みだれめも 第166回
水鏡子
大森望・豊崎由美対談本『文学賞メッタ斬り!』(PARCO出版)が今月の1押し本。大ネタ小ネタ、業界情報、暴露話の下世話な裏ネタから高尚な文学論作家論ジャンル論まで渾然一体満載の、密度の濃い1冊。京フェスやSFセミナーの合宿やサ店談義のレベルではわりと耳にしているものだけど、なんとなくファンジンレベルにおいてさえ活字にしてはいかんのだろうなと思っていた話が大量に流れ込んでいる。作家、選考委員への個人批判が直截な豊崎由美に比べると、言い回しに慎重さも見える大森だけど、業界内システム、出版編集裏事情についてはバンバン発言していく。大丈夫かいなと思うところと、活字にできる環境・時代の風と、活字にできるポジションを獲得したということだろうと思うところが重なって、まあとにかくよく出たこんなもの、という評価。
実用性もきわめて高い。文学賞を切り口に、純文学からエンターテインメント(エンタメという言葉はなんか嫌いだ)までの現場を踏まえたジャンル論およびジャンル間相互の関係性、大量の現代作家の位置関係の掌握にとても便利。「ファウスト」系作家など価値紊乱系(と個人的に思い込んでいる)作家に対する高評価部分など、小市民安逸・道徳遵守型読書に傾斜している僕としては、読まずぎらいを含めて若干距離を置きたい作家にかなり重点が置かれているけど、それは著者二人の趣味。鵜呑みにして神様扱いすることなく(してもいいんだけどさ)、検証気分で読書の指針としていけば、豊かな収穫を約束してくれる。必読。
それにしてもなんなんだこいつらの読書量は。もうすぐ老眼だぞ。どうなるか楽しみ。
小市民的安逸・道徳遵守型読書に傾斜した最大の理由は3冊百円で購入できる女の子系ライトノベルの大量購入のせいかもしれない。楽に流れてとんがった本や翻訳本が相対的に難しくなっっている。男の子系のライトノベルは1冊百円もするので費用対効果が悪いと感じてしまってあんまり大量には増えない。小市民的安逸のフォーミュラ部分は似たものだろうけど、あっちの方が自己言及的セルフパロデイ的な距離感を置くものが多く、道徳遵守部分は個人の倫理重視でややとんがりやすい印象がといったところだろうか。「少年陰陽師」とか「A戦場のプリンセス」とか「斎姫異聞」とか「鏡のお城のミミ」とか「魔女の結婚」とかたわいもない話をパラパラ読んでいる。可もなく不可もなくといったところで、ひまつぶしとしては菊地秀行や富樫倫太郎よりこっちの方に傾斜する昨今である。
そんな小市民的安逸読書を翻訳本に求めたのがジョン・D・マクドナルド『金時計の秘密』(扶桑ミステリ文庫)。大富豪の叔父の死後、遺産の横領容疑で追い回される主人公。そのまわりに次々と現れる魅力的な美女たち。窮地に立つ主人公の助けとなったのは叔父の形見分けの金時計だった。ファンタスティック・ミステリーとか銘打たれていますが、「たわいのないSF」です。ほんとうにたわいのないSFなので(評価としては愚作寄りの凡作)、ひまつぶしのつもりでお読みください。ぼくはそれなりに楽しみました。
最初「四次元フープ」の長編化かなと思いながら読んだ。「四次元フープ」の話が思い出せなかったからだ。念のために「四次元フープ」を探して読んでみた。たわいのないSFで、ひまつぶしのつもりで読めばそれなりに楽しい、というところは同じで、短編のぶんちょっと密度は濃いかなといったところだけれど、話はぜんぜんちがうもの。発明家の主人公の家の中に突然未来とつながる穴ができて、そこから未来のいろんな道具を取り出して遊んでいたら、ある日そこから女の子がでてきて・・・。うーむ、たわいのない話だけれど、テリー・ビッスンの書いているのもある意味おんなじものといえそうだ、と思った。
テリー・ビッスン『ふたりジャネット』(河出書房)は居心地のいい短編集。前半の密度の濃さに比べると、後半半分を占める「万能中国人ウー」の3作は宇宙論的規模の大仕掛けと長さのわりには軽いしあげで、ものたりなさも残るけど、たわいのなさを読む楽しみとして積極的に評価していくなら、むしろこっちの路線でがんばれ!という気分にもなる。JDMついでで、誰に近いかと改めて思い巡らしてみたところ、60年代精神を注入されたルイス・パジェット<ギャロウェイ・ギャラハー>シリーズといったところが適切か。作品中で乱舞する、手書きインチキ方程式が視覚的にもなんともいえず魅力的。そういえば、<ギャロウェイ・ギャラハー>の翻訳の噂というのも昔、たしかあったはずだけど、どうなったのでしょうかね。米村秀雄あたりに聞いてみよう。作品評価というより好感順としては、(1)「冥界飛行士」(2)「熊が火を発見する」(3)「ふたりジャネット」といったところ。ここまでの河出と晶文社の短編集では、いちばん好感度の高い短編集なのだけど、居心地よすぎて高い評価をつけにくい。
第10回電撃ゲーム大賞受賞作、有川浩『塩の街』は、宇宙からの謎の飛来物のせいで、人口の八割までが塩の像と化した日本が舞台。人々は自分の塩に冒されるのではないかとおびえながらほそぼそと暮らしている。そんな世界を舞台にした元自衛隊員と少女の物語である。なんの関連性もないよくできた点景集のようにみせて、それぞれの物語のなかに散りばめられたピースが全部つながっていく構成は、連作集のお手本みたいにみごとなもので、ひとつひとつの作品が短編として悪くないだけに感動もの。ただし、クライマックスの大掛かりな軍事作戦が、いろいろ理屈をこねてはいても必然性に乏しくて、ことここにいたっているなら、ミサイルの何発かぶちこむほうがむしろ当然だろうがとか、そんな弱点をもつ存在がなぜ東京湾に着水するのかとか、いろいろつっこみたくなる部分が残る。やりたかったこととかは、ちゃんと全部やれてるようにみえるだけに、そこにもっと別の大骨を組んでほしかったという感想。