みだれめも 第167回

水鏡子

 


 基本的に悪口まじりの文章には、乙に澄ました文章にない近しさがある。それはたぶん、悪口というのが、おのずと著者の品性や心根を直裁に映し出してしまうせいだろう。しかも見えるところが意外と単純素朴であったりする。発言者にとっては、批判している相手以上に自分の品性下劣さや心根の卑しさを天下に公表することになるのだとわかっていない人間たちの言動には汚物をなすりつけられる不快感があるけれど、そんな下劣さの垣間見えない(と感じられる)文章には、「お、なんかかわいいじゃん」と、それまで大所高所に立った議論を拝聴するしかなかったところに、一瞬著者より優位に立てる自分を発見できて、それがたぶん親近感を増す理由ともなるのだろう。自分が部外者であるかぎりにおいては。
 マイク・アシュリー『SF雑誌の歴史 パルプマガジンの饗宴』(東京創元社)は、1950年までの英米SF雑誌の盛衰を記した好著である。この本の出版を記念して企画されたSFセミナーのパネルに呼ばれることになって、一足先にゲラで読ませてもらったけれど、刊行はセミナーに間に合わなかったようである。出版事情の裏幕話、作家や編集人の欠点を、歴史的視野を欠くこと乱すことなく、微にいり細にいり語りつくしていくところ、円熟の境地を思わせる。個人的な興味はむしろ50年代以降にあるので、逆に知らなかった知識を大量にいただけた満足感も大きいのだけど、表題とは裏腹に、30年代40年代を、小説の体をなさないガーンズバック流科学啓蒙主義と志のない低俗スペースオペラや秘境小説の氾濫のなかでの、「良きSF」を志すSF十字軍の苦闘の歴史という、昔懐かしい物語が、格調高くもかわいらしく展開される。日本においては野田昌広という大擁護者の存在で、一定の理解を与えられたスペースオペラがけちょんけちょんにけなされまくる。是非の読み比べをお勧めしたい。SFであることの意味に僕自身迷いが生じているだけに、50年前とほとんど変わらない教条主義がこれはこれで心地よい。
 基本的にA評価の本だけど、歴史的経緯についてある程度のフレームをあらかじめ持っているから楽しめたという印象もある。膨大なデータをはじめて流し込まれた読者がどこまで咀嚼できるかという危惧もある。作家や編集人に対する辛辣な意見が薬味となって、初心者でも楽しめる本になっていると思うのだけど。

 ひさしぶりに読んだ大塚英志『「おたく」の精神史』。「自分語り」の女の子文化と「性/生を記号化」していく男の子文化の交錯という捉え方に自己懺悔をまじえた80年代論である。表題作の「おたく」は、おたく論といった意味より、おたくである自分を省みるといったニュアンスが強い。考現学的解析は説得力はあるけれど、個別の論証の部分については違和感も多い。多くの部分がこちらの体験してきたことと重なるだけに、重ならない部分を含めた全体がそれなりの整合性をもつ統一体として提示されると、なまなましくもグロテスクで、どこがどうと言えないけれど、気持ちの悪いところがある。ひとつはSF村内的価値規範、視野構造を共有しないところから、SF内的事象に対して、必ずしも否定しきれない規範でもって、深くコミットされているのが理由であったりするかもしれない。気持ちの悪さも読む快感であったりする。気持ちのよさと気持ちの悪さがまぜこぜで、楽しく読めた。それにしても説明ひとつ加えずに「24年組」などといったタームを連発する本がベストセラーになっていいんだろうか。

 これで終わりというのはちょっと、と愚痴っていた『天使』。やっぱり出ました続編『雲雀』(佐藤亜紀)は、連作集というより残念ながら拾遺集。周辺のエピソードを集めただけで、けっして出来が悪いわけではないけれど、あらたに世界が開けていくわくわく感に欠ける。というか、『天使』のときの感想に付け加えるものがないのだよね。続編に期待。

 『レディ・ガンナーと二人の皇子 上』『舞踏会の華麗なる終演』『楽園の魔女たち 楽園の食卓・中』『マリア様がみてる チャオ ソレッラ』てなところの定番をこなしている。茅田砂胡はやっぱりスロースターター気味。レデI・ガンナー4作目でやっとキャラと世界がしっくり馴染んだ印象がある。樹川さとみは前編と比較して、テンションが戻ってきている。

 ライトノベルズに逃げていて頭がふやけてしまっています。ちょっと努力を必要とする本、テレビを見ながら読みづらい本、少なくとも11月のSFベスト選びまでには読んでおかなければならない本が大量に枕元に積みあがっています。いただいた本もたくさんあります。とりあえず、必ず読みますという義務を課す意味で、10冊ほど読んでいない、読み終えていないお勧め本を並べておきます。
 『スペシャリストの帽子』『最初と最後の人間』『奇術師』『エイリアン・ベッドフェロウズ』『塵クジラの海』『ぜったい退屈』『デューンへの道』『シャドウ・オブ・ヘゲモン』『バイティング・サン』『フェッセンデンの宇宙』
 どうも巻頭『スペシャリストの帽子』を読み出す覚悟がつかなかったのがプレッシャーとなって貯めこむ原因を作ったような気がする。ほかにも、『冷たい心の谷』とか『アウトランダー』とか『十三の階段』とか『メシアの処方箋』とかいろいろあるなあ。『膚の下』も出たんだ。
 ベスト選びという意味では読まなくてもいい話も混ざっているけど、どっちかというとそっちの方から手が伸びるんだろうな、楽だから。

 所属部署が変わりましてバタバタしています。土日祝日勤務の職場から平日勤務の職場になったのですが、会議その他で土曜の出勤がかなりありそう。コンヴェンションへの参加はむしろ行けないことが増えるかもしれません。 


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