内 輪   第177回

大野万紀


 JR西日本の大事故は、人ごとではないニュースです。毎日の通勤ルートの目と鼻の先で起こった事故で、何度も乗ったことのある電車なわけで、何ともいえない気分になります。それはともかく、福知山線といえば(間違いではないけれど)海水浴に行くローカル線の方で、あれは宝塚線というのがぼくの感覚なんですけどねえ。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『探偵!ナイトスクープ アホの遺伝子』 松本修 ポプラ社
 探偵!ナイトスクープといえば、関西では知らない者のいないテレビ番組である。その生みの親である著者が、番組誕生から現在までの、制作者たちの苦闘の日々を赤裸々に描いたノンフィクション。まあ、これもプロジェクトXか。しかし、ずいぶんと面白い、個性的なディレクターが登場する。あのビデオはこの人が作ったんかと、舞台裏を知る面白さがある。と同時に、本書は実に「仕事」の本である。個性的な才能をいかに生かして、チームワークにまとめていくか、殴り合いのけんかになりそうなエネルギーを、いかに前向きに転じて成功させるか、いかにぼけ、いかに突っ込むか。そういった制作現場の苦労が、プロジェクトX風に泣ける展開ではなく、アホやなあ、ほんまにアホとしかいえんなあ、としみじみ笑える、まさにナイトスクープな物語となっている。

『アグレッサー・シックス』 ウィル・マッカーシイ ハヤカワ文庫
 ハードSFっぽいミリタリーイSFを書くアメリカの中堅作家の、94年のデビュー作である。圧倒的な力を持つ異星人の侵略を受けた人類。植民した星系は次々に壊滅し、今太陽系にも人類皆殺しの恐怖が迫る。異星人とは全く意思の疎通ができない。そこに集められたのが、女性生物学者のマーシュ大尉をクイーンとし、敵との前哨戦で激しい戦いを経験した海兵隊のケン伍長、天文学者を目指していたサイホ中尉、そして犬のシェーナなど、5人と1匹である。彼らは〈アグレッサー・シックス〉として、異星人の言語を話し、異星人のように思考することで敵の戦略行動を解明しようとする特殊チームだった。というわけで、脳天気で派手なミリタリーSFかと思ったら、かなり本格的なコンタクトSFだった。異星人の異質な思考をさぐるのに、言語を用いるという『バベル17』的な側面もあるが、解説にもあるように、むしろカードの『死者の代弁者』が近いように感じた。デビュー作ということで、小説の作りはぎくしゃくしており、とてもカードと比較できるものではないが、物語の方向性や異質な知性同士の対立というその悲劇性の面では、もしかしたらカードよりもよく考えられているかも知れない。続編や他のシリーズも読みたくなった。

『オタクの遺伝子 長谷川裕一・SFまんがの世界』 稲葉振一郎 太田出版
 「マップス」の長谷川裕一を中心にして、ガンダム世界やスーパーロボット大戦の世界を(スーパーロボット大戦というところがポイントが高い!)語りつつ、SFを語るインタビュー&評論集。でも本音は愛に満ちた長谷川裕一ファンブックである。著者はネットでの辛辣な発言が有名な社会学者だが、学者らしく対象を醒めた目で見ながらも、根はSFファン以外の何者でもないことを暴露している。本書で使われているSFに関する用語、ハードSF、本格SF、ジャンルSFなどなどにしても、批評用語として独自に定義はされているのだが、ぼくら古いSFファンが感覚的・慣用的に使っている用法との違和感はほとんどない。「現実世界とあるところで連続線上にある異世界」を舞台にし、そうした異世界の「異質さ」を作品の基本テーマとするのが「正統的なSF」の「本質」だとする議論も、ほぼ納得できるところだ。また虚構を虚構と割り切ってごっこ遊びを楽しむ「ジャンルSF」をこれに対峙し、そうした虚構の現実性、ごっこ遊びとしてのリアリティに飽きたらず、その現実世界との関係性について生真面目に追求しようとしてしまうのが本格SFだというのも、確かにそうだよなあ、と思ってしまう。ただ著者の場合、レムとは違って、ごっこ遊びのSFにも正当な評価を与えている。だからこそ、本書の中心がガンダム論となっているのだろう。ぼくはガンダムに詳しくないのでよく知らなかったのだが、長谷川裕一は新解釈のガンダムマンガをたくさん書いているのだ。

