みだれめも 第165回

水鏡子

 


 古本屋の百円コーナーに、ウィリアム・バロウズ、ジャック・ケルアック、アレン・ギンズバーク、フィリップ・K・ディックという、趣味嗜好のすっごくわかりやすい顔ぶれがまとまって並んでいた。ギンズバークの『アメリカの没落』だけ、ビジネス書の棚にずれていたのがご愛嬌。山形浩生改訳本など何冊か買って帰った。棚にしまう前に解説だけでも読み返そうと『死の迷宮』を開いてみたら、なんと中身がフランス書院。こうやって茶店や電車の中で読んでたんだろうなあと、ディック、バロウズ、ケルアックを集める心根の印象を重ね合わせて読むフランス書院はそれなりに情緒があった。話的にもちょっと見るべきところもあった。伊達なんとかという作家だったと思うけど古本屋に持っていったら取り替えてくれたので題名とかも覚えていない。取り替えたのは創元版の『虚空の眼』。大瀧啓裕先生がぼくの『ジョーンズの世界』の解説をけちょんけちょんにけなしている本である。むこうの方が資料の読み込み方が格段に深いのでお説ごもっともというしかない。ご参照ください。(でも、やっぱり、ディック、エースブックス、ヴァン・ヴォークトにはつなげてみたい共感性が感じられる)

 最近買った安値本では50円均一で並んでいた「専門料理」(柴田書店)という雑誌がめっけもの。2冊買って帰って、ぱらぱらめくるとめちゃくちゃ面白い。一晩読みふけって、次の週、残りを浚いに行ったら、5冊しか残ってなかった。読者対象がプロの料理人という雑誌で、広告ひとつとっても包丁や杉板から、醤油、焼き鳥その他、各種料理素材にいたるまで、違う世界が広がっている。記事も、料理旅館と料亭の違いといった経営論的立場に基づく献立談義があるかと思えば、20世紀初頭においてのフランス料理界の近代化へのうねりについて特集が組まれていたり(いろいろ読んだなかでこれがいちばん面白かった。社会学でいえば、オーギュスト・コントの総合社会学と時代背景を共有する)、料理とワインをめぐる薀蓄が傾けられていたり、当然、各種料理のレシピや写真が載っている、幅広い、ハイレベルの文化を堪能できる。「美味しんぼ」とかもこういうとこから知識をひっぱってきているのかなとか思った。もともと自分の貧乏舌に信用を置いてないから、何万円どころか何千円レベルの料理も食べたいとは思わないけど、料理について書かれた本を見たり読んだりすることは、それなりにいいもんだ。すくなくとも音楽について書かれたものより感触が伝わってくる気がする。

 本というのは、文化の窓だ。ふだん触れたことのない抽象的にして体系的な<集塊>が、活字越しに、姿を顕わす。それが文化というものだったり、学問とかジャンルとか、そして作家というものだったりする。その内容が理解できるかどうかはじつはわりとどうでもいい。もちろん理解できるにこしたことはないけれど、なによりそんな<集塊>と触れ合ったという実感が、自分のなかに蓄積されていくことが気持ちよかったりするのだろう。そしてそんな感触を得るには、本の中身を読むことさえかならずしも必要ないように思われる。本の造りや装丁を見て、目次を見、序文やあとがき、字のつまり具合など見て、著者の意向や編集意図を想像するといった行為の延長に見えてくるものであったりする。それだけでけっこう充実感を味わえる。その感触はSFを読み始めたころのセンス・オブ・ワンダーとたぶん同じものに思える。古本屋の百円本コーナーはそんな遊びの絶好の狩場なのである。

SFマガジン編集部篇『SFが読みたい2004年版』
 うーむ。今年のベスト結果でいちばん意外だったのは、海外部門、ブリンが8位に留まったこと。編集部から「回答がばらついているので、『星海の楽園』に揃えてよろしいか?」という問い合わせに、あくまで<知性化の嵐>でがんばった、ぼくと米村と川合さんの3人の点数を足しても、121点で6位どまり。こういうジャンル王道小説が5位までに入らないのはちょっとさびしい。まあ代わりにバクスターが入っているわけだけど。とはいえ、ブリンを修正6位と考えれば、選んだ5篇がとりあえず6位までに入っているからまあ妥当な選択だったといえる。本がなかった証拠という言い方もできるのだけど。それにしても選択が、大野万紀と順位まで含めてまるっきり一緒というのは、過去に記憶のない事態である。
 一方の日本篇は1位に押した『終戦のローレライ』が18位になったものの、日本作品の充実ぶりからすれば別に不満はない。『SFが読みたい』と『このミステリがすごい』の投票者のそれぞれの守備範囲の違いを端的に表していると思ったのが、この『終戦のローレライ』と『天使』の評価。どう考えても超能力者エスピオナージュの『天使』の方が、『終戦のローレライ』よりミステリのジャンルに近いと思うのに、『このミス』の方では作品名すらあがってこない。どうしてなんだろう。
 「翻訳短編集/アンソロジーを読もう」はいい企画なんだけど、短いページ数に詰め込みすぎ。この前のファンタジイ特集みたいに座談会形式のあーでもないこーでもないのウダウダがあったほうがいいのに。せっかくの短編集上位独占の年なのに、チャン、イーガン、スタージョンについてのウダウダから今年の河出本の話なんかいくらでもネタはあっただろうにと思う。

ウォルター・テヴィス『地球に落ちて来た男』
 むかし『アルジャーノンに花束を』を気にいったSF初心者に薦める本といったときに考えた本のひとつが『モッキングバード』だった。
 フィクショナルな粉飾とたぶんそれなりの人生における至福が反映されていた気配のあったあの本に比べて、本書にはアル中の厭世無政府主義者の静けさを湛えた心象風景が赤裸々に綴られている。というか、アル中の厭世無政府主義者の自殺常習者という事前情報を仕入れて読むと、この主要人物みんながみんな酒におぼれていく物語には、作者を投影せずにはいられない。静謐という言葉が似合う個人的には好きな作品。いかにも60年代風。アルャーノン読者には薦めづらい本だ。

ロバート・アスプリン『魔法探偵社よ、永遠に』
 長編の大団円部分だけをえんえんと1冊分読まされた。できがいいとか悪いとか以前の問題。読んで腹は立たなかったけど。

冲方丁『カオスレギオン02』
 キャラ立ちの部分の違和感はあいかわらずあるけれど、内実はどんどん詰まってくる。滅ぼされた町の住民2万人をはるかかなたの指定地まで守護していくジークたちの物語。モーゼというより幌馬車隊ですな。派手なシーンが連続してこの長さでも結構的にはまだ粗雑。こう充実してくると、エピローグ本を改稿しないとバランスが取れなくなりそう。 


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