内 輪 第206回
大野万紀
最近バージョンアップされたメジャーなソフトがどんどんWindows2000を切り捨てていくので、仕方なく我がPCのOSをWindowsXPにアップグレードしました(VISTAじゃないよ)。なんせ、MS-DOS時代からハードディスクの中に埋もれているソフトもあり、データに至ってはN88-BASICの時代からの生き残りもある。ま、そうはいってもWin98からWin2000にした時点で、かなり淘汰されているわけで、今生き残っているやつらは、厳しい環境の変化に耐えて適応してきた強いやつ。2000がXPになったぐらいじゃ、びくともしません。
仕事ではXPも使っているし、XPを使うには違和感はないのだけれど、突然Windowsアップデートが動かなくなったり、やっぱりすんなりとは行きません。ネットで調べて解決したけど、何で2000からXPなんて当たり前の移行がトラブるかねえ。
それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。
『キルン・ピープル』 デイヴィッド・ブリン ハヤカワ文庫
ブリンの新作はゴーレム探偵の活躍するSFハードボイルドだ。陶土を焼いて作ったゴーレムに魂を吹き込むことで、自分の複製を作ることができる未来世界。ゴーレムの寿命は1日しかなく、最後はオリジナルに記憶を、というか魂を回収することで、自分は複数の生を並列に生きることができる。もちろんゴーレムは原型とは別物なのだが、あんまり生への執着がなく、複製だということをちゃんと意識しているというのが面白い。とにかく仕事が忙しいとき、自分がもう一人いたらいいのに、という夢を実現しちゃった世界だ。その世界で、複数のゴーレムを派遣して仕事をしている探偵が主人公。それがとんでもなく大きな事件に巻き込まれて……というお話。いやあ、これが面白い。マッド・サイエンティスト、謎の大富豪、地下の秘密基地、できそこないのゴーレムのくせに、すごくタフな奴、もちろん謎めいた美女も出てくる。つまり、アメコミだ。結末はブリンによくあるようにSF的大風呂敷を広げまくるのだけれど、イーガンのSFみたいにそれを真剣に考えるというよりは、派手なスーパーヒーローもののぶっとんだアイデアとして扱っている。ある意味、潔い。バカSFというのとはちょっと違うが、むやみに楽しいエンターテイメントSFだ。
『ウニバーサル・スタジオ』 北野勇作 ハヤカワ文庫
ウニの形をしたウニバーサル・スタジオ大阪。全てはそこから始まる。つまりダジャレから。誰かさんと違って、北野勇作のダジャレはとても論理的に、システマティックに、理系に展開していく。大阪(道頓堀中心に、明石あたりまで含む)をその中に包含した宇宙(ユニバース)として。でもまあ、何しろテーマパークが元だから、色んなものが包み込まれているわりには、世界は狭い。阪神が優勝した後の、人類が滅亡してケロリストやらアヒルやらが跋扈している世界だけれど、どうにもせせこましい場末感が漂い、いつしかいつもの北野ワールドと繋がっているように思える。
『心霊理論』 井上雅彦編 光文社文庫
異形コレクションの新刊は、幽霊や心霊現象をSF的に、あるいはオカルト的に理屈をつけようというテーマで、ある意味とてもSF的なアンソロジーとなった。小林泰三、藤崎慎吾、梶原真治、平谷美樹、上田早夕里らのSF作家、小中千昭、菊地秀行、平山夢明、朝松健、加門七海らのこのアンソロジーの常連作家の他、春日武彦、傳田光洋といった学者まで、19人の19作が収録されている。さらに各話につけられた山本ゆり繪の玄妙なイラストが雰囲気にマッチしている。SFやSFに近いテーマが多いだけでなく、内容的にも単なる怪談ではない、傑作・佳作が目白押しで、読み応えのある作品集となっている。真っ正面からハードSF的に扱うとわりとつまらない作品になりがちなテーマなので、少し違った角度から扱われたものが多く、それもまた面白い。特に印象に残ったものを挙げれば、小中千昭「共振周波数」、斎藤肇「屋上から魂を見下ろす」、藤崎慎吾「光の隙間」、平谷美樹「自己相似荘」、上田早夕里「くさびらの道」、平山夢明「祈り」、遠藤徹「なまごみ」、小林泰三「ホロ」などなど。藤崎慎吾の作品は、作者の昔の短編で猫が見ていたものはこれだったのかとか、平谷美樹の作品ではこの科学警察研究所のメンバーが活躍する話をもっと読んでみたいとか、作品以外のところでも楽しく読めた。
