みだれめも 第198回

水鏡子


■政治が面白い。まるで読みだしたころのSFを見るようないい意味の非現実感が漂う。日本メディアのバイアス経由で実際以上の好印象を受けてることは確かだろうけど、国内同意を取りつけず、関係者が茫然としている間に、地球規模の理想を国際公約でばんばん口にしていく鳩山くんのやりくちは、周到に計算された演出をなされている気はするけれど、政治家らしいしたたかさより育ちの良さに裏打ちされたアマチュアリズムの正面突破の印象で、正直大きく見直した。他の民主党総裁候補ではここまで浮世離れのイメージは打ち出せなかったと思う。
 オリンピックの創始者のクーベルタン男爵とイメージが重なる。ならば、長妻くんに代表される閣僚連は強弱はあれオリンピックのアマチュアリズムに最後まで固執したブランデージ流原理主義者といえないか。自分に火の粉が降りかかるまでは、好意をもって見守りたい。

■めずらしくやる気を見せたのが悪かったのか、買ったばかりのパソコンが壊れた。
仕事から帰って電源を入れるとディスプレイに「信号なし」のメッセージ。
 メーカーやら購入店やらいろいろ問い合わせたけど治らない。長期保証はかけているけど、問題は購入店まで持っていかなきゃならないこと。わたしは車の免許を持ってない。交通手段が自転車である。そして、パソコンは大画面のデスクトップであったりする。しばらくたって職場の人間の手を借りて、やっと運び込んだのだけど、なんだかんだでひと月以上里帰りしていた。
 時間がかかった理由は異常がみつからなかったこと。家でちがうパソコンにつないで動作確認。ディスプレイに異常はなく本体部分が問題であることを確認し、購入店でも動作不良であると確認したのに、メーカーの修理工場までたどりついたらどこにも異常がみあたらない。正常作動。わけわからないまま、とりあえず、いまはこんな感じで動いています。ときどき機械がジージーいう。このまえ勝手にシャットダウンし、再起動した。もって半年くらいかな。
同時期買ったもうひとつのパソコンも今週壊れた。電源を入れると「PSI Express Error」とかいって動かない。どちらもクーラーなしの掃除をさぼったほこりだらけの部屋で、ひと夏動かしたのが原因かも。
 パソコンを二つも買った理由というのは、NTTの光回線を引いたため。
 つまりとうとうネットをつなぐため、ネット専用(ゲーム用でない)パソコンをNTT工事の前に買ったわけ。そしたら、買ったパソコンのファンが大音量をがなりたてる初期不良を抱えていて即返品。工事直前だったので、しかたがないからもう1台買った。
まあ、そこそこ高性能なパソコンを2台買っても15万ほど。昔は一台買うのにももっとかかった。えらい時代になったものだ。
 これでうちにあるパソコンは、95、2000、XP、ビスタ、ビスタの計5台。いちおうウインドウズのパソコン・ゲームはなんでもできる。

