内 輪 第155回
大野万紀
今年は都合でSF大会に不参加でしたが、行った人の話によると、とてもいい大会だったようです。来年は岐阜。今度はなんとか参加できると思います。
今年の夏はあんまり夏らしくない。エルニーニョでもないようだし、火星大接近も関係ないだろう。とするとやっぱり阪神タイガースのせいかしら。地震も多いし(ここで自信過剰というとおやじギャグが過ぎるのでやめておく)。あまり野球に興味のないぼくですが、住んでいるところが甲子園なので、無関係というわけにもいきません。近所には毎日タイガースの旗を掲げている家もあるし。
NHKのプロジェクトXで、SONYのアイボをやっていました。おお、この人が有名なSONYのオカルト取締役かと、そっちの興味で見てしまいましたが、それっぽい発言はなかったですね。でもあの目つきは怖かった(そういう気持ちで見ているからですが)。NECでもそうですが、大企業の上の方の人に、けっこうオカルトな人っていますよね。まあ企業経営が「気」だ「波動」だといっている分にはそんなに問題はないと思うのですが、開発プロジェクトのトップがそういう人だと、その下で働く普通の技術者はどういう気持ちだったんでしょうか。番組の中でも「物理学を知らないのか」みたいな発言があったけど別の文脈だったし。まあ開発現場の顔とは使い分けているのかも。なにしろ実績のあるとても優秀な人なので、そこらのトンデモさんと一緒ではないのでしょう。
それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。
『異型コレクション 夏のグランドホテル』 井上雅彦編 光文社文庫
これはいいアンソロジーだ。単なるテーマ・アンソロジーではなく、「夏のグランドホテル」というかなり細かな設定をあらかじめ提示して、それをもとに作者が作品を持ち寄るという共同制作みたいなアンソロジーである。統一感があると同時に作家の持ち味がはっきりと現れていて大変面白い。一般には知られていないが、有名人やその道の達人にはよく知られた海辺のリゾートホテル。8月1日には〈夏の星祭り〉というイベントがあり、花火が打ち上げられ、クルーザーが海を走る。その夜はここだけで見える流星雨があるというのだ。というように、共通した舞台に同じ一日、同じホテルと同じ伝説を背景にして、それぞれの物語が語られる。だからこれ一冊がオムニバス長編のようにも読めるわけだ。こういう趣向は楽しい。相談したわけではないのだろうが、作品どうしのつながりが自然に出てきていて面白い。例えば野尻抱介の「局所流星群」などは本書から切り離されては成立しがたいだろう。表紙のホテルの絵はちょっとイメージが違う。もっと南欧風のリゾートホテルのイメージだけどなあ。どの作品も面白く読めたが、印象に残ったものとしては、牧野修「めいどの仕事」(全体の雰囲気とはちょっとずれているけど、単独作品としても傑作)、朝松健「異の葉狩り」(これも異質だが、すごくストレートに怖い)、単独でも面白いが本書の中におくことでオムニバス小説としての味わいが楽しめる中井紀夫「海辺で出会って」や石神茉莉「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」など。他にもバー〈オールド・ニック〉を舞台にした作品群が面白かった。
『どうぶつ図鑑 その5ざりがに』 北野勇作 ハヤカワ文庫
この巻と次の巻は表紙裏がジオラマになっている。実際に作る人がたくさんいるとは思えないけれど、楽しい。本書はSF味が強い作品が2編。「押し入れのヒト」は雰囲気がいつもの作者だが、内容はしっかりトポロジーSFだ。「ヒトデナシの海」も例の火星の話の系列で〈溶けていく系SF〉だ。「ペットを飼うヒト」はまあ駄洒落小説だけど、可愛らしいし味がある。後はショートショート(生き物カレンダー)。ざりがにはここに登場。
『どうぶつ図鑑 その6いもり』 北野勇作 ハヤカワ文庫
