続・サンタロガ・バリア  (第26回)
津田文夫


 25年ほど前、病床の林達夫がマーラーを聴く吉田秀和をののしりつつオレにはこれがあるからいいやと聴いていたのが、マリア・ジョアオ・ピリスの弾くモーツァルトのピアノ・ソナタ全集だった。そのピリスの全集がデノンの1000円盤5枚で出た。ピリスは90年代に再度モーツァルトのピアノ・ソナタ全集を吹き込んでいてこれは滋味あふれる演奏になっているんだけど、デノン盤は強烈な潔癖性が聴くものを魅了する。モーツァルトのピアノ・ソナタはともすると退屈の権化になってしまうのだが、ピリスのピアノの硬質な響きが音のみで聴くものを引っ張っていく。そしてその音楽とは別にジャケットのピリスの姿が魅力的なことも確かで、林達夫も気に入っていたに違いない。ブルージーンズに同色のセーター、30前の女性とは思えない薄い胸と狭い肩幅、耳を出したショートカットの大きな頭、その顔はまるで少年のような真剣な眼差しをモーツァルトの楽譜に向け、スタインウェイに対峙している。これがスピーカーから出てくる音に見事にマッチしているんだなあ。萌えですね。
 デビュー当時のELPの映像がDVDで出た。輸入盤についてる日本語解説者は若いせいかよく調べなかったようだが、これは昔NHKが「ヤング・ミュージック・ショー」で放映したもの(少なくとも後半は)で、あの頃は波多野さんというディレクターがクリームの「フェアウェル・コンサート」とかELPの「展覧会の絵」とか当時としてはビックリするような映像を流していた。しかしこんなに画質が荒かったのかと首をヒネるのだけれど、記憶は美化されるからなぁ。カール・パーマーがレイクの「1,2,3,4」に合わせて鉦をチーンと鳴らした音が30年近い時間が経っても頭に響いていたことが分かって満足だ。

 小谷真理『エイリアン・ベッドフェロウズ』。フェミニズムの視点から論じているように見えるが、SFを描いている女性作家はさまざまで、フェミニズムによってSFに新しい血が注ぎ込まれているのか、それともSFの相対的な視点がフェミニズムに客観化を促しているのか。なかなか読めないさまざまな女性SFがこれだけまとめて紹介されていることにありがたみを感じるのがうれしいところ。パメラ・サージェントを追っかけていた頃が懐かしい。シドニイ・ヴァン・シオックとかね。でもユーモアに欠けるというのが共通する弱点といえるけど、ジョディ・スコットの『人間そっくりPassing for Human』は笑えたような記憶がある。どんな話だったかはすっかり忘れた。

 大森望の大宣伝が効いているのか、話題の『文学賞メッタ斬り』。とっても読みやすくてその分なんとなく物足りないような気もする。脚注がありがたいよね。

 吉川良太郎『ギャングスターウォーカーズ』。プロローグが読みにくくて、「シーン1」に入ったらタイトル通り既製品からの取り込みばかりで読むのを止めようかと思ったが、もともとそっちを目論んだ話らしいので読み続けていたら結構読めた。ライトノベルなのかね、これは。キャラはそれなりに立っているようだけれど、当然続編が出るのだろうな。

 ロバート・リード『地球間ハイウェイ』。や、伊藤さんだ。ということで作品より伊藤さんの文章がありがたい困った一作。これまでの評判からしてリードの長編て読む気にならないんだよね。「棺」はそれなりによかったと思うけど。この作品の後味がよかったって伊藤さんはいっているけれど、実際出だしと最後の部分だけが「オヤッ」と思わせるだけで基本的にアメリカのダメSF(現代的なSF観からして)のような印象が残る。ジュイなんてまったく共感できないキャラ設定だなあ。はじまりはひねくれていそうだったのに、残念。カイルとビリーだけで最初から最後まで通していたら面白かったかもしれない。

 小川一水『第六大陸』を今頃読む。ハードSFおとぎ話。一気に読ませるだけの力はあるけれど、ドラマ部分があまりにも人間の心の多様性について目を瞑りすぎという不満が残る。これもまたライトノベルということなのか。

 西島大介『凹村戦争』はマンガで描かれているからこれだけだけど、小説で描いたら多分かなりな長編になるのだろう。小説に書いて面白いかどうかはよくわからんが。話の中身はわたしら世代がどうこういうモノでもないような気もするけれど、若い世代に実際的な効果もしくは影響がどういう形であらわれるのかなあ。


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