みだれめも 第186回
水鏡子
作品 | 著者 | 出版社 | 総合 | 作品性 | 興味度 | 義務感 |
『地球帝国秘密諜報員』 | ポール・アンダースン | ハヤカワ文庫 | ★★★ | 3 | 5 | 5 |
『図書館戦争』 | 有川浩 | メディアワークス | ★★★★ | 4 | 4 | 4 |
『ピルグリム・イェーガー 1〜5』 | 冲方丁・伊藤真美 | YKコミックス | ★★★★☆ | 4 | 4 | 4 |
『ゼロの使い魔 1〜6』 | ヤマグチノボル | MF文庫 | ★★★☆ | 3 | 3 | 1 |
『パラサイト・ムーン I〜VI』 | 渡瀬草一郎 | 電撃文庫 | ★★☆ | 3 | 4 | 2 |
『空ノ鐘の響く惑星で 1〜8』 | 渡瀬草一郎 | 電撃文庫 | ★★★ | 3 | 4 | 3 |
『A君(17)の戦争 (9)』 | 豪屋大介 | 富士見ファンタジア文庫 | ★★☆ | 3 | 3 | 4 |
『流血女神伝 喪の女王 3』 | 須賀しのぶ | コバルト文庫 | ★★☆ | 3 | 3 | 4 |
『彩雲国物語 光降る碧の大地』 | 雪野紗衣 | ビーンズ文庫 | ★★☆ | 3 | 4 | 4 |
『メモリアイズの流転現象』 | 上遠野浩平 | ノン・ノベル | ★★★ | 3 | 3 | 3 |
ドミニック・フランドリー第1作「地球諜報員(虎口を逃れて)」は、ぼくにとって最良のポール・アンダースンのひとつ。昔楽しんだ記憶が壊れるのではないかと少しびくびくしながら読みはじめ、巻頭の宇宙船の船内描写で「伝声管さえ船内ぜんたいには通じていない」といった文章に、一瞬ひるんだりはしたものの、すぐに話の空気になじみ昔変わらぬ読み応えを持った。
老いた爛熟の地球帝国周辺に勃興した若い国家スコーサ。地球帝国侵攻を目指し着々と準備を進めるこの国の情報収集のため拉致された主人公フランドリーは、この脅威に徒手空拳と口先三寸で立ち向かう。アンダースン十八番の逆説をまじえた文明論的知見をベースに、恋あり冒険ありの密度の濃い宇宙小説にしあげる。傑作と呼ぶにはお約束的気持ちのよさが強すぎるけどいたく満足できる作品だ。続いて読んだ発表第2作「名誉ある敵(好敵手)」にははげしく失望し、愚作と決めつけた記憶がある。読み返してみると作品のレベルとして、そう特段に質が落ちてるわけではない。それでも、はげしく失望したわけは、むしろ昔より今のほうがよくわかる。「地球諜報員」でぼくが反応した一番の部分は「逆説をまじえた文明論的知見がベースのSF」というところで、「救いの手」や「大魔王作戦」「長い旅路」それに<ホーカ>と気に入っているアンダースンは必ずこの部分がある。「名誉ある敵」はテレパスの敵スパイをいかに出し抜くかというトリッキイな短篇で、しかもフェアプレイ精神あふれるアンダースンの性格もあり、どういうトリックを使うかあらかじめきちんとヒントを出してしまう律儀さが、意外性すら抜いてしまう。あ、やっぱりついついけなしてしまうけど、けっして楽しめない作品ではない。一話ごとにちがうヒロインを脇に配して、シニカルで貴族趣味なダンディズムを開陳していくところなど、<宇宙の007>という評価は本人も意識していたように思える。野心も気負いもない、ヴァラエティにも気を使った遊び心を感じる連作で、できとしては中の中どまりながら、心地よさは特筆もの。
『日本一怖い!ブック・オブ・ザ・イヤー2006』のなかで、高橋源一郎が『となり町戦争』を評して、「このアイデアを見つけた時にこの作品はできたようなものだと思う。」「ぼくがこのシチュエーションを思いついたら『これは書けるな』って思うよ」という発言があって、小説の評価軸としてけっこう重要な視点だなと思った。
おなじように「と」で始まり「戦争」で終わる有川浩の第4作にはこの評言がそのまま当てはまる。一緒に買った『彩雲国』を差し置いて買って帰ったその日のうちに読み切った。「図書館の自由に関する宣言」が法的強制力を持ち、図書館が法務省の所管する「メディア良化委員会」と武装闘争を繰り返すという設定で、連作の個々の表題も宣言の各条を順に掲げて展開されるなど演出も心憎い。これに教官と熱血ドジ実習生の定番恋愛ドラマをからませて、本好きのツボを押さえた泣かせどころ満載の、ある意味『華氏451度』より優れた図書館小説に仕上がっている。図書館を舞台に女性を主人公にした『め組の大吾』(なんじゃそりゃ)といった雰囲気。とくに図書館長の役どころがあちらの五味所長とかぶる。図書館武装化の経緯については非常に強引で、これでは無理だろうと思うけど、曽田正人ならこれでOKだからこれもこれでよしとする。ただ、もともと心地いい人間関係をしっかり書ける人ながら、今回のそれはこれまでの蓄積を生かして手持ちのコマで流しているという感じ。「野生時代」に載った自衛隊恋愛ドラマと名前と細部がちがうだけで印象はほとんど変わらない。作品として、不足は感じないが緩みを感じる。『海の底』でできあがり、安定期に入ったのかもしれない。欲を言えば『この恋愛小説がすごい』とか本屋大賞の上位に位置する作品に仕上げてほしかった。それくらいの素材だったと思う。