『有頂天家族』 森見登美彦 幻冬舎
現代の京都(作者がいつも描くあの京都)を舞台に、狸と天狗と人間たちが入り乱れて大騒ぎ。いやあ面白い、楽しい、可愛らしいお話である。ぜひともアニメで見たい感じ。これまでの作者の作品と少し違って、主人公の狸の矢三郎は、なかなかのヒーローである。かっこいいじゃないですか。狸のくせに。兄弟たちも可愛いし、宝塚狂いの母はりっぱなおかんだし、落ちぶれた天狗の赤玉先生は、プライドばかりが高くて、これはいつものダメダメな愛すべき先輩の雰囲気。天狗の力を身につけた絶世の美女、弁天は、作者には珍しく妖艶な悪女で、矢三郎をルパン三世とすれば峰不二子の役割。色っぽいし、かっこいいです。連作短編だが、京の狸界の主導権を巡る化かし合いと、父の死にまつわる恐ろしい陰謀が全体を貫いている。脳天気でお気楽なだけの話ではないのである。何しろ狸鍋にされて酔狂な人間たちに食われてしまうのだ。本書で一点だけ引っかかったのが、この設定である。糺ノ森に狸の一家が住んでいようと、大文字送り火の宵に狸たちが空飛ぶ納涼船を仕立てて空中で賑やかに大宴会をしようと、狸の化けた偽叡山電車が寺町通りを突っ走ろうと平気なのに、大学教授や社長や謎の老人といった金曜倶楽部の連中が、毎年忘年会には狸を捕まえて狸鍋を食べるという設定に、ありえねーと、何故か引っかかってしまうのである。何でかねえ。文芸用語に「不信の停止」というのがあるそうだが、それには色々なレベルがあるようだなと思うのです。なお本書はすでに続編も予定されているようで、大変楽しみだ。
『進化の設計者』 林譲治 ハヤカワSFシリーズJコレクション
猫SFの新たな傑作だ。宇宙ものではなくて、近未来もの。『記憶汚染』に近い作品である。コンピュータシミュレーションと大きく食い違う異常気象の発生、阪神北市で起こった謎のホームレス大量死事件、猫屋敷、スマトラ沖で進められている日本主導の巨大人工島、海底での原人化石発掘と研究者の謎の事故、それらの背後に、人類は神によってデザインされたというID仮説を元に優生学的思想を持つ世界的な政治組織ユーレカの暗躍がある。ユーレカの影という共通点はあるものの、直接は関係なさそうなこれらの事件が次第に結びつき、恐るべき陰謀が明らかに……という話ではあるのだが、確かにそういうポリティカルサスペンスな要素、ミステリ的要素も大きいのではあるが、結局それはストーリーを進めるだけの存在であり、本書のテーマとはいえないように思える。ポリティカルサスペンスがテーマであれば、本書の結末に向かっての、あれよあれよというような、ちょっと都合の良すぎる展開はないだろうと思う。では何が最大のテーマだったかというと、それがタイトルである『進化の設計者』ということだ。もちろん作者はID仮説などには、SF的な設定としてすら興味がないようなので、実際は進化の設計者などいない、というのが答えであり、さらに「進化」というよりも「適応」に重点が置かれている。ここで重要になるのが、ユビキタスなコンピュータ社会と、その中での情報処理に適応した者たち、それは一般人からは障害者として扱われる人間だったり、猫だったり……。いや、それが猫である必然性はないのだから、ここは作者の趣味だとしか思えない。猫好きにはたまらない展開で、だから、本書は近未来サスペンスSFであり、海洋SFであり、ユビキタスなコンピュータ社会SFであると同時に、猫SFの傑作なのである。