内 輪   第164回

大野万紀


 イラクの人質問題で大騒ぎだった今日この頃ですが、まずは人質の命が無事でよかったですね。ニュースを聞いて、勇牛行ってくれーっと思ったのはぼくだけではないはずだ(ちなみにマンガの主人公で、凄腕の交渉人です)。ま、その後の展開は何か気持ち悪いものがありますが、多くは語りますまい。心では思っていても下品なことを声高に発言したりしないのが当たり前と思っていたのですが、今は違うのですね。無法地帯のネットならともかく、表の世界でも平気でそんな発言が出るのにはびっくり。SFファンといえば世間的な良識などにとらわれず、できるだけ非常識な発想をする方が面白いと思うのですが、それって仲間内でのことであって、表に出ればまた違った顔を見せるものだと思っていました(それはそれで嫌らしい面もありますが)。今は裏も表もないのが普通? 天然がいいの? 念のため、これは今回の問題に関して声高に主張している両方の側に感じたことです。ともあれ、YesかNoしかないような、住みにくい世の中にはなってほしくないものです。
 4月になって、急に暑くなったかと思うと、また冬のような寒さ。みなさんも体を壊さないようにお気を付けください。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『マインドスター・ライジング』 ピーター・F・ハミルトン 創元SF文庫
 最近話題のイギリスSF作家の一人、ピーター・F・ハミルトンの長編第一作。エンターテイメント系の、アクションSFである。この種のSFには珍しく政治色が強い。それもはっきり右より。93年の作品だから、ソ連崩壊の直後。だからかも知れないが、共産党が徹底的に悪役となり、大富豪のエリート孫娘がヒロイン。善悪がはっきりしているのがわかりやすくていいかも知れない。主義主張を別にすれば、やっていることはどっちもどっち(どっちも過激で無茶苦茶)と見えるのだが。地球温暖化で泥沼状態の英国。先の共産党政権が倒れて、大企業が再び力を持ち始めている。主人公は一種の超能力者で、特殊部隊にいたスーパーマン。彼は英国最大の企業に雇われて、会長の孫娘のサポートのもと、破壊工作と戦う。アクションは凄まじく、肉体的に痛そうな描写も多い。本書に限って言えば、SFというよりはバイオレンス・アクション小説だろう。特撮ばりばりの映画で見たい気もする。悪くはないけれど、評価の高い宇宙SFの方を早く読みたいなあ。

『バイティング・ザ・サン』 タニス・リー 産業編集センター
 タニス・リーの初期のSF長編(短めの連作長編2編)が、突然翻訳された。ちょっとびっくりだが、嬉しいことだ。遠い未来の、アンドロイドに保護されているデカダンな人間たちの住む、何でもありの世界。外見も性別も自由に変えられるし、好き勝手に遊びまくって盗んだり、ものを破壊したりしても単なる若者のバカ騒ぎとして許される世界。自殺してもすぐに復活することができ、働く必要はなく(レジャーと変わらない労働はあるが)、何世紀でも生きることのできる世界。そんな、未来社会の退屈なユートピア。そのモラトリアムの中に真に反抗的なヒロインが現れる。といっても、その反抗も、この社会の規範からそう外れたものではなかったのだが。でもついに転機が訪れ、彼女は都市の外の砂漠へと出て行くことになる……。いかにも70年代なSFだ。ぼくはこの手の話は大好きです。こんな話を読むと、やっぱりタニス・リーもLDG(レイバーデイ・グループ)だといってよかったのだと思う。閉鎖的な未来都市と砂漠の自然の対比も昔懐かしいSFのイメージではあるのだが、本書の魅力はそれよりもやっぱり70年代的な若者像(親の保護下にあるフラワーチルドレンのような)の方にあるだろう。それに反発を覚えるにしろ、懐かしさを感じるにしろ。

『ストーンエイジKIDS 2035年の山賊』 藤崎慎吾 光文社
 『ストーンエイジCOP』の続編。温暖化した日本。部分的に民営化された警察。公園や山中に住むドロップアウトした子供たち。バイオ技術で作られた人間たちと恐竜のような人食いガラス。同じ顔、同じ過去を持つ、まるで原始人のような姿の主人公とその〈仲間〉。それぞれの要素はとても興味深く、面白いのだが、どうもそれらが有機的に物語として結びついていかない。語られない真実が明白にあるのに、作者はあえてそれに背を向け(まあ次回作への引きなのかも知れないが)、目の前の断片化した物語をひたすらつづっていく。大きな物語は語られない。後半のアクションなど迫力満点なのに、それぞれがうまくつながらないので、不満が残る。「解決編」が出るまで待たなければならないのかな。

『攻殻機動隊 虚無回路』 藤咲淳一 徳間デュアル文庫
 TVアニメ『攻殻機動隊 Stand Alone Complex』の脚本家の手によるノベライズ(というか、オリジナルストーリー)。アニメの「攻殻S.A.C.」はとても面白いのでずっと見ている大好きな作品だ。大上段に語られるのではなく、SF的な日常性、リアリティが重視されている。ある意味『イノセンス』よりも良くできていると思う。で、本書も大変面白かった。特に変わったところのない普通の少年が突然凶行に及ぶ〈目覚ましテロリスト〉事件。9課は事件の背後にある謎の〈夢屋〉を追う。一方、9課はサミットに出席する中東の実力者ナジフ氏の警護も命じられる。彼は暗殺者に狙われているのだ。二つの事件はやがて重なり合う。ストーリーも面白いが、文章にスピード感があり、ヤングアダルト風の特有の言い回しがなくて、安心して読める。攻殻を見たことのある人にはお勧めしたい一冊だ。ぜひ続編が出ることを期待する。

『蟲忍−ムシニン』 古橋秀之・前嶋重機 徳間デュアル文庫
 これはマンガ+小説というか、ほとんどマンガでしょう。そもそもが前嶋重機のマンガとして描かれるものを古橋秀之がノベライズしたという形だし。文章は歯切れがいいが、背景や設定の説明は最小限で、キャラクターの動きをひたすら追う、まさにマンガのせりふとコマ割り展開をそのまま書いている感じだ。でもこれはこれで成功していると思う。量子力学的に相手をすり抜けていく〈忍法〉を使う未来忍者のアクションなど、こういう手法じゃなくて普通に小説とするのはつらいかも知れない。

『魔法の眼鏡』 ジェイムズ・P・ブレイロック ハヤカワ文庫
 プラチナ・ファンタジイの一冊。不思議な眼鏡によって自宅の窓から異世界へ入り込んでしまった幼い兄弟。そこには悪さをするゴブリンや、ドーナツ中毒の変なおじさんがいて……。とまあ児童向けファンタジイではあるのだが、そのせいかどうか、物語は単調であまりストーリー的な魅力はない。主題は、過去の嫌な思い出や自分の中の嫌いな部分をどんどん外へ切り出してしまったこのおじさんの、本来の統一された自己への回帰にあって、まあ子供が喜びそうな話ではないわな。心象を表すようなどこか荒涼とした風景や、ガラス玉やお菓子といった小道具の描写には惹きつけられるものがあるのだけれど。


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