出>その翌月。
 そいでもって、1935年1月から<航空時代>で陸軍航空本部訳「一九三六年の空中戦」が翌年2月まで連載。その最中の1935年6月に香風閣が現代戦争文学全集の第3巻として小泉泰明訳『猛る空中艦隊』を刊行という人気ぶり。
 で、1936年9月には、海野十三版が「大空にある地獄」の題で『流線間牒』春陽堂(日本小説文庫)に収録され、1937年7月には香風閣版の紙型をちょっといじった『猛る空中艦隊』が丸井書店から出るが、そのあたりで、もう1936年って昔の話だよな、と力尽きた模様。本国では1934年にLuftkrieg 1938としてリニューアルされてたらしいが。
 しかし、丸井書店版は訳者が中野晴介ということになっているけど、小泉泰明とは一体どーゆー関係。ウェブ上で、中野晴介=中野愚堂とする文章が拾えるが、果たして戦前の出版物に見える中野晴介が全て同一人物なのかどうかというところから疑うべきか。

 物語の骨子は英仏戦争を英国サイドから描くというもの。
 <航空時代>連載開始時の編輯後記は「独逸のフオン・ヘルダース少佐ものする所の『一九三六年の空中戦』は、小説体ではあるが、専門の智識を織り込んだ時局読物。之れは各国の評判となつて既に何十万部の売行きを見てゐるとのこと。此の訳文は陸軍航空本部の厚意によつて得たもの。」としている。
 海野十三は『流線間牒』の序文で「最後の「大空にある地獄は」(ママ)独逸人ヘルダース少佐の著すところの「一九三六年の空中戦」の極く一部を採つて、これを賑やかに翻案したものである。世に空中戦小説は数多いけれど、僕がこんなに感心したものは外にない。そのため僕は、以後空中戦にはペンを執る勇気がなくなつたくらゐである。」とまで書いていた。

 『猛る空中艦隊』の目次は以下。

全空軍休暇厳禁/英空軍は直ちに戦場へ臨める/武器は錆びるか/戦争だ、フランスへ/百九十台の爆撃機/鉄の羽摶き/危険迫る/血の繋り/帰還飛行/ベエランダの朝食/石の廃墟/制空権獲得/瓦斯恐怖/爆弾雨下/間諜暗躍/奇襲/会議/侵略/死の舞踏/オルダーネーの海戦/勝負の決/最後の無電/休戦/葬送曲

 作者Major Heldersこと本名Robert Knauss(1892〜1955)はルフトハンザを経てドイツ空軍の教官となったという経歴の持ち主で、そこから想像される通り、リアルに航空戦が描き出されるため、今読むと海戦とのアナロジーで語られる部分が多少ひっかかるぐらいで、普通の戦記ノンフィクションと大差がなくてつまらんというのが大方の評価になるだろう。
 まあ、チーム・アメリカ〜GIジョー(どっちも見てないけど)の遥か以前に、エッフェル塔を倒壊させているわけですが。
 逆に戦記小説に登場人物で出てきて活躍してたりせんのかと、気になるんやが、目についたのはボイン『荒鷲たちの勲章』(ハヤカワ文庫NV・1991)で重爆撃機隊の建造計画のメモランダムを出したロベルト・クナウス少佐として言及されているくらい。

 『一九三六年の空中戦』に言及した論文が一つあるのに気がついたが、これはネット上にもPDFファイルが置かれていますな。
 柳原伸洋「ヴァイマル期ドイツの空襲像―未来戦争イメージと民間防空の宣伝」<ヨーロッパ研究>8号:2009。
 いや、synergen Verlagの本を買って、ちゃんと読んでいる人がいるんだ、と感動。ところで「そしてウェルズ(H. G. Wells)の著名な作品『世界戦争(1897)』や『空中戦争(1908)』などが挙げられるであろう。」というくだりはいかがなものか。世界戦争は「宇宙戦争」としないと普通の日本人にはちょっと苦しいと思うね。あと「ゼークトらの属した「ポスト英雄世代」」なの? ゼークトと対比させられる方が「ポスト英雄世代」のような気がするぞ。


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