内 輪 第227回
大野万紀
今年の梅雨は長くて荒れ模様ですね。7月22日にあった日本での46年ぶりの皆既日食も、あいにくの天気のところが多かったようです。大阪では雲の切れ目から部分日食が見られたようですが、ぼくは仕事中だったので無理でした。46年前の皆既日食は(といっても本州では部分日食ですが)、ぼくは小学生でしたが、そのころから宇宙には興味があったので、何となく記憶に残っています。木漏れ日が三日月状に見えていたのを覚えています。すすを塗ったガラスで太陽を見たような気もするのですが、確かではありません。
LOCUSの編集長、チャールズ・N・ブラウンさん死去のニュースには、これでまた一つの時代が終わったという感覚が強くあります。LOCUSが終わるわけではないだろうし、SF情報誌の意義が薄れているとか、そういうことでもなく、ごく個人的に、一人のSFファン、特に海外SFのファンとして、過ぎ去っていったあの時代のあれやこれやが色々と思い起こされるのです。
それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。
『スパイダー・スター』 マイク・ブラザートン ハヤカワ文庫
本職は天文学者で、これが2冊目の長編だという。帯にはハードSFアドヴェンチャーとあるが(アドヴェンチャー?)、まあ普通の冒険SFである。あんまり科学者の書いたハードSFという感じではない。ポルックスを巡る惑星アルゴに植民した人類。ここには大昔、アルゴノートという異星人の、今は滅んだ文明があった。主人公の一人は、その遺跡で太古の罠を作動させてしまい、ポルックスから巨大な火の玉が、アルゴの衛星や、アルゴ自体を襲うようになる。この危機に対処するため、アルゴノートの伝説にあるスパイダー・スターへ、探査隊が派遣される。そこは中性子星を巡る巨大な特異空間だった。というわけで、巨大な異星人の構築物の中で植民星の運命をかけたハラハラドキドキの冒険が始まるのだが、この冒険の部分は普通に面白いと思う。色々な異星人が出てくるし、数百万年のうちに野蛮化してしまった種族やら、暗黒物質のちょっとハードSF的な扱いやら、十分面白く読めた。とはいえ、そこに至るまでが何とも冗長だ。家族愛やら組織内の人間関係やら、一生懸命書こうとしているのはわかるのだが、それで人物描写に深みが出ているかといえば、ありきたりなテレビドラマ的キャラクターのレベルでしかない。それが作者が本当に書きたかったことだとは思えないのだ。はっきりいって前半部は、この半分以下でも十分だっただろう。
『最後の星戦 老人と宇宙3』 ジョン・スコルジー ハヤカワ文庫
〈老人と宇宙〉3部作の最終刊。ちゃんと完結している。第一作に出てきた90歳のジョンがまた主人公。今は退役し、とある田舎コロニーで、ささやかながら平和な家族生活を送っていたが、新たなコロニー建設にあたり、やや強引ながらそのリーダーに選ばれてしまう。わずか2500人から始まる新植民地。ところがそれは知らされていたのと全く違う惑星だった。のどかな開拓生活のはずが、宇宙的な陰謀と戦乱と虐殺の嵐に巻き込まれていく。というわけで、やっぱりこのシリーズは面白いよ。主人公の爺さんは実はあんまり好みじゃないのだが、それでもキャラははっきりしているし、なにより娘(養女)のゾーイと、ゾーイを守る異星人のヒッコリーとディッコリーがとてもいい味を出している(別の長編では彼女らの活躍が描かれているそうだ)。結末は古き良きSFの雰囲気があって、ほっとする。戦争ものではあるが、あまり殺伐とした感じじゃなく、ハッピーエンドを迎えたのが嬉しい。ヒューゴー賞(候補)というより、ごく普通の娯楽SFなのだが、こういう作品は良いね。あんまり長くないのも良いと思います。
『ペルディード・ストリート・ステーション』 チャイナ・ミエヴィル 早川書房プラチナファンタジー
科学と魔法と、人間と異人と機械人たちが共存する、とてもSF的な異世界ファンタジー。スチーム・パンクだったり、スプロール・フィクションだったり、ファンタジー・サイバーパンクだったり、本人は〈ニュー・ウィアード〉と呼んでいたりするようだが、どこか既視感があるなあ、と思っていたら、これってゲーム「ファイナル・ファンタジー」の(特に後期の)世界観じゃないだろうか。実際、この世界を舞台にしたRPGも作られるのだとか。主要な登場人物がどんどん死んじゃったり、ひどい目にあったりするのもFFっぽいし、サボテンダーまで出てくるのにはびっくり。ものすごく分厚いハードカバーで、暗黒っぽい巨大都市が舞台で、みんながひどい目にあう過酷なストーリーにもかかわらず、何となくユーモラスで、ストーリーの中心は超強力なボス敵モンスター退治。主人公のマッド・サイエンティストや翼をもがれた鳥人、女ジャーナリストや盗賊らがパーティを組んで戦うのだ。その背後に悪い権力者や兵隊たち、暗黒街のボス、ゴミから生まれた人工知性などがからんで、ミニゲームもいっぱい。十分に堪能しました。とはいえ、予定調和的なストーリー展開をことごとく外し、お腹いっぱいになるような奇怪な〈ウィアード〉をたっぷりと盛り込んだ本書は、エンターテインメントとしてはかなり疲れる。面白いし、傑作というにやぶさかではないのだが、正直言うと、もっとストレートな展開でも良かったように思う。同じ〈バス=ラグ〉世界を舞台にした続編が2篇あるということだが、本書の直接の続編ではなく、やっぱりこの話はここで完結しているのだな。となると、登場人物たちのその後はかなり気になる。鳥人はどうしたのだろう。あの装置はその後どうなったのだろう。