内 輪 第225回
大野万紀
今月も何だかんだと時間がなくて、本が読めません。読みかけの本がなかなか終わらないということもありますが、今月は2冊だけです。
新型インフルエンザですが、神戸・大阪の、それもわりあい特定の高校ではやっている印象がありますね。そんなはずはなくて、実はかかっている人はいっぱいいて、診断されていないだけだ、という話もあり、そんな気もするのですが、しろうととしては判断できません。ただ、現状では、そんなに恐れる必要もないが、甘く見てもいけない、ということのようです。いったん収まったとしても、またこの秋冬に流行する可能性も高いわけで。とりあえず、恐れていたパンデミックとは様子が違うようです。
パンデミックかエピデミックかはわかりませんが、そのただ中で日常生活を送る身としては、色々と影響も出ています。とはいえ、実際に体験した中で最も非日常的だった、あの震災の経験からすれば、個人でできることには当然限界があるわけで、その時点で可能な範囲、常識的な範囲で、個々に判断していくしかないわけです。ま、銀河ヒッチハイクガイドにも、Don't
Panic ! と書いてあるじゃありませんか。
それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。
『ベガーズ・イン・スペイン』 ナンシー・クレス ハヤカワ文庫
ヒューゴー賞、ネビュラ賞他、多くの賞を受賞したナンシー・クレスの中短編7篇を収録した、日本オリジナル編集の短編集。表題作はタイトルの意味がちょっとわかりにくいが、スペインの物乞いということで、倫理的な意味を表している。遺伝子操作で不眠となった新人類と一般人との確執を扱った物語で、確かに良くできた話ではあるのだが・・・。「眠る犬」も同じシリーズの作品。「密告者」は〈プロバビリティ〉シリーズの世界を扱っており、その原型となった作品。「ケイシーの帝国」はSFを書き続け、最後はSFと一体化するにもかかわらず、とことん不運な男の物語。「ダンシング・オン・エア」も遺伝子改変をモチーフにしたバレエダンサーの物語。というわけで、それぞれの作品はさすがに読み応えもあり、良くできているのだけれど、こうしてまとめて読むと、何だかみんな同じ話に見えてくる。家族、特に親子の問題。復讐。社会的テーマの作品であるにもかかわらず、社会はあまり見えてこないで、個人や家族の怒りと情念の物語に帰結していく。キャラクターはみんなちょっとひどい目にあわされる。「登場人物たちの扱いが、かなり冷淡」(山岸真解説より)という指摘に納得。うーん、作者はSFファンなのだろうか。いや、根っからのSFファンなので、作品を「SFとして」書くことに熱心ではないのかも知れない。というのも、これらの作品は、はっきりいってSFである必然性はないように思える。確かにテーマの核にはSF的アイデアがあるのだが、それが発展することはない。不眠と知的能力向上が何で関係あるのか(寝ないで勉強できるから、ってそれは違うでしょ)。結局遺伝子改変で生まれた新人類ということでしかない。「密告者」の「共有現実」にしても、それが一体具体的にどのようなものなのか、まあ空気を読む能力の強いやつみたいなイメージだけど、長編では多少具体的になっているとはいえ、理解しずらいものがある。作者はそんなアイデアの展開にあまり興味があるようには思えない。それらは普通の人と違う、差異を作り出すための単なる道具なのだ。差別、ねたみ、仲間はずれ、そういったテーマを、社会的というよりは個人や家族の枠組みの中で描くことが、作者の興味の中心にあるように思える。
『スターシップ−反乱−』 マイク・レズニック ハヤカワ文庫
何というか、単純な娯楽SFで、あーだこーだいう筋合いのものではないのだけれど、ちょっと書評しずらい作品。まあ読んでいる内は肩がこらずすらすらと読めていいのだが、こうして感想を書こうとすると、困ってしまう。銀河の辺境に浮かぶ見捨てられたような老朽巡視艦に、有能すぎるゆえに軍の組織とあわず、左遷されたコール中佐が赴任する。軍隊の吹きだまりのようなその艦には、ひとくせもふたくせもありそうな連中が乗り込んでいる。というよくある、というかありすぎる設定で、でもここからいくらでも面白いストーリーが展開できるはずなんだが、敵を見つけては上官の命令を無視して独断専行で思いのままに活躍し、危ない目には会うが、最後は敵をやっつけ、目出度し目出度し、という、何ともご都合主義でストレートすぎる展開。さすがに最終話はちょっとひねってあるのだが、それにしても……。これでヒーローに魅力があればまだ良いのだけれど、こんなオッサンといっしょに仕事はしたくないタイプ。レズニックにはもっと面白い作品がたくさんあると思うのだがねえ。この後、主人公が軍を離れて自由になってからの物語の方が本筋なんだろうな。