ウィアード・インヴェンション〜戦前期海外SF流入小史〜006

フヂモト・ナオキ


フランス編(その五) 「脅威」のパートナー ―ローマン&ビゴー『科学の脅威』

 ローマン&ビゴーといえば大正末から昭和初年にかけて<科学画報>に掲載された一連の翻訳科学小説短編の中に「硝子の檻」が訳されていることでかろうじて知られている合作コンビだろう。
 同誌の編集後記である「番町だより」には「科学小説はいかゞでせう。一時休載して読者諸君からの御希望を聞いて見たらといふ案も社内にはありましたが、面白い材料が手に入つたので今月も掲載しました。女に科学的常識の不足してゐる事が、どんなに恐ろしい事かといふ証拠をみせつけられるやうな気がして慄然たらざるを得ません。蓋し科学小説の一典型として、得がたい傑作だと思ひます。作者は二人とも現代フランスの新進作家です。どうぞ充分に御批評下さい。」とある。すげー差別発言だが、まあこれが歴史なのである。その「硝子の檻」自体はSFとしてはピンとこないグラン・ギニョル趣味のホラー小説で、ローマン&ビゴーって誰やねんというところでとどまって、それほど追っかけようという気力は湧かん。

 ところが長編SFの邦訳にいきあたり、気になりだして早十数年。そんな前なのか。うーむ、掲載誌の<武侠世界>を調べていた時期を考えるとそーなるのお。じゃあラ・バテイユより前から、そのうちちゃんと読もうと放ったらかしたままかいっ。

 で、ほじくりかえしてみると、グラン・ギニョル座にたどりついてしまってびっくり。

 残酷劇の代名詞ともなっているグラン・ギニョル座についてはフランソワ・リヴィエール、ガブリエル・ヴィトコップ著、梁木靖弘訳の『グラン=ギニョル : 恐怖の劇場』未来社、1989年が出ており、その巻末に「訳者あとがきに代えて」としておさめられた「グラン=ギニョルをめぐって」には辰野隆が観劇した際の回想が引用されている。
 グラン・ギニョル座の名前(悪名?)は、かなり鳴り響いていたようで、演劇関係者のみならず多少なりとも演劇に関心のある日本人の多くが、劇場に足を運んでいるのではないか。<悲劇喜劇>1973年2月号の椿八郎「グラン・ギニョールの怪奇劇」という一文には、松居松葉の帰朝談、さらに正木不如丘のパリの思い出話を聞かされ、興味をかき立てられたことが記されている。ここではさらに友人の宮田重雄の観劇の模様と、自身が1936年に訪れた際の様子が語られ、宮田の見た演目は1928年頃佐藤秀朗も見ていたと紹介している。あと坪内士行が見にいっているし、戦前のフランス旅行記の類を探せば、いろいろと出てきそうではないか。
 あと、ロルドをあの佐々木孝丸が<変態心理>で訳している話なんかも、意外に知られていない気がする。
 <新青年>1927年5月号に「『大ギニョル座』放送」なるラジオドラマ脚本が掲載されてるのも気になるところ。このピエエル・キユジイ&ギヤブリエル・ヂエルミニエの合作は劇場中継という設定を利用した結構危うい作品。ここまで来ればオーソン・ウエルズの「宇宙戦争」まであと一歩である。タイトルからグラン・ギニョル座を大幅にフィーチャーした作品かと想像してたらそれほど関係なかったね。邪道っぽいところが「グラン・ギニョル」なのか?
 これは訳者が高橋邦太郎なので小山内薫に借りたTheatre Radiophoniqueからの翻訳だろう。同書にはそのGreat-Guignol以外に3本のラジオドラマ脚本が入っているがうち一本は未来物でしかも訳があるんだよな。
 ってなところをある程度まとめて調べた上で発表できればとも思っとったりするのだが、今、それをはじめると原稿が終らなくなるので、グラン・ギニョル話はここいらで。

 かわりに「硝子の檻」の方を、簡単に触れておこう。邦訳では、名前の表記が不安定なので、ちょっと悩ましいところだが、とりあえず代表的なところに統一して紹介すると、ジュアン・ロベールは自らが作り上げたオートメーションの製鉄工場をフィアンセに見せる前に、まず母親メランジュ夫人に見せたいと望む。母親は工場に対して恐れをいだいており訪問を躊躇するが、息子のたっての願いに渋々承諾する。無人の工場を二人して見てまわる途中、足をすべらせてロベールは機械に挟まれ、抜け出せなくなる。そこで母親に工場を集中コントロールしているガラスの張りの指令室へ行って紫のボタンを押すように依頼する。指令室には無数のボタンが並んでおり、紫のボタンも幾つもある。母親は極度の緊張状態に陥る。そして彼女が押したのは別の紫のボタンであった。ゆっくりと機械は息子を呑み込もうと動き始める。息子は懸命に正しい操作を指示しようとするが、正しい操作をし損なった時点で、母親はすでに発狂していた。哄笑を続ける母を背景に息子はじりじりと機械に挟み込まれていくのであった。
 邦題からすれば原作はDans la cage de verreなんではないかと推測されるが、そんなものどこで手に入るんだっ。

