内 輪   第222回

大野万紀


 222回。ぞろ目ですね。
 「続・サンタロガ・バリア」連載中の津田文夫さんが、「探偵!ナイトスクープ」に出演されました。大和ミュージアムの学芸課長という本職での出演です。関西では人気の高い番組ですが、どれだけの人が目にされたのでしょうか。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『草祭』 恒川光太郎 新潮社
 美奥という地方都市を舞台にした連作短編集。そこはごく普通の地方都市であると同時に、幻想的な非日常の世界とおぼろに連続した街でもある。「けものはら」では、団地の奥から用水路を辿ると、人が獣に変わる不思議な野原にたどり着く。この人が獣に、あるいは獣が他の生き物に変身するというモチーフは、本書を通じて共通しており、過去に起こったあるできごとへも通じている。「屋根猩猩」はこの町の古くからある地区の、不思議な人々と習俗の物語で、どこか懐かしさのある、ぼくにはとても気に入った話だ。「くさのゆめがたり」は美奥の町ができた、遠い昔の物語。「天化の宿」はまた現代の話だが、日常と地続きの不思議な世界が描かれ、これもまたどこか夢で見たような懐かしさがある。「朝の朧町」はふたたび死と再生、そして幻想の町が描かれる。いずれも、はっきりしたオチがあるわけでもなく、幻想のままに、美しい、そして恐ろしい世界が描かれる。とにかく描写が美しい。そして懐かしく、心地よい。テーマとしては古川日出男の『家族』とも共通するものがあるのだが、あの熱さ、ダイナミックさはなく、ひたすら静かで、血圧も低い。お気に入りである。

『ルナ・シューター 2』 林譲治 幻冬舎コミックス
 シリーズ2巻目。月面で人類と戦うラミアの戦術がまた変わる。新型兵器が投入され、人類側に犠牲者が増える。ラミアは全く未知の敵なのだが、今度の戦術はどこか人間的な雰囲気があるのだ。1巻目のラストで明かされた事実と合わせ、おぞましい想像がなされる。ラミアは犠牲となった人間を彼らの兵器に取り込んでいるのではないか。一方、月面軍の内部でも、このような事態の中で人間関係のもつれや軋轢が表面化していく。あいかわらず科学的でハードな描写と共に、このような特殊な軍隊組織の中での人間関係や、そして異質な存在であるラミアとの、一種のファーストコンタクトものとしての考察など、本格SFとしてますます目が離せない作品となってきた。とはいえ、2巻でもまだまだ謎は残されたままだし、さらにまた結末では大きな進展があり、果たしてこれはどういうことなのか、というところで3巻へと続く。いやはや。

『ハーモニー』 伊藤計劃 ハヤカワSFシリーズJコレクション
 書き下ろし長編SF。いきなりHTMLタグのような記述が出てきて、あれっと思うが、そんなに気にせずに読めばいい。別に読みにくいということはない。これが結末でいかにもSFらしい効果を上げている。とはいえ、こんなHTMLみたいなもので表現できるなんて、どんな処理系だよと思うのだが。舞台は、人々が医療用ナノテクを体に埋め込み、ほとんどの病気が征圧され、政府ではなく生府と呼ばれるローカルな福祉コミュニティの複合体によって民主的に運営されるユートピアのような福祉厚生社会。21世紀後半に起こった核テロの悲劇〈大災禍〉から復興したこの世界は、一部に地域紛争や貧困や悲惨さを残しながらも、誰もが互いのことを気遣い、助け合い、優しく親密に、〈空気を読んで〉暮らす、きわめて均質な、健康最優先の世界である。確かに暴力や私欲や争いに満ちた世界よりは良さげな価値観であるが、そんなユートピアが面白いわけがない。主人公たちは、少女のころからそんな優しさ溢れる世界に息苦しさを感じていた。その一人、カリスマ的な魅力をもつ少女は、この社会に反抗してついに自殺してしまう。それから13年たち、その時いっしょに自殺を図りながら生き残ったもう一人の少女は、世界保健機構の生命監察機関に所属する監察官として、世界の紛争地帯を駆け巡っている。そして彼女の前に、あの自殺した少女の影がふたたび現れ、世界を破滅へと導こうとする。という良くできた物語であり、自意識の問題を含め、人間存在の外部化がどこまで進むかといったSF的テーマも深く書き込まれた傑作である。とはいえ、本書のほとんどが、人々が優しくべったりと依存しあう親密で均一な社会というものへの嫌悪感に貫かれており、それは現在のある風潮(例えばKYといったものに代表される)への批判でもあるわけで、その通りだとは思うのだが、ちょっとくどいようにも思えた。日常的レベルではよくわかるのだが、本書の大きなSF的テーマやストーリーの展開とは少しミスマッチであるようにも思える。

