ウィアード・インヴェンション〜戦前期海外SF流入小史〜013

フヂモト・ナオキ


フランス編(その十) アンリ・ド・ヌーサンヌ(ノーサン)『日清連合|欧州侵略譚』

 六回で一息つくというペースが、いいかなと思っていたのだが、とりあえず年内は休みを入れずに続けられそうな気が。ということで続けて第3シーズンへ。

 補遺的な話題としては、SFスタディーズのダンリーネタでクラーク先生が、全くおんなじようにヴェルサンを引用しているのに気づき愕然。誰でも考えることは一緒なのかっ。ま、普通は、ダンリーなんぞに興味を持ったりはしません。
 ダンリーいえば、先日、L'invasion jauneが満州の雑誌で訳されている(黒龍軍秘話)のに遭遇して、これまた愕然。まったく油断も隙もありません。
 『万歳』については会津翁に、パラベラムは参謀本部の蔵書にもなっていたことを御指摘をいただいた。→近代デジタルライブラリー参照
 ってことは、<読売新聞>の記事はますます「作り」臭い。しかし参謀本部のこの蔵書目録には未来戦モノがほとんど出ていなくて、なんでまたパラベラムを持ってるの、って感じ。Crabappleの独逸版が載ってたりしますが。
 と、本文に合わせて架空戦記な枕をふってみました。

 さて、おっさんの子供の頃にはデコデンといえば高峰秀子が車掌さんの電車、デコブラといえば秀子の乳バンドやった、というのはもちろん嘘であるが、今となってはデコブラなどという作家がいたことはすっかり忘れ去られているのではあるまいか。そのモーリス・デコブラ (Maurice Dekobra,1885〜1973)にも未来戦記モノでL'Armee rouge est a New-York(1954)(梅田晴夫訳『赤軍ニューヨークを占領す』1955・室町書房)ってのがあるんだが、興味深いのは同書の序文。

「想像力というものは常に、いかにもありそうに思われる予想から多少なりとインスピレーションを受けるものである。来るべき対独復讐戦を描いた、ダンリ大尉の「未来戦争」とか、またイギリスで出版された、独軍が英軍を粉砕する「ダーキングの戦闘」とか、フランスが大英帝国に対して勝利を収める「ナヴァル戦争」とかいったものの出たあとで、フランスでも「一九〇〇年の未来戦争」という書物が出版されている。ロシアと手を握り合ったフランスがイギリスに対して剣をとって立つという話は《モンド・イリュストレ》誌の特輯号のタネとなったが、フランスの愛国主義を活気づけるこの勇壮な作り話の作者はアンリ・ド・ヌウサンヌであった。」

 架空戦記の系譜が、1954年時点においてフランスでは既にこのように把握されとったこと、そいでもって、単行本にもなっていないヌウサンヌ作品の名前がちゃんと残ってたとは、かなり意外。

 アンリ・ド・ヌウサンヌHenri de Noussanne(1865〜?)、経歴はつかめてませんが、日本では、Le veritable Guillaume IIの英訳The kaiser as he is, or : The real William IIが注目され、村上濁浪が『現世界鉄腕王独逸皇帝』成功雑誌社、1906年として抄訳。ちなみに同書は1914年に『赤裸々の独逸皇帝』と改題して再刊されている。

 さて、1900年上半期の<モンド・イリュストレ>を手にとって見ると、万博ネタとボーア戦争ネタだらけなんですが、確かに春先に英露仏未来戦特集号La Guerre Anglo-Franco-Russeがポツンと挟まっとる。ふむ。

 ともかく、同年末に<中央新聞>に黄村訳で掲載された「日清聯合|欧洲侵畧譚」は、これのサブエピソードかなんかで、枝葉の部分を紹介したもんだろ、と長らく思っとったんだが、原紙にあたったら、このLa Guerre Anglo-Franco-Russe de 1900では日本や中国は全然活躍してません。じゃあ、また別の未来戦ものが同じ年に載っているの。と、またクソ重たい合本を書架から降ろして下半期に突入。うーむ、こいつか。
 8月25日号が「La revanche de la Chine」ってことで、また一号まるまる未来戦話になってます。
 とりあえず原作の章見出しを転記しておこう。

I
A PEKIN LE 1er JANVIER 2001./UNE PROMENADE EN BALLON DIRIGEBLE./LA PLUS GRANDE VILLE DE L'UNIVERS EN EMOI./LES AMBASSADEURS AU PALAIS IMPRERIAL./LE COUP DE THEATRE DE L'ILLUSTRE EMPEREUR KO-HANG-TSI.

II
LES AMBASSADEURS EUROPEENS SE RETIRENT./L'EMOTION EN EUROPE./DESACCORD ENTRE LES PUISSANCES./LES AVIS DES JOURNAUX ETRANGERS ET DE L'EMPEREUR D'ALLEMAGNE./LATTITUDE DE L'ALLEMAGNE ET DES ETAT-UNIS./L'EXPLOSION DES TORPILLES DE HONG-KONG.

III
LA GUERRE ECLATE AVANT L'HEURE./LE DESASTRE DE VICTORIA./DEUX MILLE ETRES HUMAINS A BORD DU Revenge./LES FEMMES ET LES ENFANTS VENDIS COMME ESCLAVES./LA PLUS FORMIDABLE BATAILLE NAVALE DE L'HISTOIRE.

