続・サンタロガ・バリア  (第54回)
津田文夫


 今年の夏はなんとなく長いような・・・って締め切りが遅いだけか。恒例の海水浴は久しぶりに花火大会に当たっていて面白かった。
 ここ数週間はキング・クリムゾンとELPのオフィシャル・ブートレッグ・ボックスを聴き続けている。といってもクーラーのない部屋を閉め切って聴くので1度にCD1枚聴くのがやっと。ワン・ステージ分聴くのに2日かかる。ライヴ版アルバム「アイランド(マイナス1)」とか、まだ「タルカス」までしかない頃のELPの演奏を聴いていると気持ちがいい。まあ自分の年齢とその時代の空気の醸す雰囲気の所為かな。
 クラシックは何故か真夏のNHK交響楽団。友人が行けなくなったとチケットを回してくれたのはよいが高速代1900円使ってわざわざ岩国市へ。オープニングは「フィガロ」序曲だけどあとはラフマニノフのピアノ協奏曲2番とチャイコフスキーの5番というわけでウリはロシアだった。チケット完売満員御礼。さすがN響ブランド。指揮者はイギリス人でピアノはロシア人、どちらも聞き慣れない名前の人たち。天井高が15メートルぐらいありそうなホールはなぜか2階席の壁がガラス張り。指揮者とティンパニが10メートル以上離れているような広いステージに凸型に配されたオケ。N響を生で聴くのは4回目か5回目、技量的な安定度や音バランスまた各パートの音のヌケなど全体としては新日フィルを上回っているようだが、なにせ燃えない。キレイと退屈は紙一重だよ。

 前回から1ヶ月以上空いているのに本が読めなかったなあ、これはレナルズとシモンズの所為に違いない。

 また忘れない内に取り上げておかないとそのままになりそうな古川日出男『ロックンロール七部作』は2ヶ月以上前に読んで早くもディテールを忘れているが、回転扉付きの迷路みたいな話。ワニの腹から出たワイヤを弦にしたギターはいかにもな設定だけど印象深い。文体がロックンロールしているかどうかはわからないが、全体としてグラグラした感じは出ているようだ。題材がロックンロールということもあって『ベルカ』ほどの新鮮さは感じない。

 地元の古本屋で買った1冊が、ジャック・ブーヴレス『アナロジーの罠−フランス現代思想批判』。あのソーカル&ブリクモン『知の欺瞞』の尻馬本みたいな感じの本だけど薄くてすぐ読める。著者はフランスの哲学教授で物理・数学系に強いらしい。内容は確かに『知の欺瞞』に乗っかっただけともいえるものだが、話の進め方は悲観的で、ここで批判しているニューアカ連中には馬耳東風かも知れないと嘆いている。まあそうだろうな。ゲーデルの定理が社会科学的論旨に応用可能なわけがないじゃないかというのは当然だが、ゲーデルの定理という言葉そのものとその説明は(たとえそれがゲーデルの定理と何の関係もない文脈だとしても)いくらでも引用可能なのでシュールなものに化ける可能性はあるのだ。それが現実に対応しているかは別だけど(何しろシュールだもんね)。

 山本弘『アイの物語』はちょっと対応に困る本。読み始めた当初は「えーっ、コレで全編通すのか」って退いてしまったが、書き下ろしの第6話「詩音が来た日」でなかなかの力業を見せている。続く表題作はこの6話の後だから気持ちよく読めるのであって、単品で読まされたらやはり退いてしまうだろうな。

 さて、読むのが大変だったアレステア・レナルズ 『カズムシティ』。前作の経験からすると半分まで我慢して読んでれば面白くなるだろうと思いつつ読み進めていくのだが、いつまでたっても面白くならない。もしかしてそのままいくのかと恐れつつ最後まで読んでしまった。いつ面白くなるんだったんだ、この話は!??? と、思い返してみれば色々面白かったような気がするんだが、ディック的なアイデンティティ崩壊感覚と言うよりはサスペンス・コメディみたいで、SFで遊んでるだけの話になっている(それで十分という話もあるが)。ま、水増しストーリーなので苦しい繋ぎになったということか。コンスタンサちゃんの活躍が見たかったね。

 『イリアム』がちっとも前に進まないので、先に読んでしまったケン・マクラウド『ニュートンズ・ウェイク』は『シンギュラリティ・スカイ』と同じように面白いこぢんまりしたスペースオペラだった。それにしても「シンギュラリティ以降」という宇宙のアイデアはどうしてこうも同じ様な舞台背景を作り出すんだろう。一時平行して読んでいた『イリアム』と本書の設定がゴッチャになってしまったぞ。それにしてもニュー・スペースオペラはレムが悲しみそうな方向でばかり書かれているもんだなあ。これだけの変化を抱えた宇宙にいながら、現代人の意識そのままであいかわらずの人間ドラマを繰り返しているだけなんて信じがたいだろうな。ま、テクノロジーと人間意識の変容については日本でマジメに追求されているんだから、面白けりゃいいのよってのも一理かね。

 思ったより読むのにずいぶん時間がかかったダン・シモンズ『イリアム』は、ようやく読み終えて、全然終わってないジャン、これ!という至極まっとうな感想を持ったわけだが、イギリスのニュー・スペースオペラ連中に比べるとすんごい真面目な印象が残った。そのお陰で読むのが大変、多分訳すのも大変ということになっているんだろう。しかし、シンギュラリティ宇宙そのものは不真面目なので、読んでいて時間構成というものが存在しているかどうか怪しくなってきた。時間秩序保護原理みたいなのはあるけどね。せっかくボロ・アパートから『イーリアス』と『オデユッセイア』をもってきたけど解説しか読めんかった。


THATTA 220号へ戻る

トップページへ戻る