ウィアード・インヴェンション〜戦前期海外SF流入小史〜026

フヂモト・ナオキ


フランス編(その十六) ルネ・ジューグレ/高橋邦太郎訳「一触即発」=市木亮訳『香港の横丁(砲火)』=小島三郎訳『恐怖の香港』Le Feu Aux Poudres

 ジューグレ Rene Jouglet(1884〜1961)ゆーたら、2.26事件を予見したというポリティカル・フィクション『日出づる国』Soleil-levantやろ。ってとこやが、円満字二郎さんというかたが草森紳一旧蔵本整理プロジェクトブログで紹介文を書いているので、そこは端折る方向で。しかしながらこの粗筋紹介、言われてみれば確かにそうだが、読後感とは全然違う。ということは、俺が紹介したら全然違う部分を強調してしまうことになるのかっ。
 違和感を感じるということは、逆に俺のイイカゲンなストーリー紹介をうっかり読んでしまって、なんじゃそりゃと隔靴掻痒な感じで悶絶している人も発生しとるわけやね。ああ申し訳ない。

 『日出づる国』の後半は検閲を慮って、省略省略で、一体何が起こってるのかわからないという翻訳。普通は、読めたもんやないと切って捨てるところを、ちゃんと読んで紹介するとは偉いっ。
 しかし、解説が小松清だったところがジューグレ的には不幸。「決して偉大な小説家とも一流の作家とも呼ばれる人ではない」という評価が引用されて全世界に向けて発信ですよ。これが市木亮のジューグレ紹介だと「アンドレ・マルロオなどと共に、支那に異常な興味をよせてゐるフランス現文壇の中堅作家」、高橋邦太郎に至っては「現代フランス一流の大衆作家」なんですけど。まあ、小松評価が一番当たってる気はするが。しかも小松先生「充分の小説性と小説的レヤリテを具へたものである。ことに、満州に於ける出征軍の生活や活動を描きだした部分などは、現代フランスの「新異国主義文学」のアンソロジイに加へられても何ら遜色のないものであらう。」と上げといて落とす攻撃です。

 Soleil-levantは1935年11月の<La Petite illustration>。746、747、748号に連載、というか分冊刊行といった方がしっくりくる気が。この雑誌、通して見られていないのでよくわからんが、<L'Illustration>の週刊オマケで、中にサブ・シリーズがある模様。
 日本の大学図書館では小説シリーズより脚本を掲載する演劇シリーズのほうがメジャー。映画シリーズもありますな。
 小説シリーズは、ものを見る限り、中篇か長編を分載する形式らしい。

 で、1936年に入って単行本化。『日出づる国』に「二・二六事件勃発の一週間前にフランスで出版された問題の小説!」とあるので、事件便乗出版ではなかった模様。<La Petite illustration>で読んでた日本人も、それなりにいそうなもんだが、J. Bouchaud(Jean Bouchaudなの?)のイラストの大時代な日本イメージでどん引きだったんやろか。
 その「一週間」あわせで(←そうなのかっ)、小松清先生は6月2日から一週間で訳したって、凄いねえ。奥付は19日印刷、7月1日発行になっているが、新聞広告からすれば19日には店頭に並んでいたはずなので、すげー修羅場な感じが。ひょっとして、やっつけ仕事ってこと? でも、Yoshikuma Kitanoなら漢字を考えりゃいいだけなんで、割とスムーズに北野芳熊に出来たと思うが、Sanyo Surukiとか書かれてしまうと、悩むね。時々妙になる固有名詞を、うまく辻褄合わせている(Surukiのとこは鈴木三郎としている)あたり結構気を使った仕事かも。

 ということで、やっと「一触即発」=『香港の横丁(砲火)』=『恐怖の香港』Le Feu Aux Poudres(1937)。
 こちらも、ポリティカル・フィクション。いや、『日出づる国』と併せてSFじゃない認定を下して、忘れてしまった方が、皆の幸せだという気がひしひしする。
 SFということにしとけば、マニアが買うはずだと古本屋さんががんばって潰さず在庫してくれるからOKなの? しょーもないのがバレても、コレクターなら気にせず買ってくれるはず…かねぇ?

