内 輪   第168回

大野万紀


 今年はSF大会に参加できませんでした。岐阜といえばそんなに遠くないし、ぜひ参加したかったのですけどね。仕事の都合で無理でした。行った人の話ではなかなか楽しかったということです。THATTA関係では、古沢さんが翻訳したテッド・チャン「地獄とは神の不在なり」が星雲賞を受賞しました。おめでとうございます。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『人面町四丁目』 北野勇作 角川ホラー文庫
 ホラー文庫だが、ホラーというより、いつもの北野ファンタジーだ。いやファンタジーという洋風な言葉はふさわしくなくて、幻想譚とでもいった方がいい。いずれにしても傑作である。北野ワールドの連作の中でも特に良くできているといっていい。舞台は未来なのだが、懐かしい過去。怖いというより心地よく薄気味悪い、夢の中の世界。下町、路地裏、トタン屋根、ポリバケツ、工場、電車、つぶれた遊園地。そこに、おなじみのザリガニや火星や亀たちも姿を現す。おそらく作者と奥さんを思わせる主人公とそれを取り巻く人間(?)たちの、どこか泥臭い小劇場風なリアルさ。コミカルな味もあって、その昔のガロのマンガや、諸星大二郎の描く奇妙な町の風景を思わせる。ぼくは主人公の「妻」のファンになりました。この人はすてきです。いいなあ、ぼくもこんな世界に暮らしてみたい。かと思えば、「肝を冷す」では作者のリアルな震災体験が描かれていて、この町が、現実のぼくの住む町と地続きであることを思い起こさせるのだ。

『攻殻機動隊 凍える機械』 藤崎淳一 徳間デュアル文庫
 アニメ「攻殻機動隊 S.A.C.」の脚本家の手による、ノベライズの第二弾。ノベライズとはいっても、アニメのキャラクタ(タチコマも大活躍!)と世界を使ってのオリジナル小説だ。そして、前作同様、本書も実に読ませる話となっている。独立した事件が実は大きな事件につながっているというアニメでもあったパターンが、本書でもうまく使われている。キャラクタの造形など、どうしてもアニメがあってこそという部分がないではないが、それだけに頼ることなく、ストーリーがしっかりしているのが、本書を読みごたえある小説にしているのである。

『夢見る猫は、宇宙に眠る』 八杉将司 徳間書店
 第5回日本SF新人賞の受賞作。これはいい。本格SFである。ナノテクが発達し、人間と同じような会話のできる人工知能が完成している未来。冒頭に出てくるこの未来社会の描き方が、20世紀のSFが21世紀を夢見ていたような、そんな夢のある、しかしパロディではない描き方をしていて、とても好ましい。こうであって欲しいような未来技術と、わりと現実的な限界を見極めたバランス感覚もいい。主人公がごく常識的な社会人で、全くヒーローらしからぬ実務的、ある意味小市民的なサラリーマンであることも(このことは――もちろんいくらかの変化はあるのだが――物語の最後まで貫かれる姿勢である)、本書が中盤からイーガン風な非日常的な論理の世界に入っていく中で、読者を現実感覚につなぎ止める役割を果たしている。そのイーガン風、大文字のSFの部分については、正直いってあんまり説得力があるとはいえないのだが(少なくともハードSF的には)、でも主人公がそういう普通の日常感覚の持ち主なので、納得してしまう部分がある(理解できなくても、まあよくわからんがそういうことにしておこう、で納得するって、よくある話じゃないですか)。一夜にして緑化された火星、神のような超能力を手にした人々、火星の独立戦争(でも革命軍にちっとも肩入れしないのは、やはり作者のバランス感覚というやつか)、ユビキタスな存在となり、主人公に片思い(?)している人工知能など、陳腐にもなるし大傑作にもなりうる素材を、作者は何とか破綻させずにうまくまとめることに成功している。タイトルにある猫の寓話に見られるような素朴なアイデアに逃げ込まず、それこそイーガン風に強引であっても説得力ある論理を展開できたなら、間違いなく大傑作になっていただろう。そのあたりは今後に期待したい。あるいは、そんなに力を入れなくても、作者にはもっと軽めな、本書の前半部分に見られるような日常感覚を生かした未来ものを書いてほしいとも思った。

『涼宮ハルヒの憂鬱』 谷川流 スニーカー文庫
 まず照れ隠し。そうです、もちろん山本弘の『トンデモ本?違う、SFだ!』で紹介されていたから買ったのです。でなければ、きっと手に取ることもなかっただろうスニーカー文庫の一冊。日常に退屈し、宇宙人か超能力者か未来人か、そういう面白いものを身近に見つけたいぶっ飛び女子高校生涼宮ハルヒ。彼女の無茶苦茶さに巻き込まれた主人公の男の子(本名は一度も出てこない)の一人称小説である。で、確かに物語は退屈な日常からSFな世界に入っていくことになるのだが……。面白かった。でもSFな部分が面白かったわけではなく、本書の語り口が面白かったのだ(SF的な部分は、まあこんなもんでしょう。悪くはないが、いかにもな感じだ。エラーになりそうなSQL言語で話す宇宙人とかね)。主人公の淡々としたユーモラスで余裕ある語り口が、なかなかのバランス感覚を見せて、ぶっ飛びギャグ系のアニメのような話を、なぜか本当に日常的な現実の高校生活のように見せてしまう。そういう観点からは、本書はクラブ活動小説だといえる。毎日ほとんどすることもないのに部室に集まっては、うだうだとバカ話をし、時にはほんのりと甘ずっぱい経験もあり……と、文化系(体育会系じゃない方)の、ちょっとだらけた部活って、こんな感じじゃなかったかな。そういえば『イリヤの空』もそんな雰囲気があった。そして、本書の舞台が(微妙に変えてはあるが)明らかにぼくの住んでいるご近所なのもポイントである。

