内 輪   第179回

大野万紀


 「スター・ウォーズ エピソード3」を見てきました。ぼくのまわりでは評判が良くて、期待して見に行ったのですが、スター・ウォーズをずっと見てきたファンであれば文句なしですね。いきなり始まる戦闘シーンがちょっと長すぎたり、パルパティーンを巡るやりとりが、ジュダイともあろう者たちが何やってんの感が強かったりと、ちょっと期待はずれかなとも思ったのですが、ヨーダ様大活躍のあたりからもう目が離せず、最後の、すべてがエピソード4へとつながるところはもう大感激。たわいもないといえばそれだけですが、やっぱり嬉しいですねえ。
 CG技術が当たり前になって、エピソード4のころとはレベルが違うとさえ思える画面ではありますが、逆に慣れてしまっていて、あのころのスゲー感はない。でも、夕日を浴びる未来都市コルサントのパノラマなど、ずっと見続けていたいくらいの、ほとんど切ないくらいの美しさがあります。
 ところで、水鏡子はちゃんと映画館で見たのはエピソード4だけで、すごいとは思ったが特にこれといった思い入れはないといいます。どうやらSFファンといってもスター・ウォーズに関しては大好き派と、興味なし派がはっきり分かれるような気がします。積極的に嫌いという人もいるかも知れないけれど、それは大好き派の親戚なのじゃないかと。まあ、だからどうだというわけじゃないのですが。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『僕たちの終末』 機本伸司 角川春樹事務所
 これは読者を選ぶタイプの小説だ。ぼくは面白く読んだのだが、誰にでも勧められるというものではない。太陽活動の異常で、人類滅亡が十数年先に迫った時代、民間で恒星間宇宙船を建造して地球を脱出しようという計画が立ち上がる。という話なのだが、困難なプロジェクトを知恵と勇気と根性で乗り切るといった、プロジェクトXものにはならない。いや表面的にはそうなんだけどね、本書で驚くのは、会議室での議論の場面が多いこと。物語はほとんど語られず、ひたすらディスカッションが続くのだ。実際のプロジェクトの現場はほとんど語られることがない。事件は会議室で起こっているのだ。もうひとつ変わっているのは主人公の男。計画の立案者であるが、これが本当にイヤなタイプ。口ばかりで実行力がなく、人を動かす力もない。しかもアイドルおたく。人類滅亡というような事態でなければ、誰も本気で相手にしようとは思わない人物だ。恒星間宇宙船を造るという、これまで著者が書いてきた宇宙を作るとか、神様を作るとかというのに比べてずっとリアルなテーマだけに、かえってその困難さが浮き彫りにされる。技術的ディテールはけっこう書き込まれているのだけれど、途中まで読むと、登場人物たちの行動も含めてありえねーと思ってしまう。それは作者も承知していて、やがて本当のテーマは宇宙船を造ることでも、他の恒星系への移住でもないことが明らかになる。それはそうなんだけど、緊迫感がないんだよねえ。十数年先に大地震が来るというのと同じくらいのレベルで、まあ、あんがいそんなものかも知れないのだが。

『サマー/タイム/トラベラー 1』 新城カズマ ハヤカワ文庫
 夏休み小説。時を駆ける少女。地方の進学校の、原書でボルヘスを読むような頭のいい(そしてなぜかSFにとても詳しい)ちょっと生意気な高校生たち。かなりペダンティックで、そのわりに年相応に幼くて、色々なアイデアがヴォネガットみたいに陳列されては流れ去る、それで切ない気持ちになったり。とはいえ、まだ1巻で、話はあまり見えてこず、そのわりにはやたらと思わせぶりなせりふが盛りだくさんで、それにはちょっとうんざりさせられる。今のところ高校生たちとおばさんくらいしか登場せず、大人の描き方が弱い。まあ、こんな高校生たちがいたら、大人の存在なんか不要だよなあ。自分自身の高校時代をふと思い出したりして、とんでもなくイヤらしいエリート臭がふんぷんで複雑な気分になったりもするのだが、これからどう発展するのか、発展なんかしないでダラダラ続くのもいいかも知れないが、もう少し読み続けてみたい。

『輝く断片』 シオドア・スタージョン 河出書房新社
 評判通りの傑作短編集だ。世間とか、一般とか、普通とか、そういう社会の標準から少しだけ外れた、でもなるべく目立たず波風立てず生きていこうとしている弱者が、ふとしたことで自分なりに守ってきた規範から一線を越えてしまう時、衝撃的な、何ともいえない重く切ない物語が生まれる。この人たちは変人かも知れないが、悪人というわけではない。「輝く断片」、「ルウェリンの犯罪」、「ニュースの時間です」、「君微笑めば」、「マエストロを殺せ」の5編は、作品自体も読み応えがあるが、短編集としてのその配列も絶妙である。前半にもってきた「軽めで楽しい」3編、「取り替え子」、「ミドリ猿との情事」、「旅する巌」との対比もいい。ぼくが一番好きなのは、ステキなラブ・コメディでしっかりSFしている「旅する巌」。後半5編では「輝く断片」は確かに圧倒的だが、「ルウェリンの犯罪」の悲痛なすれ違い具合も心にしみる。全体に、マッチョで自信満々なうざい男性に対する嫌悪感に溢れていて(「マエストロ」はちょっと違うか)、そこにも共感できる。近年日本で話題になっている若年者の犯罪にも通じる気がする。

『ヒューマン−人類−』 ロバート・J・ソウヤー ハヤカワ文庫
 『ホミニッド−原人−』の続編で、〈ネアンデルタール・パララックス〉三部作の第二部である。ネアンデルタール人が文明を築いた並行宇宙の地球と現代の地球との間に門が開いて、ネアンデルタールの科学者がこちらの世界に迷い込むのが第一作。今度は事故ではなく人為的に門が開かれ、前作で自分の世界へ戻った主人公のポンターが、人類世界への大使を伴って再びこちらを訪れる。そして人間の女性科学者との恋愛があって、事件があって――という話なのだが、まあ、そういうストーリーはストーリーとして、これは今時珍しいストレートなユートピア小説である。人口が少なく、自然と調和し、平和で合理的で、性差別もないネアンデルタールの世界。もちろん、911以後のアメリカを批判するための反語としての意味合いが強いので、よく考えるとハテナと思うことも多い(特に、コンパニオンという技術が重要な役割を果たしているが、それ以前の社会がどう成り立っていたのかはあいまいに描かれている)。だが、作者のいいたいことは良くわかる。その一方であまりにもメロドラマティックなストーリー展開は、人類の攻撃性というテーマを表現したいということはわかるのだが、ちょっとうんざりさせられる。さて第三作では大きな物語の方も展開があるようで、楽しみだ。


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