内 輪 第149回
大野万紀
風邪がはやっていますが、大丈夫ですか。ぼくもこの前からちょっとやばい感じです。どうやらまだ戦争は始まっていませんが、どうにもイヤな雰囲気ですねえ。
さて、とうとうぼくも『指輪物語』を読み始めました。いまさらというわけですが、もちろん映画の影響です。映画がすごく良かったんで、敬遠していた原作もやっと……というわけです。学生時代に読もうとして挫折していたのですが、あのころはすごく退屈に思えたんだなー。今は忍耐力もついたということか。ゆっくり読みながら今は『二つの塔』の半ばあたりです。映画を見た後のせいか、イメージがわきやすくて、さすがに名作だなと思いつつ堪能しています。でも時々ガンダルフやフロドの使命感あふれる態度に反発を覚えちゃうんですけどね。
それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。
『秘神界 現代編』 朝松健編 創元推理文庫
クトゥルー神話を日本作家により書き下ろしたアンソロジー。現代編と歴史編があり、こちらは現代編。牧野修や小林泰三ら17人の作家による小説と、2編の評論が載っている。書誌や作家紹介や資料が充実していて、大変お得な感じがする。とはいえ、ぼくはクトゥルー神話が苦手で、んぐ、よぐ、そとーぶ、とか登場人物がいいだすと興ざめしてしまう方だ。架空神話体系というだけでホラーとしての神秘感は失われてしまい、SFに近づいてしまうと思うし、SFとしてはいかにも古めかしい。というわけで、本書もちょっと不安だったのだが、読んでみるとそれぞれの作家の特徴の出たホラー小説として楽しめた。中でも印象に残った作品として、佐野史郎「怪奇俳優の手帳」、友成純一「インサイド・アウト」、友野詳「暗闇に一直線」、小林泰三「C市」といったところを挙げたい。特に「暗闇に一直線」は面白かった。
『秘神界 歴史編』 朝松健編 創元推理文庫
書き下ろしクトゥルー神話アンソロジー。こちらは歴史編とあるが、現代ものではないという程度のようだ。面白く読んだのは西遊記を再話した立原透耶「苦思楽西遊傳」、江戸時代の歌舞伎の世界に異界が現れる芦辺拓「五瓶劇場 戯場国邪神封陣」、エロティックな松殿理央「蛇蜜」、そして大迫力の朝松健「聖ジェームズ病院」など。マンガの米沢嘉博、ゲームの安田均の評論も身近で興味深かった。
『諸葛孔明対卑弥呼』 町井登志夫 ハルキ・ノベルス
面白いと一部で評判なので読んでみた。諸葛孔明と卑弥呼が同時代人ということでいきなり対決させるという発想が面白い。小説のリアルさというものはほとんど無視して、面白ければそれでいいという書き方だ。無茶といえば無茶だが、あっという間に読めるし、読んでいる間は確かに楽しめる。ただこの小説の卑弥呼にはちょっとついていけないものを感じるが、ストーリーがストーリーだからこれでいいのだろう。3世紀の倭国の描写はなかなか雰囲気が出ていて、そうだったのかもと思わせる。
『青の炎』 貴志祐介 角川文庫
娘が読みたいというので買う。作者の初期の作品だが、なるほど青春小説だ。17歳の完全犯罪。読む前はもっとゲームっぽい話かと思っていたのだが、犯行の動機にしろ、ずっとせっぱ詰まった話だった。細部のリアリティが読ませる。天才少年ではなく、わりと普通の高校生であり、彼が犯罪に追い込まれていく過程が切なく悲しい。結末もまさかハッピーエンドにするわけにはいかず、これが限界なのだろうが、もの悲しい。もっと前向きな結論が出れば良かったのだけど。しかし、映画化するのはいいけど、彼女があややですか。ほえー。
『プランク・ゼロ』 スティーヴン・バクスター ハヤカワ文庫
ジーリー・クロニクルの短編集。本来は1冊だが、それを2巻に分けて出すということだ。その1巻目で、年代記の31世紀から57世紀にわたる物語が収録されている。いやあ嬉しいねえ、こういう形式は。懐かしい。しかも、特に前半は太陽系名所めぐりという感じで、ちょうど昔のヴァーリイを思い起こさせる。もちろん90年代バージョンだ。水星の氷の下(!)に住む生物なんて、ぞくぞくしませんか。そう、この太陽系は生命に満ちているのだ。まるでキャプテン・フューチャーの世界みたいに。ヴァーリイに比べて、人間があんまり変容していないと思えるが、まあこんな果てしない時空の物語では、人間の視点まで大きく変わってしまうと、わけわからないだろうからねえ。もちろんハードSFとしてしっかりしているが(危なげなく読める)、むしろ大宇宙SFという言葉がぴったりくるSFだ。早く後半も読みたい。
『永久帰還装置』 神林長平 ソノラマ文庫
文庫版になった。これは確かになかなかの傑作だ。とはいえ、前半はいつもの神林で、例によってメタな世界を巡る形而上的な会話が続く。不条理感が強まるが、ドラマは進まない。そろそろ退屈かなと思い始めた頃に、急に物語が進み始める。その後の展開がいい。ほんの数人しか登場人物のいない話かと思ったところに、ぱっと世界が開かれる感覚がある。大変面白く読めた。