内 輪   第209回

大野万紀


 何年かぶりでメインのPCをグレードアップしました。自作なのですが、これまでのPentium4から、Core2DuoにCPUを変更。マザーとハードディスクも替えて(500GB S-ATAですよ、昔を思えば信じられない容量だ)、メモリも2GBにしました。WinodwsXPの認証で電話認証しないといけないのがうっとおしかったけれど、たまに再インストールし忘れたアプリケーションやドライバ類が出てくる以外は、今のところ順調。体感スピードは起動・終了・使用中とも明らかにアップしていて快適です。しかし、昔の基準でいえば世界征服でもできそうなスペックだなあ。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『人類は衰退しました』 田中ロミオ ガガガ文庫
 5月に出たライトノベル。ほんわかほのぼのとしたやる気のない衰退した未来。でも、平和だし、飢えや悲惨もなさそうだし、こういうのんびりした暮らしも悪くないかも。問題は、衰退した人類と共存している妖精さんたちで、面白がって人間のまねをする、これって「ホーカ」や「ねこめーわく」の世界。彼らはある種の超文明を持っていて、シンギュラリティ以後の存在のようでもあるが、なんだか可愛い。調停官という大げさな肩書きの仕事についた若いヒロインが、おじいさんといっしょに、彼らと楽しくお気楽極楽に過ごす日々が描かれる。妖精さんたちはあんまりのんびりとしていなくて、何だか面白いことには熱狂するタイプで、まったく「ねこめーわく」にばたばたしている。人間の彼女は振り回されるのだけれど、こっちはちょっと低血圧な雰囲気。言葉遣いなどが独特で、まるで小さい子供たちのようでもあるが、考えてみると小さい子供はこんなことは言わない。これって、そうある種の小さなサークル内で女子高校生たちが使うような口調かも知れない。まあ、とても気持ちよく読み終えました。

『人類は衰退しました2』 田中ロミオ ガガガ文庫
 続編は2編収録。あいかわらず気力の衰退した話ではあるのだけれど、前作と比べると何というか……今回はまさに妖精さんの悪戯に巻き込まれてしまう、妖精めーわくな話で、悪気がないだけによけいに困る。読み方によってはすごくSFなのだが、もはや童話の領域に入っていて、ほとんど不思議の国のアリスのような世界。知能が低下し、身長も低下してしまうスプーンとか(スプーンおばさん?)、タイムスリップするバナナの皮とか。ひたすらタイムスリップするお話は確かに面白いのだけれど(最近では珍しい、世界が枝分かれしないタイプのタイプスリップだ)、このループ感にはちょっと疲れる。時間を遡る度に犬が生まれるという小ネタは面白かった。ヒロインもあいかわらず衰退したままなので、ちょっと退屈気味なのは仕方がないのか。

『銀河北極』 アレステア・レナルズ ハヤカワ文庫
 『火星の長城』に続く、日本オリジナルの短編集。『啓示空間』や『カズムシティ』を含む〈レヴェレーション・スペース〉ものの中短篇はこれで全てが収録されたことになる。要するにアレステア・レナルズの宇宙史ということだ。わりとホラー風味があり、異星生物の描写など、ジャック・ヴァンスを思わせるものがある。ただしヴァンスの華麗さはなく、暗いイメージが強い。ニュー・スペースオペラというものはなるほどこんな感じなんだな、とわかったような気分になる。超光速は出てこないが、それでも銀河規模のスペースオペラは成り立つのだ。「ターコイズの日々」はすごく真っ当なSFで、これはスペースオペラというよりも、70年代LDGを思い起こさせる話。けっこう好みです。「グラーフェンワルダーの奇獣園」と「ナイチンゲール」はまさにホラーSFであり、特に「ナイチンゲール」には『啓示空間』とも共通するぐちゃぐちゃどろどろな怖い物見たさの迫力がある。表題作「銀河北極」は物語の中で数万年の時間が流れる、スケールの大きいSFならではの面白さに満ちている。超光速が存在しないことで、よけいにスケール感が表現されている。ちょっとニーヴンが入っているかも。これも好みです。

『超人類カウル』 ニール・アッシャー ハヤカワ文庫
 遙かな未来で激しい戦争を繰り広げる二種類の人類、アンブラセインとヘリオセイン、そしてヘリオセインから生み出された超人カウル。彼らは時間を超えて戦い、遙か未来から多細胞生物が初めて姿を現した太古にいたるまでがその戦場だった。という時間戦争ものに、22世紀の少女娼婦と、非情な暗殺者の二人が巻き込まれ、過去へ過去へ、第二次大戦、ヘンリー8世の時代、ローマ時代、そして大型ほ乳類や恐竜の時代へと遡っていく物語。まあ何というか、アメコミみたいな超人たちの派手な戦いと、過去の時代や太古の世界をトラベローグする時間旅行の面白さがある。でもあまり両者が結びついておらず(一応結びつけるような説明はあるのだが)、視点の違う短い断章がどんどん進んでいくので、バランスが良くない。主題がどこにあるのかわからなくなってしまう。最後のクライマックスもスケールが大きい割には迫力がない。もうちょっと刈り込んでメリハリをつければもっと面白かった気がするのだが。

『エピデミック』 川端裕人 角川書店
 アンリ・ルソーの不安な絵が表紙の本書は、疫学がテーマの本格長編である。新型インフルエンザのように世界的に広がるのがパンデミックで、エピデミックは地域的に限られた予期せぬ突発的流行、その規模が大きくなったのがアウトブレークである。というわけで、本書の舞台はほぼ東京近郊のある田舎町に限られる。人類全体への脅威であるパンデミックに発展するかも知れない恐怖を漂わせつつ、本書はパニック小説というよりも、その小さな町を突然襲った感染症をめぐって、その「元栓を閉める」ために徹底的にデータを集め推理を働かせる専門家たちの10日間を描く、プロフェッショナルなお仕事小説である。病院の医療現場ではなく、保健所のような集合的な公衆衛生対策の現場。彼らは一人一人の患者の人間としての面と、ある意味非人間的な疫学的データとしての面の二面性を意識しつつも、あくまでも数として、データとして見ようとする。相関をとり、オッズ比を計算し、そこから隠された「元栓」を見いだそうとする。まさに疫学小説だ。科学的な謎解きに比重が置かれたサイエンス・フィクションでもある。もちろん同時に、それと対比するように、登場人物たちと彼らを取り巻く人間的なドラマもたっぷりと描かれている。とりわけ小堺という若い保健所員の変貌が魅力的だ。謎の感染症に関連のありそうな要素は多く、絞り込みは難航する。子供たち、鳥、コウモリ、カルト的宗教団体、動物保護のボランティア、野良猫、クジラ……。特に宗教団体の少年の思わせぶりな活動は読者にも混乱を招く。推理小説だとしたらちょっと気にかかるところだ。派手なパニック物ではないが、震災や福知山線事故で突然の大量死を身近に感じた身としては、真に迫るサスペンスがあり、一気に読むことができた。


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