■パソコンが壊れたことを口実に、いつもなら、このままずるずるさぼるんだけど、困った本が2冊も出たので軽くコメント。

『SF本の雑誌』は基本的には楽しい本。再録部分がやっぱりよくて、個々
の檄文の背後に蝗身重く横たわる時代の景色がよみがえる。創刊当初はSFの比重がずいぶん高かったのがわかってうれしい。ソノラマ、コバルト、OUT、ララ、マンガ少年、コミケなんかとだいたい同じ時期に創刊されてる。ピンクレデイも同じ時期なんだとか年表を見て意外性を感じる。創刊号の椎名誠の破滅SFブックガイドなんか初々しくて力作で微笑ましいかぎり。ジョン・ボーエン『雨やみぬ』やリチャード・ホールデン『狂った雪』、ウォード・ムーアの『考える以上に緑』なんて名前があがってきたりして。ここに集められたものだけで全部というわけじゃないんじゃないかと思って、調べてみる気になった。うちにあるいちばん古い「本の雑誌」は18号で筒井康隆「わたしのオールタイムベスト10」が載っていた。SFは少ししか上がっていない。まあ選ばれなくてしかたないかとか、そのまましばらく古い「本の雑誌」を読みふけり佐野洋子の少女小説についての思い出話なんかにこの人の文章はやっぱりいいなあなどとたらたらしてると時間がつぶれた。鏡明の連続的SF話第1回とか入れてくれたらよかったのに。書き下ろしをもっと減らして、それぞれの時代のSF出版事情とか時代時代の業界裏話とか記載したらさらに面白い教育本(なんの?)ができたのにとかちょっと思った。
 まきしんじに伊藤さんや矢野さんをさしおいてSFえらい人ランキングされた。ぼくと小林さんを軸にして現役実力派ライターの俯瞰表を提示しようといったコンセプトはわからなくはないけれど、やっぱりよくないと思う。おまけにそれを受けて「奇人にして偉人」などと紹介文を書く困りものもいるし。

□ その困り本はというと、ご存じ大森望『狂乱西葛西日記remix』。堺三保が例会に水玉キャラ表を持ってきて刊行前から疲労感に襲われた。
おもしろおかしくはともかく、なんで書き散らした文章が修正なしでここまで商業出版に耐えうる質を確保できるのか。まとまりのよさ、密度の濃さ。才能と呼ぶしかない。有名人の皆様方のカラオケ三昧をはじめとするイメージギャップは初読の人には衝撃だろう。本が出ると知った時点で覚悟を固めていたせいか、まあ、人畜無害のお間抜けキャラということで、偏屈・狷介・変態・奇人度を競わされるほかの登場人物よりはかなり被害は少ないと自分で自分を慰める。「ギャルゲー好き」とかばらされたりはしたけれど・・・あれは大森ではなく水玉さんか。
 ミステリ系の交流が強い時期でよかった。日記のはじまりがあと5年早かったら、もっと甚大な被害を被っていたと思う。
それにしても、こんなにギャザ三昧の時期だったのだな。

■うちの書庫。1年たったら満杯だったりしてと冗談交じりに言ってたら、ほんとに満杯になった。収容空間があって、ブックオフがあるとやっぱり本を買いまくる。コミック、ラノベ中心にたった1年で1千冊以上増えた。二千冊まではいってないと思う。(たぶん)
 日本作家の文庫本千冊を収納できる棚を作るため、ノベルズ本を2階に引き上げ、日本作家単行本と一緒に並べることにした。またもや棚の高さの大改造である。
 今迷っているのはパソコン机の横に、SFレファ本専用の書架をもひとつ置こうかどうか。結構便利になるのだけれど、ここが家の裏手から庭へと抜ける風の通り道なのだ。けっこういい風が吹き抜けて、冷夏の今年なんかクーラーのない家だというのに面倒がってとうとう扇風機を箱から出さずにひと夏過ごしてしまったくらい、心地いい風の道なのである。塞ぐかどうか。

□移動書庫に関してはひとつ大失敗をした。天気のいい日が続いたので、24時間稼働の予定だった除湿機のスイッチをしばらく切っていた。
 何日ぶりかで部屋の中に入ってみると、床がしけってベタベタしている。
 詳しい人間にきくと移動書庫を地面から支えるコンクリートの橋げたは、安定するまで1年くらい地中の水分を吸い上げるのだという。たくさんの文庫本の背表紙が湿気を吸ってごわごわになった。悲しい。
 除湿機を再稼働させてほとんどの本は一見もとに戻ったのだが、1社だけごわごわが元に戻ってくれない。創元文庫である。当然たくさんある。梅雨時には、皆様お気をつけのほどを。

