続・サンタロガ・バリア  (第11回)
津田文夫

 どうも年末という感じがしない。確かに忙しいんだけれども、まだ11月頃のような気分だ。本業の本は年内のはずが締切り守れなかったからなあ、そのせいかな。

 今月はELPのマンティコア・ヴォールト3を見ず転で買ったんだけれど、1枚目、2枚目を聴いたときは、無駄金だったかと思いましたね。同時に買ったマーク=アーモンド『復活』(ソフト・セルじゃなくてジョン・メイオール門下の方です)がうれしい驚きだったので、よけいに腹が立ったのね。
 『復活』は30年近く前に(コレばっかり)輸入盤で買ってお気に入りだったんだけれど、キズ音やホコリ音(スクラッチ・ノイズ)が多くてとても聴きづらいので、いつかCDがでたらキズのない音で「星の王子様」や「不死鳥」の静けさを存分に楽しめるだろうと期待していたんだ。漸く聴けた『復活』は思ったより古めかしいサウンドになっていたけれど、アルバムとしての良さは消えていなかった。今回聴いてはじめて歌詞が直接頭にはいるようになった。おかげで、現実的かつナイーヴなジョン・マークの歌がちょっとつらい。少し前にマーク=アーモンドのアメリカ時代のアルバムが出ていて、聴いてみたらコマーシャルなジャズノリタイプで、ジョン・マークの声には全然似合わないのだった。ドラマーのダニー・リッチモンドには10年以上前にプーレン=アダムズ・カルテットで再会。『復活』のインナー・スリーブ写真見て強烈な印象があったヒト。しかしこのカルテット、いまやベースのキャメロンしか生き残っていない。
 で、思い直してELPの3枚目、93年アメリカ録音。92年のロイヤル・アルバート・ホールとほぼ同じセットなのに全くノリが違う。これはすばらしい。とっちらかったオモチャ箱、のたうつ恐竜サウンド。9450円がこれで報われたというにはちょっとつらいが、これならレギュラー版で2枚組2650円で出してもいいくらいの出来。「タルカス」がちょっとリフレッシュされている。あれほど同じ演奏をし続けた「海賊」もテンポを落としてばかでかいスケールを実現、あちこち小細工を施してこちらもリフレッシュ。「展覧会の絵」はボックスセットに入っていたスタジオ録音のライヴ演奏。レイクの声もよく出ているし、オーディエンスもいいノリだ。ヴォリュームあげて聴くとスピーカーのむこうに別世界が生じる。
 クラシックの収穫は生ではじめて聴いたヴェルディの「ドン・カルロ」。いやあ、メイン4人の男声のスゴさにビックリした。何回も聴きたいとはおもわないけど、シラーの作品に基づくシナリオを含め、カルチャー・ショックに近いモノを感じました。とても日本人の良くするところではないです。「椿姫」ばかり聴いていてはわからん世界だね。

 SFの方に行くと、今年は『グラン・ヴァカンス』が一番ということになりそうだ。ハヤカワJシリーズはどれも面白い(まだ3冊読み残しがあるけど)ので、牧野修『傀儡后』がSF大賞だって異存はない。暴力的でスプラスティックでちょっとだけセンチメンタルでと、牧野の特長がよくでている。『ウロボロスの波動』もちょっとストレートすぎる感じがあるけれど、ひとつひとつ記憶に残るエピソードになっている。しかし、日本のあたらしいハードSFはヒロインしかでてこないのか。『ロミオとロミオは永遠に』は、のっけから映画のような感覚が漂う。全然違うけれど、「バトル・ロワイヤル」を思い出した。恩田陸はあまり読んでいないのでよくわからないが、結構思い入れだけで勝負するひとなのかもしれない。舞台以外の世界がちっともわからないのは、読んだ後で思う不満だが、それはSF読みだからかね。
 『グラン・ヴァカンス』は舞台以外の世界がわからないこと自体に物語の謎を構成させているので、舞台で起こることはなんでもアリ、が可能になっている。とはいううもののこの謎は解かない方が愉しいかもしれない。飛浩隆のポエジーは硬質でユーモアやヘンの体質(関西マンガ・カルテットのような)はあまり感じられないが、作品世界の基質をなす陶磁器のキーンと鳴るような感覚はほかではちょっと味わえない。下ネタになりそうなグロテスクを戦慄の美を湛える描写と感じさせられるスタイルを持っているのは、この人ぐらいだろう。
 今年は『陋巷にあり』がついに完結した年でもある。大森望は当然感慨一入だろうけど、こちらも第1巻から読み続けてきたので、ちょっと胸に迫るモノがあった。最終巻ではついに孔子と少正卯の直接対決もあったけど、この手のシーンは子容の独壇場だった。子容はもうけ役の聖悪女でとてもカッコいい。関係ないけれど、子供の教科書を見てたら江戸期の随筆に「顔回は陋巷に有り」って出てきてびっくり。そうか「陋巷にあり」ってのは昔はそれだけで『論語』の一節とわかったんだなあ。
 翻訳物は昨年末なら『ダイアモンド・エイジ』でOKだったけれど、今年の『クリプトノミコン』はちょっと弱い。おもしろさは抜群だけれど、尻すぼみな感じがねえ。『地球礁』はいかにもラファティの長編でときどきノリ損ねることがあったし、『デイヴィ』はあと100ページ。なんとなくパングポーンの臭みがある。いい作品だけどね。


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