内 輪   第188回

大野万紀


 ニュースで阪急と阪神が経営統合との話。学生時代から結婚するまで阪急沿線の住民で、今も阪急と阪神の間(つまりJR沿線)に住む私としては複雑な気分になる話題です。かんべむさしさんの「決戦!日本シリーズ」を思い出しますね。もっとも、今は何で阪急が日本シリーズ?という時代ですけど。昔の自分にタイムマシンで情報を伝えることができるなら、これもびっくりさせられるニュースでしょうね。
 今、ジョージ・R・R・マーティンの『七王国の玉座』文庫版の解説を書いています。5月下旬発売予定。しかし、文庫版は5分冊ということで、1冊ではほとんど話が進まない。というか、正直まだ話は始まってもいません。そう考えると、すごい物語だなあと思います。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『特盛!SF翻訳講座 翻訳のウラ技、業界のウラ話』 大森望 研究社
 SFマガジンに89年から95年まで連載された「SF翻訳講座」を中心に、主に翻訳に関わるエッセイを抜き出した業界本。まあ大森望だからね、当時の「SF翻訳講座」の面白かったところというのは、SFのマニアにしかわからない(というか今読み返したらきっとぼくにもわからない…もしかしたら書いた本人にもわからない)雑談や、業界というよりファンダムのウラ話、当時その渦中にあったパソ通関係の話にあったわけで、そのあたりがお堅い研究社から出るというのでかなりばっさりと削除されたと聞き、ちょっと心配したのだが、なんのなんの。やっぱりワルモノはワルモノだ。問題なし。しかし、まあ懐かしや。ほんの15年ほど前とは思えないくらい、まったく変わったところもあり、逆に十年一日のごとく変わらないところもある。そうだね、翻訳ツールやパソコン関係は大きく様変わりした。今やgoogle様々と浅倉さんも言っている時代だからねえ。

『トンデモ本? 違う、SFだ! RETURNS』 山本弘 洋泉社
 『トンデモ本? 違う、SFだ!』の続編。今回はさらにトンデモからは遠く、すごくまっとうなSFと、映画と、マンガと、テレビドラマの紹介だ。著者自身のSFファンとしてのあからさまな体験がそのまま描かれていて、まあ大森望本もそうだけど、同時代のSFファンたちが自分史を語りはじめたってところか。いや、自分自身にも関わってくることだから、気恥ずかしいというだけの話ですけどね。ただ本書で無条件に肯定される「SF感覚」だが、これではやっぱりSFファン以外には理解されないだろうなと思う。SFファンなら、もちろん説明しなくてもわかるんだけどね。これを本当に言語化できたらいいのだが、難しいものだなあ。それはともかく、本書で紹介される作品の面白そうなこと。自分が面白いと思ったものを、こんなに面白いんだよ、と紹介できるのは、とても幸福なことだろう。ただネタバレにはもう少し注意を払っても良かったのでは。

『コラプシウム』 ウィル・マッカーシイ ハヤカワ文庫
 ライトノベル風の表紙で何だこれは、と思うのだが、この表紙の少女は外見11歳の王立警察捜査局長ヴィヴィアンちゃんなのだ。本書はけっこう本格的なハードSFでもあるのだが、その一方で超科学は魔法と区別がつかないというファンタジーでもある。何しろ、誰もが不死となった時代の、ソル女王国の世捨て人たる辺境の隠れ家に住む魔法使い(つまり超科学者)が、女王直々の依頼で太陽系の危機を救うというお話なのだ。バカにしているわけではなく、これがなかなか面白い。分厚い本だが、連作中編となっているので読みやすいし。太陽系の危機が迫っているのに、まずは晩餐会という展開も趣があって良いのでは。一種の大時代なユーモア感覚があるのだ。その一方でファックスという物質電送機の存在で、自分のコピーが簡単に作られ、分身したりまた統一したり、死の概念もだいぶ違っているようで、そんなイーガン的なテーマがあっけらかんとマンガ的に扱われているのも面白い。ストーリーはかなり無理がある気がするのだが、まあこういう時代背景なのだと思えば気にならない(かも知れない)。こういうのはアリだな。

『OP.ローズダスト』 福井晴敏 文藝春秋
 福井晴敏の新作は上下2巻の大作だ。現実の日本とほとんど同じパラレルワールドの日本で、テロリストが東京を襲い、臨海副都心を破壊する。パニックものであり、アクションものであり、ポリティカル・サスペンスである。9.11の影が色濃いが、ダイスとか、作者のこれまでの小説ともつながっている。とにかく迫力はすごい。肉体の戦い、カーアクション、ヘリの戦い、破壊される都市、本当に息もつけないくらいの強烈さだ。その一方での日常描写や中年男と若者の友情や、そういうほっとする要素もある。これでねえ、あの果てしなくしつこい、ご託さえなければねえ。別に間違ったことをいっているとも思わないが、もうわかったからそれ以上いうな、という感じ。これだけ言葉をつらねても、テロリストたちが命をかけてこのような事件を起こすその理由、心はきちんと伝わってこない。頭ではわかっても心での納得ができない。自爆テロを行うムスリムよりももっと観念的な、作り物感がつきまとうのだ。だが、人が動き、メカが動き出すと、そんなことはどうでもよくなる。ひたすらなアクション、スピード。フジテレビは映画にしないのかな。

『ダ・ヴィンチ・コード』 ダン・ブラウン 角川文庫
 面白そうで興味があっても、世界的ベストセラーなんていわれると、つい読むタイミングを逃してしまう。でも映画化を機会に文庫化されて、もともと興味のあるテーマなので読んでみる。いやあ確かに面白い。キリストとマグダラのマリア、聖杯伝説とテンプル騎士団、ダ・ヴィンチの名画に隠された歴史の謎。それと現代の聖杯探しと秘密結社を巡る陰謀、殺人鬼に追われる男女。上中下三巻をわくわくしながら読んで、充実した時を過ごしたのだけれど。しかしまあ何ですねえ、カトリックになじみの薄い日本人が読んでも、追っかけのサスペンスとどんでん返しの宝探しミステリはいいとして、肝心の歴史の謎がさほど衝撃的ではないように思うのだが。だって、仮に箇条書きにして見れば数行で終わってしまうことですよ。それで? という感じ。名画の謎や暗号、ルーブル美術館の秘密など、オタク的な部分はいいのだが、キリスト教を巡る歴史の謎は謎というより「そりゃそうでしょうね」という感覚で、むしろその謎をどう隠してきたかという、暗号化の凝り方が面白いわけだ。

『七つの黒い夢』 乙一・他 新潮文庫
 乙一、恩田陸、北村薫、誉田哲也、西澤保彦、桜坂洋、岩井志麻子の七人によるオリジナル・アンソロジー。ショートショートといってもいいような短いファンタジーというか、ホラーというか、そういう短編が集められている。まあ、手軽に読めるのはいいですね。ただ、オチがなかったり、取って付けたようだったり、尻切れトンボな話が多く、昔風のショートショートを期待していると掻痒感が残る。中で良かったのは乙一「この子の絵は未完成」(裏表紙でわざわざ書かれているが、これは確かに傑作)、北村薫「百物語」、桜坂洋「10月はSPAMで満ちている」(ファンタジーでもホラーでもないが)といったところ。


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