■新刊バーゲンブックの値段が下がり気味。基本は5割であるけれど、4割、3割の値付けも散見する。古本屋で買うより安い。百円本と比べるとそんなに欲しいわけではない本の値段としては目が飛び出るほど高いけど、結構衝動買いをしたくなる値段だったりする。
 最近拾った主なところは、国書刊行会「デニス・ホイートリー傑作選全7冊」。定価1冊2900円が税込913円。(第2巻の『新・黒魔団』のみ欠)。河出書房の『ガーネット傑作集』。本体価格5冊9600円が3400円。學燈社「知っ得シリーズ」1800円が690円均一など。
 それから一般古書店。ブックオフ系が半額と100円の2分割であるのに比べ、ハードカバー系の硬めの本の値崩れが激しい。ブックオフ系では並ばない立派な本が結構300円〜600円で並んでいる。乏しい小遣いで7掛け本を買っていた学生時代の記憶を引きずる人間には許し難い値段だったりする。ドゥールズとかエーコとか尾崎秀樹とかいろいろ買う。白亜書房のウールリッチ傑作短編集も1冊300円で入手した。
 読むのか?

■チャイナ・ミエヴィルが出だし全然ドライブしなくてページ量に負けて挫折している。そこから逃げるかたちで手にしたマイケル・シェイポン『ユダヤ警官同盟』はとんでもなくするする読める。ライトノベルの読みすぎで翻訳本についていけなくなった気がして、それもまちがいなくあるのだが、シェイポンを読むとミエヴィルは文章の組み立てがやはりかったるいのだろう。年内に読み切るつもりはまだあるぞ。
それにしても『ユダヤ警官同盟』は微妙な評価。
イスラエル建国をなしえなかった世界。ユダヤ人は合衆国の好意でアラスカに有期限の特別居留区を得て、そこに集う。その居留区を期限満了で合衆国に返還する時期がきた混乱渦中の現代を舞台に殺人事件を追うユダヤ人刑事の物語。読みごたえのあるよくできた小説。だけど元のユダヤ文化の素養に欠けるぼくにはぜんぜんSFを読んだという手ごたえが味わえない。日本人が日本を舞台に同じやりかたで改変世界を作ったらその読後感はしっかりSFだった気がする。ということは、SFだと感じるためには、小説本体に内在している構造が射出される必要と同時に、その構造を受け止めてSF的感興という化学反応を引き出すためのキャッチャーミットを読み手の内部にもつ必要があるということになるのか?
エンターテインメントとしては読んでよかった今年の収穫。

『ノパルガース』は名前を隠されるとジャック・ヴァンスとわからない。できの悪いスタージョンから声を剥ぎ取ったみたいな作品。異郷作家の形容に似合わないこんなにオーソドックスなSFを書いてたことに驚いた。『超生命ヴァイトン』『金星の尖兵』『盗まれた町』『73光年の妖怪』『宇宙の一匹狼』「電獣ヴァヴェリ」『再生の時』『人狼原理』『コスミック・レイプ』『20億の針』『人形つかい』『精神寄生体』とまあ、古いB級上質SFをいくらでも思い出す。発祥チャールズ・フォート、唱導者エリック・フランク・ラッセルの人類家畜テーマ、そこから転じた共生精神もの。『ロボット文明』のメイン・アイデアなんかもその進化形といえるかもしれない。思い出そうとして気がついたのはアシモフやポール・アンダースンに、らしき作品が思いつかない点。このテーマの好きな作家と嫌いな作家はきれいに分かれるみたい。ティプトリーが大好きなテーマだった。
 話のつくりがとんでもなく不自然。既定の枚数の中でこれだけの中味を詰め込んでいることもひとつの理由ではあるけれど、それ以前に話の進め方がつくりものくさい。この感触が心地よくノスタルジックに小説世界にひたるのだけど、客観的にはやっぱり稚拙だろう。しかもその本質を糊塗するだけの、ライバーみたいな技量も、シマックみたいな情緒も、スタージョンみたいな声も、本書に関する限りジャック・ヴァンスは提示できない。SFとしてのアイデア自体を純粋に楽しむ以外に方法はなく、じっさいその点に関してはあれよあれよでそれなりに楽しめたけど、最初の伏線でネタ割れするから残りの小出しの伏線がくどくどしい。
 伊藤さんが訳す作品としては、正直役不足。