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冲方丁原作コミック『ピルグリム・イェーガー 1〜5』は一言で言えばルネッサンス・イタリアを舞台にした風太郎忍法帖。大きく複雑な布陣を敷き終わり、ついに話が動き始めた。
<魔人>サヴォナローラ(あのサヴォナローラである)が焚刑の十字架から発した最後の予言(呪い)に従ってサヴォナローラに組する「7つの大罪者」と「30枚の銀貨」(教会側であると同時にユダがキリストを売った報償の銀貨を象徴する)の戦いが開始される。宗教戦争、神学論争をベースに、ルネッサンス社会の文化と相争う勢力の複雑な権力闘争を織り込みながら物語の本筋は、いずれ劣らぬ奇怪な能力者たち(37人とその配下たち)の<忍法勝負>。その他主要登場人物だけで合わせて50人を越える大所帯、しかもそのメンバーたるや、パラケルスス、ミケランジェロ、ロヨラ、ザビエル、メディチ家ほかの史上名高いとんでもない面々である。歴史に詳しいわけでないので、どれが架空でどれが実在で、どこまで史実でどこまで虚構かよくわからない。これだけの大所帯、複雑な背景設定を、どう書き分けて読み手に掌握させるか、原作者にとっても漫画家にとってもたいへんな力わざになる仕事をやっている。まだまだ序盤であり、史実を忠実に重ねながら、どう話を紡いでいくか、どこまでテンションを保ち続けることができるか、若干不安ながら、ここまでは必読。
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だいたいこうやってとりあげている作品は、基本的に自分のなかでなんらかのかたちで読んどかないといけないと、思いが形づくられた作品であり、作家であるわけで、もちろん読んでみた結果、箸にも棒にもかからなくてクサして以後お見限りにしたりしたものもあったりはするわけだけど、こいつだけは読む意味づけをどうしても自分のなかに意義づけられない。
『ゼロの使い魔』である。まあライトノベルのなかにはそういう作品もそこそこあって、ただ基本的につまらないから名前も挙げずに捨てていくところであるのだけれど、こいつは無条件に面白い。言ってみれば「ママゴト・ポルノ」。ライトノベルのいうレーベルのなかで、ごくごく自然体で健康的な、エッセンスとしてのポルノをしている。『デビル17』みたいな意図的な領海侵犯というより、あくまで自然体で作った話が詠ませどころとしてそうなったという感じ。
魔法使いが貴族階級を形成している異世界に、使い魔として召喚された高校生の主人公。そのご主人様はとんでもない美少女ながら魔法に関しては落ちこぼれの女の子。ところがじつは彼女には思いがけない秘密があった。本人すら知らなかったことだったが、彼女はだれも使うことのできなくなっていた「虚無」系統の魔法の継承者だったのだ。主人公が召喚されたのもそのためだったのだ。
というわけで、ポルノと同じくらいもてなしのいいファンタジイの設定のなかで、ロリでツンデレのご主人様とのラブコメ以上ソフトコア未満のもてなしのいいポルノ味のお話が快調なテンポで続けられる。ウエルメイドなファンタジイとしてもツボはきちんと押さえてあって、精神的に健康なエロ本という、ある意味得がたい本である。敵方のゾンビ使いの親玉の次の標的候補と思しき女の子なんかも登場し、今後もすなおにたのしみたい。
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『パラサイト・ムーン』は『陰陽の京』の渡瀬草一郎の二つめのシリーズ。腰が引ける表紙で、じっさい表紙どおりのキャラが大挙出演する。
異世界から地球へとやってくる迷宮神群と総称される異能をもつ種種の謎の生命体。その生命体の影響を受けた人間たちは異能を発現する。かれらはその異能をもって様々な動きをし、相争う。あるものは、迷宮神群を神と仰ぎ、あるものは、かれらを滅ぼそうとし、また異能をもって人類を支配、もしくは滅ぼそうとする一派もいる。
優しいクトゥルーとその配下たちの物語といったところか。第一作は人の心を色で読む異能を持った少年を中心にした物語。人の心を理解できる力が、相手がこちらの心を理解する妨げとなり、世界から孤立していくというアイデアが秀逸。3冊目までは読み切りで、残り3冊はひとつの長篇。登場人物の多くを重ねながら、話はゆっくり進んでいく。20冊くらい費やさないと完結しそうにない。
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第三のシリーズ『空ノ鐘の響く惑星で 1〜8』は大河長篇。中世風異世界に地球の未来人が逃亡者として、追跡者としてやってきて、諸国間の戦争に関与していく物語。作品内で示唆されているように、世界の成り立ちの秘密が明かされるのがクライマックスになるのだろうけど、これまた20冊くらい費やさないと完結しそうにない。
どちらのしっかりとした構想ときちんとした文章で、おまけに三シリーズすべて違うタイプの小説づくりをしてみせるところなど、確かな才能を感じさせてくれるけど、収束に向かいそうなものがまだひとつもない。