IV
LE PLAN DE CAMPAGNE CHINOIS./LA MARCHE SUR LA RUSSIE./LA PROCLAMATION DU TSAR./LA BATAILLE SUR L'AMOUR./LA RUSSIE ENVAHIE./DES MILLIONS DE MORTS.

V
LA SIBERIE CONQUISE./LA BATAILLE DE MOSCOU./LA PANIQUE EUROPEENNE./L'OCCUPATION DES PAYS ALLMANDS./LA BATAILLE DU RHIN./LA SCIENCE SAUVE LE MONDE./LE CHATIMENT.

 で、これが邦訳された際の前書はこんなところ。

「黄禍!(エローペリル)黄禍!黄禍果して欧州一派の恐黄病者の懐くが如き処る可き結果を齎す可きか。此欧州侵畧譚は頃日仏国発刊のレ、モンド、イラストレーに掲載したるヘム、ヘンリー、ノーサン氏の手に成れるもの、来年の事をいへば鬼が笑ふといへど是は百年の後の想像譚、実際此かる事は百年後に起るべきや否は保証した処が自分は其の時まで長生するといふでもなし、其の当否の責任は一切負はぬ訳なれば、其の想像の面白きと、恐黄病の一班を窺ふ為めに茲に訳出することとなしぬ」

 これまで誰も粗筋紹介していないような気がするのであきらめて連載内容(11月23日〜28日)をまとめるとこんな感じ。

(1)日清聯合大帝国の新年
欧州の新聞記者は気球より21世紀の新年を迎えた北京を漫遊取材している。この時北京の人口は800万、日清帝国の人口は8億万を数える。交通通信とも宮殿中央へ集権されており、危急の際には皇帝が瞬時に軍隊を動員することが可能となっている。高漢皇帝の謁見の時間は慣例に背いて遅延していた。

(2)列国使臣の連合国皇帝拝謁
謁見の場には仏国のエム、ボール、カムボン氏、英国のライト、ホン、ウヰリヤム、チヤンバレン氏、ロシアのスコベレフ親王が待ちうけていたが、事変をつげる暗号電報が彼らの元に届いていた。

(3)日清聯合大帝国組織の由来
ここで日清連合の経緯が語られる、下関条約より50年間は日本皇帝と西欧諸国と親密な関係を続けていたが、その間に日本と支那とは次第に結合し、支那の皇帝が崩御したあと、日本皇帝の世継ぎを支那の皇位に君臨せしめることととなり日本と支那の連合による清国が出来上がる。これを欧州諸国は危険視したがフランスが融和策を提唱したため、この状況が維持されることになった。

(4)外国人の撤退を命ず
人口の拡大によって土地が不足してきたため、日清帝国内における欧州の権益の返還を4000万の軍隊の力を背景に要求、外国使節は8日間、在留外国人は3カ月の期日のうちに中国より退去することが要求される。

(5)欧州の沸騰、竟に開戦
欧州ではこの事態を受けて議論が巻き起こる。ドイツはアフリカ植民に力を注ぐこととし中国方面での積極策をとらず、アメリカも秘密条約を結んで中立の立場をとった。広東総督慶親王が香港で英国太守と会談を持ち、その帰途に水雷によって攻撃される。清国皇帝はこれに激怒し、香港を制圧。英国太守はシンガポールに脱出し露仏艦隊を結集する。

(6)日清軍連りに勝ち欧州全てを席捲す
シンガポールも間もなく陥落した。2月10日英軍がシンガポールを攻略するが膨大な日清連合軍の兵力の前に敗退する。そして2001年3月3日3800万の日清連合軍が欧州への進攻を開始する。2002年8月清国皇帝の弟親王はトボルスクに侵入、北アジアの併呑を宣言する。インドで仏軍は壊滅させられ、翌年3月ロシア方面の軍はウラルを越え、8月にはモスクワで会戦、ロシア軍とともに露帝も斃れる。さらにブダペスト、ウィーン、ベルリンも陥落する。

(7)日清聯合軍電気爆裂弾の為に敗滅す
ここで残った欧州の連合体が形作られ、仏国の学者が完成させた電気仕掛けの爆裂弾を用意しライン河畔で決戦を挑み、ついに日清連合軍を敗走させる。支那は元の領土内に閉塞し、日本は議会紛糾のために海外に手を出す余裕をなくす。そしてこの後欧州は一致協力することで昔日に勝る繁栄を得ることとなった。

 邦訳連載は原作からかなり端折られてます。あと、日本が清国を併合した設定になっとるが、原作だとやっぱり中国に呑み込まれとるのよな。いや、流石にそれはそのまま紹介でけへんわな。結局ヨーロッパに押し返されるってのは百年後の話だったのでOKだったと思われ。いや、まだ日露戦争前ですし。

 しかし、対英モノを書いたかと思うと、同じ人が、すぐに対中国モノを書いちゃうの? これってダンリー先生と同じパターンだよな。
 義和団事件が終ったばかりなのに。というか、義和団事件が起こったんでその最中に書いていたんやろけど。

 ついつい日本人としてはこうしたモノを黄禍小説として着目してしまうが、意外に当時の作家は黄禍で一本筋が通っていたわけではなくて、ホラー小説を書くつもりで、その恐怖の対象を、異国、異人種としたと見るってのはどうだ。『ドラキュラ』を英国を狙うドイツやらロシアの暗喩と読むパターンの逆用ね。


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