みだれめも 第174回
水鏡子
○しばらく遠ざかり気味だったパチンコに、ここ2ヶ月ほど通いつめている。もともとぼくのパチンコの楽しみ方は、勝つことより多種多様なリーチ・パターン、大当たりモード、フィーバー画面を見るほうに気持ちが寄っている。店にとって都合のいい客である。ご存知のかたも多いと思うけど、パチンコ台はアニメ・コミック系の台が次々と発表される。そういうものに薫陶を受けた客がパチンコに親しむ年齢層になってきたとかいわれるけれど、ちがうだろう。作り手側に自分の趣味を生かしたい好き者が増えてきているだけだろう。「ルパン3世」「009」とか「仮面ライダー」「ベルばら」あたりは、まだ一般性があるけれど、エルフの「恋姫」なんてどれだけ知っている?
とはいえ、これまでの台に対してはわりと是々非々で楽しんでいて、自分のなかでバランスは取れていたと思う。フィーバー画面が見たくても勝てない台にいつまでも執着したりはしなかった。適当なところで切りあげて、成績的にもまずそこそこ、お馬さんよりいい成績は保っていた。マイナスだけど。
今度出た「新世紀エヴァンゲリオン」には、自分のなかのそんなバランス感覚がなくなっていると痛切に感じる。リーチ画面、大当たり画面への執着が他の台に対するものとあきらかに異なる。こだわりの核の部分がけっこう深い。
しかも勝てない。「残酷な天使のテーゼ」が隣の台からしか聞けない。意地になって戦い、負け続ける。
幸運なことに、各店に入っている「エヴァ」の台数がわりと少ない。しかも異様に空き台が少ない。そういえば食玩やガチャガチャのエヴァ・フィギュアも、他の商品にくらべて売り切れるのが異様に早い。まだ神通力が生きているように思える。新台の指定からそろそろはずれてきているのに、空席が少ないというところに、ちょっとへんな、ぼくみたいな客が何人かいると思うのは考えすぎか。
まあ、おかげで、「エヴァ」に座れず、代わりに座る他の台での調子がかなり好調で、トータル的にはほぼ収支トントンの成績を維持している。「うる星やつら2」「ハクション大魔王」「熱血硬派くにおくん」とかで稼いだ資産を「エヴァ」に注ぎ込む状況がずっと続いてきた。
そのオブセッションからやっと開放された。
「エヴァ」リーチ画面大当たりモード全パターン制覇の驚異の15連チャン。金額にして6万円。見るべきパターン全部見て、1時間「残酷な天使のテーゼ」を聞きつづけた。堪能してこだわりも解消した。これで今後は是々非々での対応が可能になる。よかったよかった。
それから1週間、こんどは同期率が異様に上がって連戦連勝。絶好調である。よかったよかった。
○ジョージ・R・R・マーチン『王狼たちの戦旗』(上) (下)
<氷と炎の歌>の第2巻である。第1巻に比べると、ものたりない。構成上しかたがないと納得はできる。
赤い彗星に示唆される世界設定は、ジャック・ヴァンスの『龍を駆る種族』やアン・マキャフリイの『竜の戦士』の流れを汲む。そんな世界背景を、前作は小出しにしながら異世界戦国絵巻を絢爛かつ細心に描き出した。ある意味舞台設定が完了し、世界を揺るがす大戦争は、窺い知る構想からすると、まだ書かれることはるかかなたの第7巻目あたりになりそうななかでは、SF的興趣はほとんど進展しない。基本的には七王国の王位をめぐる争いがティリオン中心に語られていき。シリーズ名の核となる、侵略者<氷>に関わる夜警団の物語と、護り手たる<炎>となるドラゴンの物語は、七王国とさえほとんどまるきり交差せず、平行して進むだけ。解説によれば今つなぎとして当初予定していなかった第4作の執筆にかかっているということなので、とりあえず、つぎの第3巻で一応第1部少年篇完ということなのだろう。全3巻6分冊でひとつの長篇といったほうがよさそうな、そんな造りの三部作である。そんな長篇の真ん中部分。
だから、構成的にはつなぎの部分、しかたがないものたりなさであって、作品の質が落ちたわけではない。大量多彩な登場人物はじっくり書き込まれており、出てきてすぐ死んでしまう人間にも手が抜かれていない。これだけの諸勢力、人物を登場させながら、読み始めてすぐ話に引き込まされ、読んでて(ほとんど)混乱しない。
でも、この長さで悠然と進んでいく、しかも<氷と炎の歌>に関する部分が遅々として進まないのには、正直ちょっといらついた。第3巻を早く読んでとりあえず落ち着きたい。
○須賀しのぶ3ヶ月戦争が終結した。『惑星童話』から『ブラックベルベット』まで51冊。一応全巻読み終えた。パチンコ等で時間がつぶれたところはあるにしても、コバルト50冊に3ヶ月はかかり過ぎ。昔だったらひと月くらいで読めてたはず。読書体力が落ちている。
総体評価としては、中の上ややマイナス。読み始めた時点ではもっと高かったのだけど、だんだん落ちた。
<キル・ゾーン>(完結)と<流血女神伝>という二つの代表シリーズを持っている。先に読んだのは<流血女神伝>のほう。