どうぶつ図鑑シリーズ完結。「曖昧な旅」と「イモリの歯車」はどちらもこれまでの作者の傾向とは少し違い、南欧を思わせるどこかを旅する主人公の(妻らしき人と同行しているのだが、「イモリの歯車」ではそれがイモリなのだ)、まさに曖昧で現実感に乏しい出来事と思いをつづった断章が並んでいる。幻想的ではあるが、背景にある風景は妙にリアルだ。そして待望の書き下ろし「カメリ、ハワイ旅行を当てる」。カメリの連作の第三話で、カメリがハワイ旅行の福引きに当たったのだが、どうもヒトとヒトデナシ専用のハワイだったようで、一悶着がもちあがる。このシリーズはもっと読みたいなあ。
『異形の惑星』 井田茂 NHKブックス
今評判の科学解説書(デュマレスト・サーガじゃありません)。1995年以来、すでに百個以上発見された太陽系外の惑星についての、SF的好奇心をこの上なくそそる解説書である。まず、SFファンにおなじみの白鳥座61番星とか、へびつかい座70番星、バーナード星、エリダヌス座イプシロン星などに発見されたとされる惑星は、すべて幻だったと知らされる。これらは昔のSFでおなじみだったものだ。詳しい人には当たり前だったのかも知れないが、ぼくは本書で初めて知った。95年までは、太陽系外の惑星は非常にまれな存在で、太陽系は、そして地球はまさに奇跡の星であるという認識が一般的になっていたのだそうだ。うーん、ぼくの認識はカール・セーガンあたりで止まっていたのだなあ。それが、95年のペガサス座51番星の惑星発見以来、続々と系外惑星が発見され、その多くがこれまで想像もしていなかったような〈異形の惑星〉だったというのだ。恒星のすぐ傍の軌道を高速で巡る巨大ガス惑星〈ホット・ジュピター〉、楕円軌道をとり、灼熱と極寒を繰り返す〈エキセントリック・プラネット〉。表紙にもなっている〈ホット・ジュピター〉の、千度を超える灼熱の嵐が吹き荒れる、深い青い色をした巨大ガス惑星のイメージがすごい。なお、SFマガジンの2003年8月号に小川一水がこのホット・ジュピターに棲むこいのぼりみたいな知的生物を描いた「老ヴォールの惑星」を書いているが、これも傑作だ。でも、この惑星はホット・ジュピターというよりエキセントリック・プラネットのような気がするのだが。本書はさらに、著者の考える惑星形成の統一理論へと話がすすみ、最後は地球型惑星の存在確率、そして地球外生命の存在へと話が広がっていく。SFファンにお勧めできる一冊。
『マルドゥック・スクランブル The Second Combustion 燃焼』 冲方丁 ハヤカワ文庫JA
待望の第二巻。二巻になってもペースは衰えず、一巻とはまた違う魅力も見せて、これはやっぱりすごいよ。まず、鏡明の解説を読むことをお勧めする。これは心のこもったいい解説だ。作者はアクションと思索のバランスをうまくとっている。前巻がアクション中心の動の巻だとすると、今回は知的な興奮がうずまく静の巻だ。闘いはカジノで行われる。ポーカー、ルーレット、ブラックジャックでの闘い。ぼくはこの手のゲームに全然詳しくないのだけれど、それでもこの緊迫感、爽快感、ぞくぞくする。鏡明も指摘しているが、そこにSF性と倫理観がしっかりと裏打ちされているのがいい。ドクターの性格がいいよねえ。バロットも、まだ余裕はなく、焼き付きが心配なもろさがあるが、広がりと深みが出てきた。ボイルドが不気味に動き、次巻はまたアクションかな。
『第六大陸 1』 小川一水 ハヤカワ文庫JA