『魚舟・獣舟』 上田早夕里 光文社文庫
 短篇5篇と、ほとんど長篇に近い書き下ろし1編を収録した短編集。〈異形コレクション〉に載った作品が多いが、いずれも紛れもないSFである。特に表題作は、初出時にも印象的だったが、確かに傑作といっていい(帯に書かれたような「SF史に永遠に刻まれる大傑作!」というほど大げさなものではないが)。これまで読んだ著者の長編は、何だかもう一つ感が強かったのだけれど、本書の短篇にはそんな弱さはない。SF的で、幻想的で、ホラーで、ハードボイルドで、そして日常的でもある。長中編「小鳥の巣」は、シリアルキラーである主人公の回想からなる小説で、舞台は未来の、ちょっと『ハーモニー』っぽい人工的でお行儀のいい社会。そこからはみだした主人公の、暴力的でノワールな少年時代を描いている。SF的背景はあるが、基本的に頭のいい少年と不良仲間の付き合いを描く、よくあるタイプの物語で、少年たちの心理が細やかに、深く書き込まれている。『ハーモニー』よりも、ある意味リアルに読めた。とはいえ、ぼくとしては表題作や「くさびらの道」「真朱の街」のような奇想が好みなので、どちらかというとこれから書かれるという「魚舟・獣舟」と同じ世界設定の長編というのに期待したい。この密度で世界の広がりを描くことができれば、それこそ大傑作になるよ。ちょっとティプトリーっぽい雰囲気もあるし(「最後の午後に」とか、あんな感じ)。

『スプーク・カントリー』 ウィリアム・ギブスン 早川書房
 『パターン・レコグニション』に続く、現代を舞台にした、何ていうのか、ハイテク・ミステリ? 今度のヒロインは90年代にカルトな人気のあったというロック・バンドの元ヴォーカル、ホリス。バンドが解散したあと、ジャーナリストとなり、前作に出てきた広告業界の大物が創刊する新雑誌の記者として、ちょっとAR(人工現実)みたいな現代アートの芸術家を取材する。ところがアートそのものより、それを成り立たせるオタクな天才技術者の方に焦点が移り、彼がやっている別の仕事(ちょっと怪しげ)の謎に巻き込まれていく。物語は彼女の活躍をメインに、キューバ出身で、かなりオカルトなファミリーに属する少年チトーと、元諜報員っぽいひどく謎めいた老人に関わる、これまたひどく謎めいた(でもかっこいい)活躍と、もうひとつ、麻薬中毒の元インテリ、ミルグリムが当局の者と思われる男と共に(ほとんど拉致された状態で)チトーたちと敵対する、さらに謎めいた(そしてあまりかっこよくない)活動が、入り乱れて描かれる。しかしまあ、またもとんがった、現代アートやブランドやIT系の用語が飛び交い、会話はほのめかしばかりで核心に触れず、あんたらはいったい全体何をやってるんや、状態。世界政治と闇経済に関わる何らかのようなのだが、結局最後まで明確な説明はない。何か壮大なブラック・コメディのようでもあるが、突っ込みのないボケばかりが続き、そのギャグはわかる人だけわかればいいのさ、という感じ。3つのストーリーが交差する中盤以後は、それなりに面白くなるのだが、みんな一生懸命何かをやっているのに、それが何かははっきりとわからないという、雲を掴むような物語である。まさにスプークな感じ。でもチトーくんはとてもかっこ良かった。


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