 で、ようやく本題の『科学の脅威』だ。科学小説ではなく探偵小説として<武侠世界>の1922年1月〜6月にかけてロオマン・ビゴ合作、本間武彦訳で連載された。
 今回の作品についても翻訳者の経歴が全然追えていないのだが(「硝子の檻」の訳者の山下初雄は<科学画報>の記者ということのみ知られる)、本間武彦は、その著作をさがすと大正期の『ユーゴー全集』に名が見える。そこからすれば、仏文学者の記録を丹念に調べれば何か出て来そうではあるのだが。

 原作はL'Etrange Matiere。ロオマン(ローマン)がE.M.Laumann(1862-1928)。ビゴ(ビゴー)がRaoul Bigot。<科学画報>では新進作家とされていたが、ローマンについていえば、グラン・ギニョル座に1907年En plongee(Paul Oliverと)、1908年Nuit d'Illyrie、1910年Dans les soutes、1916年La Marque de la bete(キプリング原作)、1922年L'Ombre d'une fleur(Florent Duthuitと)と脚本を提供(データはグランギニョル座研究サイトGrand Guignol Online より)。それなりに活躍していたのではないかと思われる。ローマン作品の多くは合作。恐らくヴェルサンの頃よりは研究が進展しているはずなのだが、それが発表されてるのは多分ファンジンとか、どこの図書館にもないような私家版だったりする模様。追いきれません。

 単行本として出版されたのは1924年なので1921年6月〜8月の<Lectures pour tous>連載版からの訳ということになる。フランスの雑誌というと<両世界評論>と<教育家庭雑誌>、ちょいと新しめで<ジュ・セ・トゥ>ぐらいしかなじみがありませんが、SFがらみでフランスのポピュラー・カルチャー流入史に興味があるんだったらそれに加えて<Lectures pour tous>、あと大衆科学雑誌の代表として<La Science et La Vie>ぐらいは揃えておかないといけないらしい。
 ムリだよ。

 前回の<ジュ・セ・トゥ>のコンテストの次あたりに位置する科学小説の賞は<Lectures pour tous>がはじめたジュール・ヴェルヌ賞らしいので『世界科学小説賞ぶった切り』をやる人はがんばって集めて読んで下さい。←別に雑誌を集めなくても。

 とりあえず単行本と邦訳連載の章題。

LES BANDITS MYSTERIEUX/LE FLEAU SUR LE MONDE/LE TOUR DE L'ALLEMAGNE/UN LAC BOUILLANT/OU LA SILHOUETTE D'UNE JEUNE FILLE APPARAIT/UN FRAGMENT DE MANUSCRIT/DANS LE CABINET DU PRESIDENT DU CONSEIL/LA NOUVELLE COLLABORATRICE DU MONDE/L'HUMILIATION DE L'ANGRETERRE/TOGRA-DASI-PAL/OU GERMAINE DISPARAIT/ESCANDER A L'OEUVRE/LA FORTE D'ORLEANS/LE MAITRE DU MONDE/CELUI QUI VINT AU RENDEZ-VOUS/LA CAPTIVE/UN ETRANGE CHATEAU/UNE ESCALADE DANS LA NUIT/AUX ECOUTES!/UN FACHEUX ACCIDENT/NOUVELLE EXPEDITION NOCTURENE/LA FIN D'UN GAUCHEMAR/EPILOGUE

一、怪脅迫状と怪火/二、屈辱の無線電信/三、伊太利の降伏/四、今度は独逸に/五、湖水の大沸騰/六、注意を惹いた少女/七、奇怪な化学者/八、内相と記者の会見/九、世界新聞の女記者/一〇、秘密対抗策の漏洩/一一、英国大海軍の惨敗/一二、トクラ・ダヂ・パル/一三、ゼルメーヌの失踪/一四、エスカンデの活躍/仏蘭西の宣戦布告/自称世界王の宣示/其後のゼルメーヌ/怪化学者ランベエル/発見された怪城廓/忍込んだ怪城の内部/トラクとランベエル/感激に充ちた一夜/巴里の秘密閣議/トクラ生擒の計画/ラ団の悲壮な最期

