ウィアード・インヴェンション〜戦前期海外SF流入小史〜028

フヂモト・ナオキ


ドイツ編(その九)  ハンシュタイン(ハンシタイン)/野村愛正「沙漠の怪都」『砂漠の怪都』『魔境の怪都』Elektropolis(1927)

 昭和に入って講談社<少年倶楽部>がブイブイいわせる時代になって、一般的には影の薄くなった博文館<少年世界>だが、翻訳SF的にはレイ・カミングス『月面の盗賊』の翻案が載ってたりするところをはじめ、油断も隙もない雑誌である。
 1932年、そのカミングス翻案「火星航空賊」と平行して連載されていたのが、野村愛正「沙漠の怪都」1月〜6月。
 これをOtfrid(Otfried) von Hanstein (1869〜1959)じゃね? と気づいたのはやはり会津翁。今日のように、ネットにいろんな情報がころがってたりする時代になる前の話である。良くそんなことがわかったよなあ。恐ろしい。

 「沙漠の真只中に建設された驚くべき電気都市の秘密?」と銘打たれて連載開始された同作。中三の丸尾亀一君のもとに、オーストラリアにいるというおじさん丸尾泰一郎の秘書勝田武が迎えにやって来て、ラジューム鉱山の開発を目的に豪州の砂漠に建設された科学都市赴く。その鉱山を接収しようと豪州政府が動き、戦闘がはじまらんとするが…。といった話。

 リーデマンというドイツ人の技師が豪州に内通してカタストロフが訪れるという展開なのだが、第二次大戦の最中、1943年9月に単行本版『砂漠の怪都』が忠文館から出た際には、同盟国人を悪役にはできないと判断したものかイギリス人リツトマンと書き換えられている。
 実際のところ『砂漠の怪都』では他の登場人物名も全部変更されており、丸尾亀一→寺尾騏一、丸尾泰一郎→寺尾国彦、勝田武→酒井武と面目を一新、ストーリーにも手が入っている。
 戦後には、これがさらに書き換えられて、むさし書房から1948年『魔境の怪都』として再登場。登場人物名は『砂漠の怪都』版を踏襲するが、舞台設定を豪州から中央アジアへ変更。C国、A国、U国の国境地帯でA国から採掘権を認めてもらって開発してるところにP国(大P聯邦国とも)にあやつられたU国が攻めてくるという話に。
 核兵器実現前の戦前、戦中版ではラジュームが、なんかわからんが凄いエネルギー源という扱いなんだが、戦後版では原子爆弾の材料という側面がクローズアップされ、その線で書き換えがすすめられています。
 もともとは、リーデマン/リツトマンにそそのかされた反乱者を、平和主義、人道主義で通して来たおじさんが、涙をのんでラジュームから発せられる光線で皆殺し、というのがクライマックスなんですが、戦後の平和日本では、それはナシということで、主人公が止めに入ってしまいます。そいでもって鉱山の方を再開発できないぐらい無茶苦茶に破壊して撤退する、という展開に。
 といったところもあってお話として一番面白くなってるのは<少年世界>版。翻刻出版を考えている人は是非この連載ヴァージョンでお願いしたい。

 この作品の原作はドイツで1927年に出たElektropolis。仏語版Radiopolisは1933年刊行。英語版はそれに先立ち<Wonder Stories Quarterly>の1930年夏号に掲載されている。仏語版経由というのは年代的にありえないので、時期的にいくと英語版経由というのが一番自然。
 野村愛正は鳥取県立第一中学校卒業で、大阪毎日新聞の懸賞に処女長編が当選して文筆生活に入ったというから、英語以外は習っていなさそう、ってところも<Wonder Stories Quarterly>経由の翻案だという説を補強するんだが、アシスタントがいたという可能性もある?
 中に出てくる考えを読む機械・読心機がゲタンケン・レーゼン(戦後版のみテレパシツク・マシンと変更)なあたり、ドイツ語版を見てんの?と思わるんやが<Wonder Stories Quarterly>版にも出てたりすんのか?

 ちなみに、唯一のハンシタインの邦訳として知られてきたのは1925年、大星社刊の『西蔵潜行記』。ドイツ文学翻訳業に見切りをつけたのか、なぜか戦後、国会図書館勤めをはじめる浜野修(修三)の初期の仕事である。この本の「はしがき」には「原著者オトフリイド・フオン・ハンシタインは独逸人で著名な支那語学者であるが、最近西班牙の医師で資産家のDe Yozede Almareida(ドクトル、ヨオゼ)が企てた支那奥地から秘密国西蔵への旅行に、その指導者乃至通訳として同伴したのであつた。」とあって、ノンフィクションとして訳されているが、ここに出てくる経歴が、相当に嘘臭いし、実録風小説を、なにくわぬ顔で実際の旅行記として訳してるような気がヒシヒシ。確認はとれんがIm Reiche des goldenen Drachenの一部分とかやないのかねえ。

「沙漠の怪都」の章立ては以下

迎への使者/またの約束/さらば日本/豪州の挑戦/夢ではない/飛行機襲撃/泳ぐ飛行機/町の発明者/人造の夕立/怪都の将来/敵軍を逆襲/空中ペーゼント/沙漠の町の包囲/不思議な電幕/敵にも慈悲を/シドニーを夜襲/雷雲の中に迷ふ/炎暑の地獄/不思議な湖/殺人的の泥砂/二足獣の怪/地を這ふ影/捕虜になる/飛行機来る/蛮人の饗応/尊敬する訳/恋つた受持/ひそかな疑ひ/大事件起る/拾つた爆薬/危急の信号/救ひの手段/一人残らず/わが子よ!/新日本万歳

 Radiopolisだと、

Une etrange annonce/Le mystere de Desert-City/Le chef/Le mont russel/Le domaine de l'inventeur/Mormora/Les plans de M. Fournier/Le chalumeau electrique/La piste/Un message inattendu/Les rayons merveilleux/Le magicien/La chaise mysterieuse/La guerre des rayons/Le complot/Sur les ruines/La mort du lion

 Elektropolisは(亀の子なんで、翻字は適当)、

Wie mich das Wunder pakte/Ich erwarte das Wunder und finde - herrn Schmidt/Ich lerne die wuste kennen/Feuersbrunft in Desert City/Wie herr Schmidt regen macht/Lord Albernoon uberbringt die Kriegserklarung/Krieg mit Australien/Meuterei in Elektropolis/Das Testament - Eine feltfame Sissung in Berlin

 うーむ、フランス版も適当に翻案してません? <Wonder Stories Quarterly>版は実見できてないんですが、ブライラーで見る限り、そんなに「沙漠の怪都」とぴったりあったものではないみたいね。


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