みだれめも 第152回

水鏡子

 


 あけましておめでとうございます。大晦日の晩、『十二国記 アニメ脚本集』を読んでいて、そのまま『月の影』『東の海神』『風の万里』『図南の翼』を正月3が日読み返していた。もともとは、脚本集と原作を照らし合わせたくなったためだけど、途中からはもう勢い。延王尚隆を「延に滅びをもたらす王」と既定する文章をみつけたのが今回の発見。泰麒の扱いに端を発する胎果グループの天への叛乱というのがぼくの考える今後の展開なのだけど、推測に力を与える文章である。続編はまだか。
 それにしても読み染めを<十二国記>の再読で始めるというのは、なかなか気のひきしまる快感がある。来年もやってみてもいいかもしれない。

○上遠野浩平『海賊島事件』講談社ノヴェルズ
 上遠野作品のなかで、今、このシリーズをいちばん楽しんでいる気がする。この作者、自分のなかで前の事件を引きずりながら、意外と主要キャラの退場を許さず、しかも物語の時間帯を重ねていく。そうやって色を重ね塗りして世界に厚みを加えていくおかげで、<ブギーポップ>の小さな街は、右を向いても左をみても、超能力者や統和機構の合成人間ら関係者だらけで、世界はどんどん戯画めいてくる。それにくらべて本シリーズの場合、第1作『殺竜事件』で普段の作品の倍近い分量を費やしてやったことは、ファンタジーの(もしくは虚空牙の後の遥かな未来の)地球のだだっぴろい白地図作成と登場人物紹介だった。要としてのミステリ・トリックはわりといい出来だったけど、作品の印象としては、むしろ世界の枠づくりだった。ぼくはけっこう気にいったけど、「紋切り型」等、周囲の評価は相当辛目だった。だけどこのだだっぴろいカンバスは、つぎつぎ繰り出される神話的個性(言い方を変えれば人間離れした)キャラを平然と飲み込んで、なおまだ余白を大量に残している。色塗り作業をくりかえしても、しばらく世界が煮詰まることはないだろう。
 それにしても、上遠野浩平の評価は悩ましい。本10冊をまとめ買いすれば、そのなかにある上遠野本をまっさきに読み、それなりに気に入るのだけれど、本単独の評価はけっして高くならない。本書にしても、ミステリの仕掛けは第1作、第2作よりも数段落ちるし、再登場のキャラ紹介はぞんざいで不親切、二つの話は別ベクトルだし、できはあまりよくはない。けれども、これは、『殺竜事件』で広げた地図に色を塗り重ねる作業である。重ね塗られた世界の相は、1作目より2作目、2作目よりも3作目の方が厚みが備わり気持ち良くなる。まとまりの悪さもむしろ世界の完結しない広がりをあらわすようで好ましい。ひいき目がすぎる気もしないでもない。それにこの作者にはこれくらいの長さのほうがふさわしい。YAの分量は短すぎる。

○丸山夢久『リングテイル(1)〜(4)』(電撃文庫)
 評判がよさそうなので読んでみた。中の下。可もなく不可もなし。世界設定、展開、構成、描写、キャラ、いずれの面にも工夫や努力はみえるけど、読んでて居ずまいを正す魅力に欠ける。1作目を読んで首をかしげながら、念のため三分冊の第2作を読んでみたが、評価は変わらなかった。それなりに、しっかり書けていて、知性は随所に感じるけれど、堅牢までにはほど遠い。『七王国の王座』とかすかに呼応するものがある。こちらが気にいった人にはG・R・R・マーチンへのアタックをお勧めする。『七王国』の愛読者にはこのシリーズはお勧めしない。比較したときの稚拙さに不満のほうが先行しそうだ。