 連載初回の<武侠世界>の口絵と本文についてた説明は以下。

口絵「世界の恐怖 突如として空中から降つて来た奇怪な脅迫状、忽然として現はれた空中の怪雲、その怪雲が放射する極寒、猛火、それこそ世界列強の一大恐怖であり、文明が生んだ文明の脅威である、その陰に潜んでこの怪力を駆使する怪物の正体は果して何物であらう探偵小説『科学の脅威』を見よ」
「寒暑を自由に左右することは、過去の時代を通じて、世界を左右すると云ふことの別語である。かうした恐ろしい夢想の実現を化学の異常な進歩が許す日が来るであらうか。
この科学探偵小説は実にかうした図破抜けた憶測が出発点となり、最も奇怪な、最も大規模の世界的陰謀となつて、最後まで読者の好奇心を緊張させて行かれねば、止まぬのである。」

 今回もあらすじを最後まで。

 パリの大新聞ルモンドの名探訪記者ポオル・エスカンデは大慌てでその編集室に駆け込んで来た。編集長ソオテに突き付けられた紙片にはラヂスクラ団なる集団がフランス政府に一億円を要求したが容れられないのでボオム(ボオス)に火を放ったことが記されていた。記者が確認したところボオムでは突如耕地が発火し幾何学模様を描いて焼き払われるという事態が発生していた。さらにフランスの南部地方も謎の猛火に襲撃され、引き続きパリへの攻撃がなされることが予告され、フランス政府はついに謎の脅迫に屈する。同様の脅迫はイタリアにもよせられていた。イタリアは事態を秘匿していたが、極寒攻撃にさらされ屈服する。さらにドイツへの脅迫がなされたが、ドイツは回答方法を誤ったためにステツチン・アム・オーデルの秘密兵器工場を粉砕されてしまう。そして次のターゲットとなったのはアメリカであった。アメリカは防衛網を敷き対抗するが、湖水は沸騰させられ、穀物地帯、油田地帯を焼かれ敗北する。
 フランス内務省に取材に来ていたエスカンデはそこでラジスラク団の秘密を知っていると訴え出て信用されずに門前払いをくわされた若い娘ゼルメーヌ・ロオリエルと出会う。ゼルメーヌはかつてソルボンヌ大学でジヤツク・ランベエルという天才的な化学者の助手をしていたことがあり、彼の研究が今回の事件とかかわるものだという。彼女が持っていたランベエルが焼き捨てたノート断片にはクリスタロビイルという熱を吸収/投射する物質を発明したことが記されていた。
 エスカンデはゼルメーヌを臨時の記者として雇いランベエルの行方を追う。一方、ラヂスクラ団は国際同盟を作って対抗しようとしていたイギリスを海上の艦隊を凍りづけにすることで打ち負かす。ゼルメーヌはランベエルが資金援助をインドの富豪にあおいでいたことから印度王トクラ・ダヂ・パルが怪しいと指摘する。エスカンデが探りを入れて間もなく、ゼルメーヌはさらわれてしまい、ヴエルドオという青年を助手として探索を続ける。
 スイスにおける秘密国際会議の開催もラヂスラク団に察知されるが、フランスは宣戦を布告し対決の姿勢を示す。そしてオルレアンの地で戦端が開かれることとなる。高熱攻撃にさらされつつ上空を一斉砲撃することでかろうじて敵を撃破するも正体を明らかとすることはできず、続く第二撃にフランス軍は打ち負かされ、トクラ・ダヂ・パルがラジスクラ団の主としてパリにその正体を現し、英国並びに各国がインドより退去することを要求する。

 一方ゼルメーヌはさらわれた先でランベエルに再会していた。ランベエルは発明を売ったこと、またトクラが垂直離着陸機を大量に作っていることを語るが、自分の発明がどのように利用されているのかは全く知らなかった。ゼルメーヌは世界の危機を語りランベエルは青ざめるがラヴアナというトクラの腹心に会話ははばまれる。
 エスカンデはボルタン・ベザンのホツクの旧城郭が外国の大富豪に購入されていることをつかむ。城へ潜入し、透明の垂直離着陸機の発進の模様を目撃し、さらにその内部でゼルメーヌを見つけだし共に脱出する。パリにもたらされた報告によりラジスラク団の本拠地攻撃が決まり、城に爆薬がしかけられ、さらに海岸を艦隊が埋め尽くした。トクラは航空機による反撃と脱出を図るが、爆破により格納庫のエレベータが破壊され手も足もでないまま降伏勧告を突き付けられ死を選びここにラジスラク団は壊滅する。

 謎の攻撃の部分で盛り上げておきながら、後半はかなり駆け足なのは、邦訳の紙幅が限られていたせいか。新発明に関する説明があんましないので意外にSFとしての面白味は少ないね。


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