『揺籃の星 上下』 ジェイムズ・P・ホーガン 創元SF文庫
 ヴェリコフスキーのトンデモ天文学を科学的事実として描いたカタストロフSF。解説で金子隆一さんが、読み方のスタンスを指導してくれる。余裕をもってSFとして読め、間違っても科学的事実と考えるな、ということだ。まあ、確かにトンデモな話がハードSFっぽく描かれてはいるが、普通にアルマゲドンな大災害SFとして面白く読めた。ディテールはヴェリコフスキーだが、ストーリーは結局権威主義な悪者科学者たちと、自由な精神を持つ良い者科学者の対比であり、人類の破滅という大災害に彼らがどう対するかというものなのだから。でも、こういう話はいくらでもあるし、ホーガンのが特に優れているというわけでもない。映画で見たらもっと迫力あって面白いだろうと思えてしまう。社会的な規制のない、自由な科学・技術が世界を救うという、わかりやすい(突っ込みどころ満載な)主張も、本書ではあまり効果があがっていない。良い科学者も結局世界を救えるわけではないのだから。にもかかわらず、この読みやすさ。後半のサバイバル・ストーリーが、政治的なあれこれよりも、単純に愛する人たちを救いたいというストレートな動機を主にしているゆえに、素直に感動することができるのだろう。

『復活の地 2』 小川一水 ハヤカワ文庫JA
 復活の地3部作の中巻。若き皇女は摂政となり、陸軍をあやつり国家の行き先について何か大きな、怪しげなことを考えていると思しきサイテンが首相に就任、セイオは帝国復興院の総裁となるが、強引とも思われる復興政策に国民の反感が高まる。そうこうするうち植民地では反乱が起こり、それを星間列強の一勢力が支援し……と、物語は惑星世界を越えて大きく広がりそうな気配を見せる。震災の原因にも実はSF的な仕掛けが明らかになって、さて次巻ですべてが収束するのかねえ。まあ、大丈夫だろうとは思うけれど。というか、別にきれいにまとめる必要はないのだ。歴史も政治も、混沌としているのがリアルなのであり、その中での人々の生き方こそがしっかり筋を通して描かれていればそれでいいのだ。しかし、この巻で出てきた伏線は、SF好きならわりと先を読んでしまうようなものであり、それをどこまで満足させ、あるいは裏切ってくれるのかという期待がある。気になるのは、星間列強の描き方など、過去の歴史のある側面(かなり理想的に抽出したような)をあからさまに思わせ、登場人物にしても現実の歴史とパラレルに見えてしまうことである。SFとして描くがゆえの独自性がどのように発揮されてくるのか、期待をもって次巻を待ちたい。

『陋巷に在り 12 聖の巻』 酒見賢一 新潮文庫
 破壊される顔氏の里。後少しのところで神は悪悦に味方したのか、大長老も死に、ついには子蓉も死ぬ。滅びた顔氏を弔うには顔回。一方孔子は成城を攻囲し、本格的な攻城戦が始まる。守るほうは必死で、攻めるほうにも莫大な被害の出る、壮絶な戦いとなる。しかし、双方に多大な損害を出しながらも、顔氏滅亡に孔子の気が萎え、戦は中途半端な幕切れとなる。まあこういうのが実際の戦争なんだろうが、途中まで(まるで指輪物語みたいな)ドラマチックな死闘が続くので、勝利か敗北か、はっきりした結果が出ると期待してしまう。これはこれで意表をつく進展である。そして、また久しく忘れられていた少正卯が動き始めた。しかし、あとがきとおまけはやっぱり余計である。

『キマイラの新しい城』 殊能将之 講談社NOVELS
 名探偵石動戯作のシリーズ最新巻。ちょっと迷走していた感のあるシリーズだが、本書では安定を取り戻したと思う。キャラクター重視のコミカルな物語であって、ここにはあっと驚くような謎解きやミステリの仕掛けはない(いや、ぼくが見落としているだけだったりして)。フランスの遺跡からわざわざ日本に運んで復元した中世の城。その城を中心にテーマパークができあがっている。ところが、その社長に、何と中世フランスの騎士の霊が乗り移ったのだ。そして、750年前、彼自身がその城で殺された事件を解決してほしいというのだ。とにかく物語として面白い。石動、アントニオの探偵コンビはもちろん、テーマパークの案内嬢、バイク乗りの兄ちゃん、千葉県警の刑事などがいい味を出していて、テレビドラマにしても面白いと思う。そこに十字軍の時代の歴史が深みを与えている。しかし、この密室の謎は! あっと驚くというよりも、こんなのありかと思ってしまう。ま、面白かったからいいか。


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