○樹川さとみ『楽園の魔女たち』(コバルト文庫) 
 読んでて居ずまいを正したのが『楽園の魔女たち』。おもしろいことに、おかげでアスプリンの<マジカルランド>の最新作が読めなくなった。なまじ似たタイプの魔術師チーム事件解決読みきりユーモア・ファンタジーであるだけに、こちらの濃いい掛合いになじんでしまうと、アスプリンがぬるくてぬるくて耐えられない。ユーモア文学レベル(?)においてこちらのほうが数ランク上だ。訳ありの過去をもつぐうたらでものぐさな美形の魔術師エイザードのもとに集まった、訳ありの4人の魔女見習。「美少年」と見紛う生真面目、内気な剣の名手ファリス。帝国の王位継承の最有力候補のプリンセス、典型的仇役タイプの高ピーお嬢、ダナティア。<神殿>の学舎の首席を通した冷静知的研究者タイプのサラ。無邪気なお子様タイプで暴走するマリア。この師弟に、エイザードの使い魔ごくちゃん、元傭兵で師匠の幼馴染の料理番ナハトール、国有地である<楽園>の不法占拠者エイザードを立ち退かせるため日夜奮闘する謹厳実直騎士団団長アシャ・ネビイといったレギュラー・メンバーが絶妙の掛合いを打ち合いながら、訳ありキャラそれぞれの訳(なかでも師匠のがメインシナリオ)が事件を生んでいくという趣向。
 なんともお約束の初期設定で、物語も基本的にお約束小説なのだけど、空気の質が尋常ではない。密度が濃くてハイテンション。大体からしてこの初期設定なら、ファリス中心の展開になるのがお約束であるはずなのに、巻を追うにしたがって、彼女の影がどんどん薄くなる。作者のキャラへの偏愛はどんどんいびつに偏って、主役の座を勝ち取ったのは、高ピーお嬢のダナティア。それ以外ではごくちゃん、マリア、アシャ・ネビイと、お約束の世界にあっては、まともでない脇役タイプに作者の愛が注がれる。話が進むにつれて、師匠がお約束どおりの過去を出してきて、相対的に世界が若干安っぽくなってきているところがあるけど、それさえ、ダナティアの逆上、マリアの暴走という2大パワーの前では顔色がない。
 作風は、計算が行き届いていて、厚みがあって、ヒューマンで、ぐじぐじしていない。50年代SFを読むときみたいな安心感と気持ちよさがある。大作ファンタジーだった前作『月と太陽のパラソル』の反動か、最新作『天使のふりこ』はちょっと息抜き気味の中短篇集。アシャ・ネビイの関係者が何人か新登場で、今後の展開に華を添えそう。
 『楽魔女』以外も含めて30冊かき集めたけど、まだ全部は読んでいない。『楽魔女』に比べると、読んだ何冊かはテンション不足でまとめ読みの勢いがじつはちょっと失速している。

○前田珠子『鬱金の暁闇』(コバルト文庫)
 <破妖の剣>の最新作。薄い本で2冊目まで出ている。長期シリーズの気安さからか、文体・形容がほとんどギャグ。もともとそういう傾向のみえる文体だったけど、ここにきてエスカレーションが目立つ。やや不安。

○G・R・R・マーチン『七王国の玉座』
 違和感があった。こんなタイプの作品を読みたいわけではないのだけどな、と読みながらずっと感じ続けた。だけど傑作。惚れ惚れするくらいうまい。作品の格としては、もしかすると<ハイペリオン>より上かもしれない。設定と人間関係が見えてくるまでの最初の百ページくらいはちょっと根気がいるけど、そこを抜けると緩急自在の作者の筆に翻弄される。初期のSFに見受けられたひ弱さがなくなって、ずいぶん力強さを増している。

○平谷美樹『ノルンの永い夢』
 『果てしなき流れの果てに』のオマージュ。メイン・アイデアは別のものといえるけれど、全体の構成やイメージは近いものを感じる。『運河の果て』以降のこの作家は、良くも悪くも安定感を増して、武骨無粋で高い評価をためらわせ、読んでる途上はつらいところもある代わり、SFのツボを確実に押さえ、読み終えて、けっして後悔しない佳作をコンスタントに発表する作家になった。本書も、今の時代、『果てしなき』の持つ切実さは得べくもなく、感動が大きく広がるものではないけれど、読んで損のない手堅くまとまった作品である。

○秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏(1)(2)(3)』
 『最終兵器彼女』の設定に、「エヴァンゲリオン」系キャラを配置して、正統派学園ドラマに突っ込ませたという印象で読み出した。誉め言葉のつもりだけれど、誉め言葉に見えないよな。過激なコメディ・センスは切れ味抜群で、ときどきやりすぎるところはあるものの、全体のリアルを壊すところまではまあいかない。『猫の地球儀』のときみたいに文体に違和感をもつこともなく、そこそこはまっていたのだけれど、展開がまじめになって、かえって漫画的になってきた。『最終兵器彼女』の展開にひっぱられたような気もする。『最終兵器彼女』を途中までしか読んでないのできちんといえないけれど、双方の発表時期を確認しながら読み合わせをしてもいいかなと思っている。

 ここんところちょっと遠ざかり気味だったHゲー。尾上俊彦がSFMのベストに選んでいると聞き及んで、「HELLO WORLD」にとりかかる。なるほど。これはなかなか。
 とりあえずマルチエンディングのうち2本は終了したけれど、内容的にも分量的にもSF長編3冊分はありそうなテキストに、やや読みあぐんでいるのが実情で、報告は次号もしくはその次の号になりそう。だけど、SFファンならやっておいて損はない。


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