内 輪 第172回
大野万紀
mixiは紹介してもらって入ってみたのですが、うーん、何をしたらいいのかわからない。日記を書くしかないのか。でも時間がないもんなあ。実際は思いつくままに気楽に行けばいいのでしょうが、根っからの面倒くさがりなもので。ま、そのうち何かするかも。
さて2004年も終わり、2005年が始まります。そろそろ21世紀(の少なくとも前半)というものが見えてくるころかと思うのですが、あんまりハッピーな感じじゃないのが気になるところです。自分でできることからでも、何とかしていきたいものですね。
それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。
『すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた』 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア ハヤカワ文庫
ティプトリーのユカタン半島キンタナ・ローを舞台にした連作ファンタジー/ホラー短編集。といってもジャンル・ファンタジーではなく、奇譚集というか、あんまり怖くない「世にも奇妙な物語」というか――ユカタン半島に住み着いた初老の小説家(これって、ティプトリーの自己紹介文を思い起こさせる)が聞き書きした〈少し不思議な物語〉であり、つまりはSFだ。実際、3編のうち2編は過去と現在の混交を扱っており、SFといっても通じるだろう。もう1編も、話としては超自然的で最もホラーっぽい小説ではあるが、環境問題への視点や、微妙なスタンスが、ティプトリーのSFらしい雰囲気を醸し出している。プラチナ・ファンタジイというにふさわしい作品集だろう。いずれもカリブ海のリゾートっぽいゆったりとした雰囲気の軽く読める話であるが、そこにはもちろん解説にあるような批評的な視点が同居している。もっともティプトリー自身は、そういう背景を理解してはいても、ここでは少し離れて純粋にキンタナ・ローの暮らしと楽しみを描きたかったのだろうという気がする。
『gift』 古川日出男 集英社
古川日出男の傑作ショートショート集。『ボディ・アンド・ソウル』で作家のフルカワヒデオさんがいっぱい出していたアイデアを、そのまま本にしたような感じ。これがまたいい。マンションの庭に現れる妖精、日本を良くしようと考えた赤ん坊、学校の屋上でレアな熱帯魚を飼う少年、動物の着ぐるみを着てポストを青く塗って回る中学生たち。みんな素敵な物語だ。どれもティプトリーよりもっと短くて、もっと軽くて、でも同じように鋭く切れ味のいい刃を持つ、少し不思議なお話。どことなくユーモラスで、でも中に秘めているものは熱く、その表現としては涼しい。まあ、ちょっと熱さが表面まで出てきてしまったものも中にはあるのだけれど。でも基本的に、かなり可愛いから、いいのだ。大猫さまのお話なんて、もう最高。高校生の少年と少女に、愛が誕生する話も、大好きだ。読み終わった後、とても気持ちよくなる。そんな本だ。
『ブルータワー』 石田衣良 徳間書店
人気作家の長編SFということで、色々と言われている作品。作者は幼い頃からSFファンだったと後書きで書いている。まあ、何というか臆面もない昔風(30〜40年代)のSFで、ただ9.11にストレートな反応をしたという意味では現代的な小説だといえる。ライトノベル風であればさほど違和感なかったかも知れないが、そうではないので、ギャップがある。主人公は脳腫瘍で明日をも知れない命となった普通のサラリーマン。それが、強烈な頭痛の後、精神だけが未来の世界へ飛ばされる(まさに昔のSFだ)。未来の東京は生物兵器による壊滅的な戦争の後、廃墟となった地上に高さ2千メートルの塔を建て、塔の上階層と下階層に厳しい階級差のある階級社会となっている。30人委員会というエリートの組織が支配し、解放戦線のテロが絶えない、悲惨な世界でもある。主人公が転移したのはその委員の一人。そこで彼はこの世界の現実を知り、何とか悲惨な対立を終わらせようとする。この世界で、彼は伝説に出てくる世界の救い主となるのだ。彼の意識は現代と未来を行き来しながら、愛の力によって死と恐怖の現実に立ち向かう――というお話。まあそのものずばり、ストレートな話なので、読んでいてかなり気恥ずかしくなるのだが、でも例えば映画のマトリックスだって似たようなものだと思うし、色々矛盾や突っ込みどころはあっても、何しろ本人がハミルトンだと言っているんだから、それ以上は言うだけ野暮というものだろう。