第一作『帝国の娘』(上) (下)は、西欧中世風異世界で、余命いくばくもない皇太子候補の替玉として王宮に送り込まれた女の子が、王位継承をめぐる事件に巻き込まれていく話。ミステリ仕立てでまとまりのあるよくできたお話で、好感がもてる。世界設定の外見からは想像もつかないのだけど、小説の骨法は意外と氷室冴子に近く、『なんと素敵なジャパネスク』が好きなら、もしかしたら気にいるかもしれない。ただほんとにすごくなるのは第二作『砂の覇王』(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9)。本物の王子が死んでしまって口封じのため殺されそうになり、女の子は王宮から逃げ出すが、旅先の貧しい村で病に伏せったところを異国の奴隷商人に売り飛ばされる。砂漠の国の王様に拾われて、そこから王妃の座を勝ち取っていくのだけれど、中心になるのは、それぞれに別の神を奉じる5つ位の国や集団の対立抗争の物語である。主人公は一方でお妃争いにまきこまれ、同時に各国の政治的文化的宗教的抗争のなかで、欠くことのできない大駒として台頭していくことになる。
この国家別の宗教文化体制がよく出来ている。それぞれの国家が別の神話体系をもっているのではなく、ひとつの神話体系をすべての国が共有し、そのなかでどの神を奉じるかが地勢学的な国家イメージと重なって、それぞれの国の文化規範宗教規範を成り立たせているという設定である。しかもこの宗教の位置付け方が架講とも実在ともつかない微妙な存在で、前面に出すぎることもなく、アクチュアルな権謀ゲームに味のある彩りを加えていた。
魔法とか宗教とかは使い方が難しくて、オールマイティなところがあるだけ、へたにさわるとなんでもありのうそくさい話になる。
そのあたりの抑制の利かせ方が、(後半やや実在に傾いてしまったけれど)絶妙で、一気読みの原動力になった。海賊稼業の番外編『天気晴朗なれど、波高し』(1)・(2)も期待どおりの作品だった。そこまではね。
第3作『暗き神の鎖』(上) (中) (下)、前日談『女神の花嫁』(上) (中) (下)で、作者は「流血女神神話」の輪廻転生現実顕現物語として本シリーズを固めるいやな方向に舵を切った。超人超能力が乱舞し、人の世界の物語が、神々の物語に宿命づけられた人間たちのの物語に変質した。作者としてはもともとそのつもりだったようだけれど、『砂の覇王』のせっかくのよさが崩された無念さを感じる。もったいない。
『惑星童話』はデビュー作。刊行当時、コバルト文庫でウラシマ効果を扱った本が出たと話題になった。
正直、読むに耐えない。ウラシマ効果ももっとトリッキイなものを期待していた。よくこんな話でデビューできたと逆に感心する。
だからデビュー第二作である『キル・ゾーン 1』には驚いた。月面都市に支配された世界政府と火星政府の援助を受けたレジスタンスが対立する近未来の地球を舞台に、ボルネオのジャングルで戦う傭兵部隊の戦いを描いたSF。『惑星童話』からは長足の進歩である。
大状況をバックに傭兵部隊の日常にしぼりこむというところもいい。火星からきた工作員とか超能力少年とか漫画っぽいところもあるけど、まあいいや、これはマル、と傭兵部隊の物語を楽しみに読み続けた。
月のお姫様と火星の大統領の御曹司のお話になった。超能力者は山のように出てくるし、精神寄生体まで登場する。『流血女神伝』のようにひとつの地域に群雄割拠する国家の抗争にはそれなりに有効な書き方も、月と火星と地球の星間抗争の背景描写としては粗雑すぎる。
もちろん<キル・ゾーン>より<流血女神伝>のほうが新しくて技術力が上がっているという面もある。
両者に共通しているのは、話が続くにしたがって、どんどん派手派手しくなること。超能力者がやまほどでてくること。市井の中から出てきたふつうの女の子がいつのまにか才色血統兼備になっていて、しかもまわりは才色血統兼備の男が複数うろうろしている話になること。才色兼備でなく才色血統兼備なのだね。お父さんは農耕馬ではなくじつはサンデーサイレンスでしたというわけ。
外伝『ブルー・ブラッド』4冊は火星の超能力者たちの話。すこしやおいが入っている。
やおいネタが楽しいのが『女子高サバイバル』(1)・(2)。隣のあこがれの女学院と合同練習ができるためにホッケー同好会に入った女の子の話だけど、親友がやおい本の熱烈ファンだったり、会長は百合っぽかったりとオタクネタのつっこみが満載、女子高を舞台にした豪屋大介みたいなもの。話のつくりはわりとずさんだけど、けっこうはしゃいでノッて書いてる感じがあってちょっと楽しい。この作者の本としては数少ないコバルト文庫らしい本。次点は『帝国の娘』。
尾張柳生の時代小説『虚剣』、第一次大戦傭兵飛行部隊『天翔けるバカ』(1)・(2)と現実の歴史舞台で書かれたものは、現実のリアルに重ね合わせるにはちょっと世界構築が足りない、SF『MAMA』はいろんなものを盛り込んで体よくまとめているけれど、この長さで片づけるのはちょっと無謀。書き込み不足で全体が大雑把で安っぽい。。
『ブラック・ベルベット』は新シリーズ。十年戦争の後の世界。武装教会が権力を握り、荒野を人間性を失った改造人間(キメラ)が徘徊する西部劇風未来。謎の黒髪の美女が悪を払う。これまでの須賀しのぶの作品のなかで、設定としてはいちばんライトノベル的(ただし男子系)。
ベスト5は