続・サンタロガ・バリア  (第70回)
津田文夫


 寒いなあ。寒くて当たり前の季節だけれど、いつにもまして寒い気がする。単に暖房機具が少ないだけなのかもしれないが、毎年こんなものなので気分の問題かしら。
 久しぶりに公民館で2時間続けてしゃべったら、のどが痛くなった。1時間しゃべったところで、主催者に休憩入れますかと聞いたが、ウチは休憩を入れなくても大丈夫ですといわれたから、そのまましゃべりっぱなし。水もなかったよ。トホホ。

 チャイコフスキー・コンクールピアノ部門を制した上原彩子でシューマンの協奏曲を聴いた。バックは地元広島交響楽団、指揮は金洪才(キム・ホンジェ)。ちょっと期待していたんだけれど、オケとのバランスがあまり良くなくて、こぢんまりした印象。テクニックはすばらしいと思うけど、これがシューマンの響きという瞬間が感じられなかったのは残念。メインはベートーヴェンの7番、「のだめ」(その前は車のCM)で割と知られるようになったリズミックなフレーズが大半を占める曲だから聴けばノるけど、出来はまあまあかな。序曲はモーツァルトの「コシ・ファン・トゥッテ」だった。ポピュラーなプログラムとしてはいい組み合わせだとおもう。

 チャールズ・ストロス『残虐行為記録保管所』は、どうしてもバラードのコンデンスト・ノヴェルを思い出してしまうけれど、全く関係ない。出だしはルキヤネンコの『ナイトウォッチ』を思わせる。ただカルフォルニアでヒロインが拉致されるまでは割と退屈な展開だ。タイトルがタイトルだけにもっとハードな展開になるかと思っていた分、クトゥルー的異次元空間での出来事もそれほどの衝撃はなく、軽めのエンターテインメント的なキャラクターと相俟ってこれまでのストロスの作風が楽しく読めるものになっている。表題の保管所は文字通り場所を意味しているのでおどろおどろしさを期待すると肩すかしかも。

 山本弘『MM9 エムエムナイン』を読んでると同世代なことがよくわかる。あの当時、自分もウルトラQやマンに強い刷り込みをされたには違いないが、山本弘のようにそれらに対する思いをあふれさせることができるかというと、ちょっと難しい。それでもここにあるのは、十分なテクニックによって昇華された刷り込みなので、なんの不満もなく受け入れることが可能だ。ライトノベル発生以前から筋金入りのSFファンとしてプロを目指した作者の心意気みたいなものが感じられる。

 そのタイトルといい紹介の仕方といい、B級を期待せよといわんばかりのニール・アッシャー『超人類カウル』は、意外や意外のタイムトラヴェル仕掛けだけれどヴァン・ヴォクト並の原初的なSF力で読者を魅了する期待以上の代物だった。ヒーロー・ヒロインのキャラがというか主要キャラの立ちっぷりにやや難があるとはいえ、最後まで先の読めない展開とタイトルから期待されるカウルの出番が少なくて謎めいた描写が読む者を引っ張る。ヘタクソだという意見もあるかもしれないが、1冊本でここまで風呂敷を広げて見せたのは、たとえ畳むのに失敗していても(それと世界/宇宙がチャチい感じはあるけれど)、評価に値する。ただのSF以上の評価も得られないだろう作品の潔さがいい。

 結末まできて、エーッこれで終わりなのかと困ってしまう三島浩司『シオンシステム』は、たった300ページで根本はロマンティックSF的アイデアなのに、参考書の取り込みがよく活かされて重厚な面持ちをまとうことにほぼ成功している作品。あと50ページしかないのにどうするんだコレ、と思わせるくらい『超人カウル』とは別の意味で世界を広げている。レース鳩の世界に厚生労働省の官僚、日本医師会などを少ないキャラクターで読み手にそれほど不審を持たせずに代表させてしまうことができているため、シオンシステム自体のオドロオドロしさに代表される荒唐無稽さをそれほど感じさせないような流れを作り出している。残念ながらそれは最後の50ページで乱気流になって終わってしまうのだが、生真面目な小説作法とSFのアイデアを最後までバランスさせながら書ききっていたら衝撃をもたらしていたかもしれない。


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