今だとプロジェクトX風というんだろうな。ぼくの若い頃なら「黒部の太陽」だ。〈現場〉を舞台にしたプロジェクト系SF。SFは必ずしも人間を書く必要のないものだが、この種のSFは人間がテーマだ。技術と人間、それも具体的な名前を持つ、人間。小松左京はその両方のタイプの作品を書いた。小川一水もそうだ。本書は今の時代の月面開発を描いたプロジェクト小説。月面基地開発プロジェクトが一人の少女の意志によりスタートするという、ある種の夢物語であるが、かつての国家プロジェクトが民間ベンチャーの力により推進されるというのは、むしろあり得べき未来ではある。しかし総予算が1500億円というのは、ちょっとびっくりするなあ(ちなみに瀬戸大橋の建造費がおよそ1兆1300億円。原発1基が3千億から5千億円。H-IIロケット開発費が2千億円)。作者は当然こういう数字は知っての上で設定したのだろうが、これくらいなら充分民間で実現可能だろう。まあそれはともかく、少女のわがままで宇宙開発が進展するというのがいい。プロジェクトを推進するものは間違いなく人の意志なのだから。
『プレシャス・ライアー』 菅浩江 光文社カッパノベルス
週間アスキーに連載されていた、近未来ハードSF。一言で言えばバーチャルリアリティものなのだが、よく調べられていて、コンピュータ用語やハッカー用語の使い方も違和感がない。バーチャルリアリティのアングラサイトでの闘いなど、いかにもありそうな感じで面白い。また情報ゴーグルを使う近未来の日常描写なども、ありがちではあるが納得できるものだ。ただ、テーマはあくまでリアルとバーチャルの関係(作中ではシニフィエとシニフィアンという表現も出てくる)や、創造性の問題(オリジナリティと順列組み合わせ)、「おおっ」といえるかという芸術性の問題などを巡るものである。SF作家の問題意識としては当然のことなのだが、イーガンの後ではちょっとつらい気がする。もっともその分、わかりやすくて良いのだが。
『手塚治虫COVER エロス編』 デュアル文庫編集部編 徳間デュアル文庫
『SFJapan』で特集された手塚治虫ワールドを今の作家たちが描く作品集。梶尾真治の「鉄腕アトム」、牧野修の「ビッグX」など7作品が収録されている。こちらがエロス編というのはわかるようでわからない。タナトス編はわりと暗めな作品が多いが、こっちにも「ブラック・ジャック」があるし。読んでみて、大きく二通りの作品があると思った。なるべく手塚マンガの雰囲気をそのまま再現しようと努力しているタイプ(梶尾真治のアトムなど)と、手塚治虫をリスペクトしながらも意外性や独自性を発揮させているタイプ(牧野修のビッグXなど)だ。どちらも面白かったが、ぼく自身がもろに手塚世代なので、自らの作家性を横に置いても手塚治虫の再話を小説で実現しようとしている作品に親近感を覚えた。何しろ文章でヒョウタンツギが降ってくるのだ。とはいえ、太田忠司のミステリタッチな「W3」や森奈津子のハッピーエンドにぶっとんだ「リボンの騎士」もすごく面白かった。
『手塚治虫COVER タナトス編』 デュアル文庫編集部編 徳間デュアル文庫
そしてこちらは手塚治虫本人の中断した「火の鳥 COM版望郷編」が収録されており、その続編としての二階堂黎人「火の鳥」や草上仁の「ミクロイドS」、五代ゆうの「バンパイヤ」など7編が収められている。こちらでもぼくの好みは凝った作品より、ストレートに手塚マンガをリスペクトした作品だ。二階堂黎人の「火の鳥 アトム編」は良かった。火の鳥というよりまんまアトムだ。草上仁も、田中啓文の「三つ目がとおる」も面白かった。山田正紀の「魔神ガロン」はちょっと考えすぎな感じで好みではないが、山田正紀の作家性がよく現れている作品だと思った。
『陋巷に在り9 眩の巻』 酒見賢一 新潮文庫
ようやく動き出した。前半は8の続きで黄泉の国での顔回と子蓉の闘いというか、今回は協力したりしているので必ずしも敵対しているとはいえない、その微妙な、エロティックともいえる関わり合いが描かれている。相変わらず女神・祝融のキャラクターがいい。そして冥界からの脱出行。それまでがほとんど動きのない物語だったので、この雰囲気の変化にはほっとする。そして後半は新たな章の始まりで、再びこの世が舞台となる。孔子がまた登場し、人間界の思惑と争いが表面化する。しかしここでも雨乞いの儀式での神秘的な出来事など、幻想的な描写がなされる。このいかにも古代中国っぽいゆったりとした時間の流れが心地よい。