 原著が出たのが1937年で、翌1938年高橋邦太郎が改造社の<大陸>6月号に抄訳。ゆーたかて15頁なんで大幅に削ってある。いや、前半は結構きっちりダイジェストされてるんだけど、後半はバンバン切ってます。
 1939年の3月に市木亮訳が登場。同年10月、この『香港の横丁』(教材社)は、同一紙型から目次とあとがきをとっぱらって『砲火』と改題して同じ出版社から再度のおつとめ。1941年に至り小島三郎訳で『恐怖の香港』(富強日本協会)が刊行されると、君等どんだけLe Feu Aux Poudresが好きなんや。

 主人公は、香港政庁顧問ロオダアデール(ロオダデエル/ローデルダール)。フランスの武器商人メルヴイル(メルヴィーユ/メルヴイル)にアドヴァイスを与え、中国人ウオン=黄(王/王)、ミアオ=廖(妙々/繆)の兄妹から情報を収集し、ソヴィエトの女スパイ、クララ・リイフエル(クララ・ライフェル/クララ・ライフアー)とやりあいつつ、中国関係者に工作して、中国と日本の全面衝突を食い止めんと動く。日本軍が動けば、それに巻き込まれて香港は戦火の巷となるのは必定…。[高橋(市木/小島)で表記]

 って感じの要約だとやっぱり、そおかぁ、と納得していただけない気が。ということでお得意の目次翻刻に走る。

仏人メルヴィーユ、飛行機売りこみのこと/香港ホテルのざわめき―日本軍の[コ]嶺占領?/支那娘妙々、ロオダデエルを訪ふ―英国輸送船譲渡の条件/○○領事暗殺事件/武装した広東―日本軍の厦門上陸?/バルチック・ロシアの女―コンコルディア・ホテルのひととき/妙々へのロオダデエルの疑惑―南進する日本艦隊/ロオダデエル、コミンタンの代表者と会ふ/漢奸―袋路にあつた陳将軍の「魚雷」/ロオダデエル、飛行機横取りのこと/妙々の哀訴―ロオダデエルの裏切られた恋情/或る制裁/輸送船への避難/広東と広西の協力―「世界の半分」/西町の撹乱―ロオダデエルと領事偵察へ/ロオダデエル、メルヴィーユの飛行機を買ふ/「若き兵士の歌」―ロオダデエル、ふたたび袋路へ/ロオダデエル、飛行場でクララおよび陳将軍と会ふ/桂林附近の戦隊―太平洋艦隊はうごく/クララ、ロオダデエルに逃亡を警告す/蒋介石、兵力を集中―西海岸通の示威暴動―ロオダデエルの焦燥/ロオダデエル、三たび袋路へ/妙々の拒絶―ロオダデエル、陳将軍を嫉妬/ロオダデエル、拉し去らる/ロオダデエル、重囲のなかへ―老吉智の悶死―クララ現はれる/最後の一夜―「海戦」―ロオダデエル、香港へ/戦争―ロオダデエルの最後(『香港の横丁』による)

 ○○領事暗殺のくだり、高橋〜市木の時には伏せてあるんですが、小島になると堂々と日本領事と書いてあるのが不思議。日本領事暗殺ってのがそれほどマズイっすか。縁起でもない、とかいって怒られてたの?

 ジューグレの日本印象記が訳されてるのをどっかでみたことがあるような気がするんだが、気のせい? 今回、掘り返していて目についたのは、そこはかとなく戦意昂揚路線な短篇「想ひ出」(木下三平訳)<むらさき>昭和16年6月ぐらいだねえ。


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