『エンベディング』 イアン・ワトスン 国書刊行会
国書刊行会の〈未来の文学〉シリーズ第二弾。しかし今はいったい何年なのだ? これまで訳されたワトスンの長編で『川の書』シリーズをのぞけば、最もわかりやすく、SFらしい作品だといえる。しかしそのわかりやすさというのは、グレッグ・イーガンやテッド・チャンの作品を読んだ後だからなのかも知れない。言語が世界を規定するというのは、言語を情報と読み替えれば、まさに今のSFのテーマ、バーチャルリアリティともつながってくるテーマだからだ。アマゾンに暮らすインディアンの種族が持つ独特の言語と世界観、イギリスの病院で行われている子供たちに異質な言語を教え込むことで現実の見方を変えようとする実験、そして言語を交易の材料にしようとする宇宙人の出現。基本的にはこの三つのストーリーが互いに絡まり合いながら進む。そして悲しい結末。話の流れに乗るまではちょっともたつくのだが、その後は面白くてぐんぐんと読める。30年前の作品だが、それほど古びてはいないと感じた。あのころから、確かにエンベディング(埋め込み)やリカーシヴ(再帰)といったことが重要な意味をもつという予感があったわけだ。
『ゼウスの檻』 上田早夕里 角川春樹事務所
小松左京賞受賞作家の長編第二作は、木星を周回する宇宙ステーションを舞台に、テロリストとの戦いを描く話、なのだが、実は人工的に作られた両性具有者の社会と普通人との感情的な軋轢をテーマにしたジェンダーSF、異文化交流SFなのだった。テロリストの凄みや、警備隊員との息詰まる戦いなど、読みどころは多い。でも肝心のジェンダーSFの部分が、どうもぴんとこない。そもそもラウンドなる男女両性の機能を持つ新人類という設定が良くわからない。孤立した宇宙ステーションで、さらにセクシャル・マイノリティとしての存在というのだが、いかにも作り物めいている。別に作り物でもかまわないのだが、なぜそう思えるかと考えると、セクシャリティの問題を扱っている小説なのに、人々のセクシャルな面での情感が、ほとんど感じ取れなかったからだと思う。普通人とラウンドの感情の軋轢という本書の中でも重要なテーマを描くのに、描写ではなく、言葉による説明でそれを済ませてしまうところが問題だと思った。ハードSFは説明的でかまわないが、ハートが主題のSFはそれじゃ物足りないだろう。淡々と上品に語るだけでなく、生々しく熱い描写力をも身につけたなら、この人はすごい作家になれるのではないだろうか。作者の努力に期待したいところだ。
『ライトノベル☆めった斬り!』 大森望・三村美衣 太田出版
だからライトノベルって何よ?と帯にはあるが、いきなり「オレが思ってるライトノベル」の話になって、内容はブックガイドと70年代からの「オレが思ってるライトノベル」史を二人で好き勝手に語るというもの。読み終わってライトノベルがますますわからなくなりました。それはともかく、本書の魅力はまさしく中年SFファン向けに書かれていること。いや、若い人が読んでも面白いのかもしれないが、少なくとも30代以上がターゲットと思われる。それもSFファン。だって、そうでないとわからないような話がいっぱい出てくるもの。二人の会話がいつものアレだから、もう昔話って、懐かしくって。あー、そういうこともあったなあなんて。で、ぼくはここに出てくる昔の、ライトノベルといっていなかったころのライトノベルはわりと読んでいることがわかったけど、今のライトノベルは本書に紹介されている5%も読んでいないと思う。タイトルだけだと読んだものもあるのだが、読んでいないのは1タイトルが十何巻ってあるわけで、量的には全然。まさに大陸が一つ手つかずである状態。でもあんまり探検したい気も起こらないが。とはいえ、二人による紹介記事はばつぐんに面白く、わあ読みたいなあと思わせる。これは本当にうまいと思う。だけど、大森望の紹介ですごく面白そうと思った本の、ぼくへの適合率ってあんまり高くないのも事実で、面白そうだなあと思うだけで止めておくのがいいかもね。ライトノベルがライトノベルとして成立した80年代末から90年代末にかけて、そして現在へというのは、まさしくぼくの子供たちが成長していった時期にあたるわけで、ロードス島が毎日新聞の読書調査を独占していた頃を思い出し、読みながら全国の名もない高校生諸君の顔・顔・顔が浮かんできました。やっぱり基本は高校生だと思うのだ。その彼らの日常生活の中にライトノベルというのもあるわけで、必ずしもオタク文化との関連だけで語るのはどうかという気もした。ま、読みながら妙にノスタルジーをくすぐられる一冊であった。