ウィアード・インヴェンション〜戦前期海外SF流入小史〜015

フヂモト・ナオキ


フランス編(その十一) ルイ・ガレ「第三十世紀に於ける巴理府の運命」

 ルイ・ガレ。
 それ、ダレ。
 思わず韻をふんでしまいました。
 <日本之少年>に<大日本教育新聞>掲載ネタということで紹介されている「第三十世紀に於ける巴理府の運命」。
 記事のダイジェストなのかと原紙にあたって、オリジナルを探し出したら、そのまま転載しとるがな(見出しは「第三十世紀に於ける巴理の運命」)。元記事は1892年8月6日に掲載。この時期の<大日本教育新聞>は日刊で出てるので、この日付に出回っとるんだろうが、<日本之少年>の当該号、4巻16号の発行日は8月15日となってます。今だと大抵実際の発売日の方が遥かに前なんですが、この間隔の詰まり具合は何。どういうタイミングで記事を転載してますか。
 記事の書きだしは以下。

仏国の学士ヱム、ガレツト氏は今世紀の学問の進歩と理学上の推論とに拠て今より一千二百年後に於ける巴里の景状を予想したる一篇の小説をヌーベルレヴイユーに載たり

 エム・ガレって何者。ともかく<ヌーヴェル・レビュー>を読めばわかるだろ、と調べるも、そんな奴いねーよ。で、野生の感でルイ・ガレのLa mort de Parisにチェックを入れたら、当たってしまいました。エムって、エルの誤植なの?

 物語は寒冷化の進行する三十世紀の地球。フランスの宿敵ドイツなんぞは、すっかり氷の下、ヨーロッパ合衆国の首都はマルセイユとなっている。もっともパリは最新テクノロジーでガンガン暖房しているので、いまだ栄えてます。ってのが基本設定で、ロビダ的な未来の様相が語られた後、突如、解凍システムが対処しきれないほどの寒波が押し寄せ、システムはダウン、パリは滅びるというお話。特に主人公もなく淡々と描写されるだけなので小説というよりスケッチってとこか。
 <日本之少年>〜<大日本教育新聞>の記事の末尾は

是れ一辺の架空の小説なれど今日理学の推論を以てすれば吾人の子孫は必ず斯くの如きの日にあふを免れざるなりと英国理学雑誌に見ゆ

 英国理学雑誌? 理学雑誌がこんなもん紹介するか、と念のため<評論の評論>をチェックしたら、1892年4月号に元ネタらしき記事「The doom of Paris : A vision of what may happen 3000 A.D.」が出とるがな。ここから引っ張っとるやろキミ。
 こちらの書き出しは以下。

M. LOUIS GALLET, in the Nouvelle Revue for March 15th, gives a vivd picuture of what meya conceivably happen to Paris 1,200 years hence.

 なるほど、敬称のムッシューを略してM.としてあるのを、頭文字ととってしまったわけやね。
 以下の六つのセクションに区切られた1ページのダイジェスト記事となっています。

 EUROPE IN THE THIRTIETH CENTURY
 A NEW JOURNALISM AND AERIAL LOCOMOTION
 A MATERIALIST GENERATION
 THE COOLING OF THE EARTH
 NOT AT EVENT, BUT A DISASTER!
 THE END 

 さて、ルイ・ガレ(ギャレ表記もたまにあり)Louis Gallet(1835〜1898)ってのが何者かってことやが、サン=サンーンス、フォーレ、マスネ等のオペラの台本作者として名を残す作家ってことになる模様。台本作者としても忘れられかけているような気がすんので、こんなSFを書いていたなんてことはおそらく本国でも注目されとらんと見た。
 そもそも楽劇は、まず作曲家ありきなので、いざルイ・ガレ作品ということでオペラ作品を探すとなると結構面倒。日本で浮世絵とか摺物が出回っていた時代は、役者〜歌手がクローズアップされ、レコードの時代には指揮者に陽があたり、ビデオ、DVDの時代となって演出家が着目されて、と舞台をリプレゼントするメディアの変遷によって主役が移り変わってるみたいやが、この世界では台本作家はずっと日陰者やねえ。
 ともかくルイ・ガレ作品といえばサン=サーンス作曲のオペラ『黄色い王女』La princess jaune(1872)がジャポニズムものの珍品としてマニアや研究者の間で注目されてる模様。なんでも歌詞に日本語を使ってるとか。
 シャンドスからCDが出ていて、一応まだ現役盤らしいが、ネタとして買うほどのもんか、などと思いつつ、ここいらで、いかにも面白そうに紹介されているので心が揺らいでたら、タワレコの店頭で遭遇してしまったのでつい購入。

 『黄色い王女』がどんなストーリーかというと浮世絵の美人画に恋するって話なので、現代的に演出するとアニメキャラに萌え萌え、というオペラになるはず。オタク・カルチャーがどうのといっている人は、即買いだっ。
 日本娘の肖像画としか書いてないので、なんか違う気もするがジャケットには浮世絵の美人画をあしらった絵が使われとるんで、そーゆー解釈でOKなはず。そいでもってドラッグで、その絵に描かれた「日本」にジャック・インするって話なのである。というのが本当かどうかはこっちでチェックだっ。

 CDついでで脱線するが、ヒンデミットの曲にフィッツ=ジェイムズ・オブライエンものがあるらしい。The demon of the gibbetってんだが、何でまた、そいつに曲をつける気になったのかねえ。などと悩みつつ、『金剛石のレンズ』刊行記念ということで、店先で見かけたらあきらめて買うかなあ。
 などと思いつつも、幸い? まだ行き当たらず。津田さんはお聞きになっておられるかなあ。いや、俺みたいにネタで曲を聴くなどという下品なことはなさりそうにないですが。


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