『虚構機関』『超弦領域』
 収録された作品の半分くらいが家の中にあるけど、恥ずかしながら全作未読。
 ジャンルとしての、とりわけ連作でなく本にもしづらい短編SFは、周辺領域の活性化のなかで存在理由を見失い、大半が「らしきもの」か習作にとどまっている、そんな先入感がいつごろからか身について、読む優先順位を下げてきた。SFのエッセンスをしっかり保持し、現在進化を果たした完成度の高い短編がこんなに書き継がれていたのだなあ。勘違いを反省し、これだけの作品を作者に書かせる「SFの底力」はどのあたりにあるのかと、じつはちょっと考えこんだりしている。
とっつきのよさと配列で『虚構機関』、個々の作品の質で『超弦領域』に軍配をあげる。
 できのいい恋愛風味が3作。そのうちの小川一水、山本弘の2つが巻頭におかれて、出だし4作心地よく短編SFの醍醐味を満たす『虚構機関』。つづく円城塔はたぶん2冊の収録作品中でもぶっちぎりの最高傑作の気がするがよくわからない。「砂鯨」とか「涙方程式」とかすげえとか思いながら齧りついているうちに、だんだんわけがわからなくなる。個々の話がわからない。八つの話のつながりがわからない。そもそも出だしの■■■■■■■■の意図が見えない。それでも小説密度は『超弦領域』収録の「ムーンシャイン」に数倍する。(気がする)。この作品で読む勢いは急激に減速するが、それもまたアンソロジーの楽しみのうち。強引に順位づけしてベスト5を選ぶなら、1.円城塔「パリンプセスト あるいは重ね書きされた八つの物語」、2.山本弘「7パーセントのテンムー」、3.伊藤計劃「The Indifference Engine」、4.田中哲弥「羊山羊」、5.小川一水「グラスハートが割れないように」。ベスト5を選ぶのはわりと簡単だった。収録された残りのの作品は、年刊傑作選に入っていてもべつに支障はないできだけど、入っていなくても残念がるほどのインパクトはない。
 『超弦領域』はベスト5を選ぶのがはるかに難しかった。作品の質は前年をはるかに凌駕する。傑作である方向性もばらばらで順位づけも難しかった。1.岸本佐知子「分数アパート」、2.津原泰水「土の枕」、3.堀晃「笑う闇」、4.小林泰三「時空争奪」、5.小川一水「青い星まで飛んでいけ」。
 『虚構機関』収録の岸本佐知子にはそんなに感心しなかったけど、こっちは傑作。絶頂期の吾妻ひでおを字で読んでるみたい。津原泰水「土の枕」はぜんぜんSFでないだけで傑作。読み終えるや、1月前から古本屋の百円コーナーに並んでいるのを横目で見ていた『ペニス』『アクアポリスQ』『ブラバン』『海の13』を慌てて拾いにいった。堀晃「笑う闇」は人ならざる存在さえも受けをとるべく向き合おうとする芸人の業を浮かびあがらす傑作。編者の紹介温度の低さにやや不満。ぐちょぐちょクトゥルーとバリントン・ベイリーが合体した小林泰三、唯一両方でランクインした小川一水は2作の物語の舞台の落差も読みどころ。ランクインに迷った話があと4つある。そのうちの1篇、伊藤計劃の作品は、素材が『虚構機関』の山本弘「7パーセントのテンムー」と重なり合う。1冊目の本の巻頭と2冊目の本の巻末が呼応しあうみたいで心地よかった。
 

■今回やると言っていた「ラノベ番付(講釈編)」は次回です。


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