みだれめも 第178回
水鏡子
作品 | 著者 | 出版社 | 総合 | 作品性 | 興味度 | 義務感 |
『コミックマーケット30’sファイル』 | コミックマーケット準備会 | コミケット | ★★★★ | 3 | 4 | 1 |
『四畳半神話体系』 | 森見登美彦 | 太田出版 | ★★★★ | 4 | 3 | 2 |
『ベルカ、吠えないのか?』 | 古川日出男 | 文藝春秋 | ★★★☆ | 3 | 3 | 3 |
『タフの方舟 禍つ星』 | ジョージ・R・R・マーティン | ハヤカワ文庫 | ★★★ | 3 | 4 | 3 |
『タフの方舟 天の果実』 | ジョージ・R・R・マーティン | ハヤカワ文庫 | ★★★☆ | 3 | 3 | 3 |
『七姫物語 第三章』 | 高野和 | 電撃文庫 | ★★★★ | 4 | 5 | 3 |
『彩雲国物語 朱にまじわれば紅』 | 雪乃紗衣 | ビーンズ文庫 | ★★★☆ | 3 | 4 | 2 |
『デビル17 鮮血の学園祭 上』 | 豪屋大介 | 富士見ファンタジア文庫 | ★☆ | 2 | 3 | 2 |
今月はちょっと点数が甘い。
SFセミナーのあと、大森望、酒井昭伸先生と食事をして、ひとしきり『タフの方舟』の悪口になった。最近珍しいコテコテの文系宇宙SF。昔だったら、このレベルがSFに要求する水準の最低ラインだったのにね、とか、はじめの状況説明でネタが全部割れてしまう「守護者」も、まあべつに並みのSFということで取り立てて文句をいうほどのものでもないのだけれど、こんなものがヒューゴー賞ノミネートだとか、解説で「中期の傑作」などと持ち上げられるとちょっとどうよという気になる、など、いやがらせをした。それもこれも読まされる中身が、読みどころ、楽しみ方も含めて安心して予測ができる親近感があってのこと。秀作というには、あとひとひねりはいるだろうという点も含めて。「「ジュラシックパーク」の興奮と「ハイペリオン」の愉悦」(帯)ですか。まあ、たしかに言えないこともないけれど。
続けて出た後篇『天の果実』には、だから反感もない代わり、あんまり期待していなかった。期待はしないけれど、出れば他の本を差し置いていそいそ手にとるくらい楽しみではあった。とはいえ、3篇を収録していた前篇よりも100ページも薄いのに、4篇も入っているし、初出を見ても最初期作品が2篇も含まれているていたらく。帯もすごい。「イーガン、チャンがわからなくても、この本の面白さはわかります」 うーむ。いいのか?
ところが、これが面白い。とくに執筆第1作「魔獣売ります」が絶品。物語の拵え方が他の作品と全然違う。ジャック・ヴァンスを意識したという古色蒼然とした世界の故意の嘘臭さが、いかにもの風情で、タフの相貌もしっくり嵌まる。じつは「守護者」も基本的には同じ読みどころの話なのだが、造りがスマートなぶん異星生物のオンパレードが流れる風景にしか見えない。ヒューゴー賞ノミネートも、この「魔獣売ります」が先行作品として認識されているうえで、より洗練されたという評価でなされたとするなら納得できなくもない。洗練自体がまちがいだというのが、ぼくの意見ではあるのだけどね。洗練された世界の中では初期2作よりタフは居心地が悪そうにみえる。脇役も弱い。タフに匹敵するキャラは、トリー・ミューンだけだけど、第1作の獣匠長、第2作のクリーンの戯画的個性と較べると、スマートすぎてものたりない。
まあ★4つでもいいくらいの好感度はある。どれもよく書けていても予想通りでしかない話ばかりというのが割引き材料。集内三部作なんて第一作の時点でだいたいの結末は予想がつく。細部の捻りはいいんだけどね。猫とかヴィドショーとか。
『コミックマーケット30’sファイル』もSFセミナーで購入した。コミケには一度も行ったことがないけれど、それでもこの30年史は面白い。30年間の代表あいさつが並んでいる。体裁を整えたお題目でなく、毎回ともいえる存続のための苦難、会場確保の危機感を反映しつつ、参加者に自制とプライドを要請していく切実さは、量が量だけに感動的。いかがわしさを切り捨てず、巨大な祭りとして、一般社会のなかで生き延びていこうとする衿持と苦闘が胸を打つ。側面資料も充実していて一読の価値あり。
あ、それから、誤情報を流したようです。『ぺとぺとさん』の木村航は男性でした、あとがきの「あたくし」文体で女性と思い込んだんですが、これもSFセミナーで本人を知っているという榎本秋氏にご教示いただきました。ごめんなさい。
ついでに前号の間違いも訂正。『コミック新現実 特集・白川由美』はもちろん「白倉由美」のまちがい。あと「五十台独身男性」は「五〇代独身男性」です。
『四畳半神話体系』は微妙につながりあったパラレルワールド・ストーリイのように見せて、最後に大技を繰り出す意欲作。『スター狩り』を読んでいたら突然「ローマという名の島宇宙」になったようなもの。この作者の立ち位置は意外とマルツバーグに近いのではないかと思う。とりあえずハッピーエンドのラブ・ストーリイという物語枠もあるし、前作よりも、一般受けしそう・・・この最終話ではやっぱり無理かも、だけど、なぜ新潮社から出なかったのだろう、という疑問が湧く秀作。それはそうと、あの千円札は当然全部同じ通し番号だよね。
古川日出男の新作『ベルカ、吠えないのか?』は第二次世界大戦以降の戦争を続ける世界の歴史を、仔を産み、血筋を継いでいく軍用犬の系譜を繋いで語り、謳いあげる作品。語り手は明らかに犬だけれど、その正体には最後まで触れられない。語り手が存在する未来がどんなものか、語り手の語りのなかから拾いあげていくしかない。マンモスが入ってくることでちょっとよくわからなくなる。方法的には代々の女たちが女郎となって生きていく様を哀切込めて描く西村寿行の傑作『虎狩笛』を思い出す。また産めよ増やせよ地に満てよの暴力的な意志を力強く謳いあげる様は、ウォルター・ミラー・ジュニアの「大いなる餓え」を連想する。
『彩雲国物語』は初の外伝、短編集。ドタバタ系の強い息抜き的作品でけっこう楽しい。これで、彩八仙のうち3人が確定。あと狼燕青の師匠と茶英姫の二人が怪しげ。八仙と闇のなんとかの争いが裏設定として出てくるのかもしれない。
『十二国記』『彩雲国』と、国家経営型東洋風異世界ものが、どうもぼくの点甘の弱点になりそうな気配だけれど、その系統の期待のシリーズ『七姫物語』の3巻目が出た。ほわほわした萌え要素とは裏腹のシビアな設定は相変わらずで、なぜ、カラスミや常盤姫が戦場に赴かなければならないか、民衆主体の「七姫国家機関説」とでもいうべきクライマックスの絵解きはちょっと感動的。四宮五宮の国情あたりにあいまいさが残る部分で、まだ、絶賛とは言い難いけど、マクロスケールの異世界ファンタジイといえば、光と闇の代理戦争と思い込んでいる人には、この3シリーズはぜひともお勧め。