みだれめも 第164回

水鏡子

 


アリスソフトから『大悪司』のシステムを踏襲した新作18禁地域制圧型シミュレーション『大番長』が出た。
 発売当日たまたま休みが重なったので、パソコンショップに出向いてみた。行列ができるほどではないものの、平日の朝とは思えない客の入りにちょっと驚く。とりあえず買おうかと手にとって見たら、なんとDVD版のみの発売である。世の中はもうDVDドライブ標準装備の時代になっていたのか。ショックを受けてあきらめてしおしお帰る。
 うーむ。やっぱりちょっとやりたいか。
 10日ほどがまんしていたのだけど、晦日前に日本橋に出向く機会があって、パソコンを買ってしまった。すると今度はソフトがどこも売り切れ状態。これで逆に煽られて、何とか手に入れた『大番長』でしばらくサルをやっていた。
 50にもなるというのに何をやっているのやら。
 フェミニズム・アメリカに占領された第二次大戦後の日本国大阪を舞台に、復員軍人のヤクザの若親分が各地の女ボスを傘下に納めてのしあがっていくのが『大悪司』という物語だったが、今回は魔界孔という穴から魔力が流れ出し、学生年齢の世代に特異能力をもつ超人が大量に出現し、番長集団として日本国の覇権を目指してあい争うという趣向。大筋だけだと似たようなものにみえるけれど、SF的な厚みはかなり後退した。
 その差というのを考えていて、感じたことは、SFらしさというものが、架空世界の設定の、どこかに現実世界との擦りあわせがなされていると受け取ることができるかどうか、それがけっこう重要なのではないか、などと思った。『大悪司』の背景設定やシナリオの展開にはそんなところがかなり強固に反映されてて、世界の心棒となった感があった。そのあたりに、今回は「意志」があまり感じられなかった。物語性が乏しくなったわけではない。アリスらしくいかにも定番のよくできたエピソードはあいかわらずのてんこ盛りで、先述したようにしばらくサルにはなってたわけだけど、SFをやっているというスリルはほとんど叶えられなかった。
 ぼくにとって、なぜ「ハンターハンター」がSFで、「ナルト」が伝奇ファンタジイかといったこととも関連していく話のような気がしている。

○50にもなるというのに何をやっているのやら、のその2。
 11月から12月にかけて福井晴敏と平行してはまっていたのが今野緒雪『マリア様が見てる』
 評判はよさそうで、『夢の宮』と並べて古本屋でぽつりぽつりと買い揃えていたものの、さすがにこれは50男の読むべき本ではないだろうと手を出しかねていたのだけれど、京フェスで三村美衣に現代版『アグネス・クララ』でアブナくないよといわれて、踏ん切りがついた。アニメ化とそれに伴うブロックバスターに載せられたわけではないよ。かろうじて一歩先んじたかたち。
 「お姉さまシステム」が学校公認の制度として成立している伝統あるお嬢様学校を舞台に、学校を代表する「紅薔薇さま」の妹になった主人公を中心に人間模様が展開される。シリーズ16冊かけて、主人公高校1年生の秋に始まった物語は、やっと高校2年の夏の終わりにさしかかったところ。
 これはこれで面白い。巻を重ねるにしたがって、「お姉さまシステム」というままごとめいた擬似恋愛風味先輩後輩関係が、閉鎖集団の第一行動規範として、妙にしっくり確立されていく。異文化小説である。
 などと馬鹿なことを言ってみる。要は世間の風から切り離された絵空事世界にひたるところの気持ちよさ。BGMにイラク外交官の射殺事件などを聞きながら、こういう世界を読みふけるのは、ギャルゲーやお馬さんにうつつを抜かすことよりも、もっとうしろめたい、背徳的な快感がある。この快感にはほとんど性的な意味合いはない。もっといけないことのような気がする。

○ある意味、まるで重なるところのない、上の二つの作品の味わいめいたものを部分的に兼ね備えているのが、高野和『七姫物語 第2章』
 7人の姫を戴いて互いの覇を競い合う、戦乱の東洋風異世界小説第2巻。戦国小説を軍隊のぶつかりあいや内部の諸侯の軋轢といった定番を避けて、戦時社会の在り様を萌えまじりに活写する、観念性の高い方向性を打ち出している。ヤングアダルトには珍しく正邪善悪を意識的に排除しているところも好感度高し。というか、主人公たちは言ってみれば梟雄だろう。梟雄の天下取りの物語を品よく展開してみせる。物語的には東和の統合にはじまって、中原にいたるはるかな道のりが見渡せて、このスタンスがどこまで維持できるか、維持してほしいと思う。順調に続編が出続けば、確実に人気が出て、いずれSLGが発売されること間違いない。願わくば発売されるSLGは、地域制圧型である以上に都市経営型の性格を色濃く出してもらいたい。それができてこそ、この小説のスタンスを反映できると思うから。