『ベルカ、吠えないのか?』 古川日出男 文藝春秋
 太平洋戦争のアリューシャン列島で、日本軍に捨てられた4頭の犬。本書はその犬たちの子孫たちを巡る戦後の黒歴史の物語である。犬たちはアメリカへ渡り、軍用犬になるもの、犬ぞり犬になるものがいる。やがてその子孫の一部は北極経由でソ連に、また一部は中国へと渡る。彼らは軍用犬としての素晴らしい能力をもっていたが故に、米ソ冷戦の中で、あるいは裏社会の中で、重要な働きを示す。ベトナム、アフガン、そしてロシアの崩壊とマフィアの戦争。この戦争の時代に、犬たちにとってのエポックがある。ライカ、そしてベルカとストレルカの宇宙飛行だ。荒野を進む犬たちがそのとき、ふと空を見上げる。このシーンはかっこいい。ぞくぞくする。物語は、犬たちの系譜を追いつつも、ロシアマフィアの抗争に巻き込まれ、拉致されたヤクザの組長の娘の物語が挟み込まれる。両者は最後にひとつに収束するが、ぼくが一番心引かれたのは、メキシコの覆面レスラー(実は裏稼業をもつ)とその犬の物語。やっぱり犬と人間の間には愛がないとダメですね。うぉん。

『絶望系 閉じられた世界』 谷川流 電撃文庫
 鈴宮ハルヒのシリーズでSFなライトノベルを書いている作者の、単独作品。やばい話との評判だったが、確かになあ。高校生の夏休み。突然彼、建御(たけみ)の部屋に天使と悪魔と死神と幽霊が飛び込んできて、しかも居座ってしまう。天使は何故か浴衣姿の金髪美女。悪魔はビジュアル系っぽい無口な美少年。死神は裸の幼女で、古めかしい言葉遣いでえぐい事を話す。幽霊の少年は、幽霊だけあって存在感に乏しい。とまあ、こう書くと普通に面白そうなライトノベルになりそうだが、本書ではそうならない。物語は――ない。舞台も彼らの家を何度か往復するだけで、ほぼ舞台劇のように登場人物(?)たちの会話で進行する。この世界は狂っており、世界に真の絶望をもたらすことが、それを正すことになる、というのがテーマらしいが、彼らの会話はあまりにライトノベル風に淡々としており、恐怖も絶望もリアルな重みは皆無である。そりゃ時には世界そのものがイヤになることもあるだろう。メタフィクション風にそんな気分をライトノベルな軽みの中で書いてみたのかも知れないが、作者の他のSF的な作品にはある現実への回路が希薄で、納得できない作品だった。

『タフの方舟 1 禍つ星』 ジョージ・R・R・マーティン ハヤカワ文庫
 これぞ正しい娯楽SFだ。宇宙一あこぎな商人(でも本人は環境エンジニアを自称している)ハヴィランド・タフの連作短編集。86年に1冊にまとめられて刊行されたが、邦訳では2巻本となった。本書はその上巻で、タフがいかにして長さ30キロの巨大宇宙船にして遙か昔に滅びた環境エンジニアリング兵団の生物戦争用胚種船〈方舟〉号を手に入れ、〈鋼鉄のウィドウ〉なる鉄火肌の姉御とやりあって改装修理し、海洋惑星の危機を救ったかの3編が収録されている。身の丈2メートルの太った大男で菜食主義者、猫をこよなく愛し、やたらとていねいなことばで話す主人公は、トルネコほど愛嬌はないが(表紙絵のせいかも)、愛すべき主人公だ。様々な宇宙怪獣に襲われるホラーの風味もあり、ユーモアもあり、生態学SFの(まあちょっと古めかしいところもあるが)本格さも楽しめる。2巻もすぐに出るということで、期待大だ。

『願い星、叶い星』 アルフレッド・ベスター 河出書房新社
 ベスターの日本オリジナル短編集。初訳は「ジェットコースター」と「地獄は永遠に」の2編だが、他6編も訳者の新訳である。戦時中に書かれた話も含まれており、華麗なるベスターとはいっても、やはり時代を感じざるをえない。それと読者の年齢という面もある。「イブのいないアダム」なんて、若い頃に読んだときは、ラストに涙ぐむほどの感動があったんだけどなあ。ある種、手塚治虫の「火の鳥」だよねえ。「昔を今になすよしもがな」だって、どきどきしながら読んだもんだ。これらと「ごきげん目盛り」「地獄は永遠に」がやっぱり圧巻だ。「地獄は永遠に」はあまり期待していなかったのだが、古いなりに雰囲気があって面白かった。

『反対進化』 エドモンド・ハミルトン 創元SF文庫
 懐かしい。ぼくらが子供のころのSFって、こんな感じだった。進化した動物たちがヒトへの思いを語り、宇宙飛行士となった息子にSFの夢を託す。編者が後書きで手塚治虫や石森章太郎を思わせると書いているが、まさしくそんなイメージだ。手塚や石森というより、古き良きSFの味わいだ。というわけで、決して傑作というわけではないのに、心から堪能できた一冊だった。


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