○今年のファンタジーノベル大賞作品はどちらも小粒。森見登美彦『太陽の塔』は妄想系京大生の下宿生活記。読みどころは奇矯な友人たちとの濃い交流で、ファンタジー要素は彩りにすぎない。渡辺球『象の棲む街』は経済崩壊し、アメリカと中国の管轄下で東京に押し込められた近未来の日本を舞台にした作品。エピソードをつないでいく連作仕立てで、皇居(だっけ)の奥で厳重管理されている象の話に収束していく。『サウンドトラック』を読んだ後だとパワー不足は否めない。それにしてもちょっと思いつくだけでも『サウンドトラック』『ルナ』と壊れた日本が増えてきている。小松左京賞上田早夕里『火星ダーク・バラード』はアクション主体の超能力SF。主人公の独白や反応に違和感がある。3作とも、それなりに楽しんだけど、とりあえず次作を期待するところまでいかなかった。正直喜んでいる。毎年毎年、フォローしたい日本作家が増えていくのにいいかげん弱ってきているのだ。

デヴィッド・イーリイ『ヨットクラブ』ダン・シモンズ『夜更けのエントロピー』シオドア・スタージョン『不思議のひと触れ』。いずれも堪能できる短編集。技巧と観察眼ではイーリイがずば抜けている。技巧がかえって短篇の造り物の嘘臭さを漂わしがちといった欠点もままある。表題作の「ヨットクラブ」、「大佐の災難」あたりがその典型だけど、このへんの作品の完璧さを絶賛する人もたくさんいるだろう。原本表題作であり、この本をSFジャンルに引き込みたい皆様が声高に褒め称える「タイムアウト」はけっして悪くはないのだけど、話が大がかりすぎて、ぼくが本書でいちばん気に入った思わずハッとさせられる人間観察の凄みに欠ける。そういう意味では火星行きロケットの発進を扱った、「カウントダウン」も見えすぎる落ちに読みどころが集中しすぎて、興ざめした。全体に、人間観察の底意地の悪さにくらべて、社会風刺の毒はやや類型的。ぼくとしてのお勧めは「慈悲の天使」「隣人たち」「オルガン弾き」といったあたり。
 タイプとしてはヴォネガットの短編集を連想する。60年代の作品にしてはやけに古めかしさを、スタ−ジョンよりさらにレトロに感じるのは、技巧派であるがためでないかと思う。
 『愛死』4篇から2篇も採録されるということは、あの名短編集は完全に絶版になったということなんだろうな、などと思いながら読み出したシモンズが、イーリイと比べるとずっと素直な人なのがよくわかった。社会批判の目はイーリイよりずっと率直で、ある意味アメリカ的でなく、心情的にむしろ日本人向きといった親和感がある。「最後のクラス写真」なんて、夢の中でトッドが起こしにくるあたりから、ほとんどラストがまるわかりなのだけど、わかりきった結末にどう読み手の気持ちを盛りあげて泣かせてくれるか、期待をきちんと満たしてくれる。ふつうの人にこの3冊からどれか1冊を薦めるなら、このシモンズが最適だろう。素材がちょっとえぐすぎるけど。
 さて、スタージョンである。うーむ。こんなにファンタジイよりの作家だっけ。というのが読みながら感じた印象。「もうひとりのシーリア」「影よ、影よ、影の国」の印象が本全体の基調を固めてしまって、SF短編集という雰囲気にはならなかった。逆にそういう選択がイーリイよりも古さを感じさせない長所になったところもある。
 ぼくにとってのオールタイム・ベスト短篇のひとつ「孤独の円盤」。白石先生訳の再会には、ごめんなさい、やっぱり違和感が残った。くり返し読んだ小笠原豊樹訳の印象が体内に刻みこまれてしまっていて、記憶のなかの感触とのずれがけっこうつらかった。あと、構成の問題があって、この本の流れで読むと、「孤独の円盤」(53年)が「不思議のひと触れ」(58年)のヴァリエーション作品のように見えてしまう。ほんとは逆なのに。
 「タンディの物語」は『コスミック・レイプ』や「三の法則」などとつながるスタージョンのエイリアン・コンタクトもの。じつはティプトリーのルーツのひとつと踏んでいる。
 『奇妙な触れ合い』収録作品のなかに、「空が開ける」というあきらかに失敗作だけど妙に心に残る作品がある。「閉所愛好症」も似たような評価で結構好きだ。はなから失敗しているから、年数を経て朽ちてきている印象が少ない。「雷と薔薇」がそうで、『海を失った男』収録の「成熟」にも若干その気が出ている。全般にスタージョンの40年代後半の作品が現在いちばん読みづらくなってきている。以前は初期作品のほうが駄目だったのだけど、最近の読み返しでは、むしろそっちのほうが稚拙さが可愛さに見えてまだ読めるようになってきた。
 短編集としては、シモンズとともに再録作品が多いのが難点だけど、その一方で再録されなかった過去の翻訳作品をかき集めたら、まだ同じレベルの短編集ができる。「リューエリン向きの犯罪」「反対側のセックス」「あなたに必要なもの」といったところが再見希望。  


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