内 輪 第146回
大野万紀
拉致事件の顛末は気が重いですね。一方、日本一有名な主任、田中さんのノーベル賞は楽しいニュースでした。彼は本当にいいキャラクターしてますねえ。仕事が忙しいのは変わらないのに、涼しくなったせいか、今月はなぜかたくさん本が読めました。他には何もできなかったともいえるのですが……。
それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。
『ストーンエイジCOP 顔を盗まれた少年』 藤崎慎吾 光文社
『クリスタルサイレンス』や『蛍女』の藤崎慎吾の最新作は、エンターテインメント性の強いSFハードボイルドである。バイオ技術でおぞましいことをやっている大企業を敵にまわし、温暖化の進んだ近未来の公園に住むストリートチルドレンを味方にして戦う、コンビニ警察官(この時代、警察も一部が民営化されているのだ)の物語だ。ストーリーは単純で特別な目新しさもないが、テンポが良く、ぐんぐんと読ませる。また、主人公にはまだ語られていない謎があり、おそらくシリーズ化を想定しているのだろう、これからまだまだ発展していくという興味もある。で、読んでいるうちは面白くて気にならないのだが、読み終わってみると(特に後半)、主人公の隠された謎によりかかった展開が、ちょっと危なっかしく思えてくる。味方となったテロリストの存在も怪しげだ。次回作以後でこのあたりの置き去りにされた疑問は解消されるのだろうか。
『航路』 コニー・ウィリス ソニー・マガジンズ
サンプル版で読んだ。分厚いが読みやすい小説だった(でもそれなりに時間はかかる)。臨死体験(NDE)を科学的に(そしてSF的、あるいは文学的に)扱った医学サスペンスである。死の普遍性と個別性が重要なテーマとなっており、テーマはとてもシリアスなのだが、語り口はアメリカの連続テレビドラマ的で、コミカルで類型的なエンターテインメント小説でもある。この類型的な、というのは明らかに意識的であって、誇張されたキャラクター(いや、こんな人が実際にいるかもっていうのはまた別の話)、しつこいくらいの繰り返しギャグ、下手するとダサダサで投げ出したくなるような(実際、ちょっとうっとおしくなった場面もある)ところだが、ウィリスはそれをストーリーの面白さ、意外さで読み続けさせる。で、後半になって、NDEの意味が明らかになるところで、これまでの通俗的な描写や、しつこいギャグだとしか思えなかった色々なシーンが(メッセージの溢れた留守番電話、スイッチの切られたポケベル(ページャー)、迷路のような病院の廊下、開いていないカフェテリア……)何とまあそういう意味だったのかと納得できるのもすごい。もちろんそのものずばりということではないが、ある意味で本書はサイバースペースSFに通じるものがある。最後に描かれる風景に何となく既視感があったが、もしかしてホジスン?
『あなたは虚人と星に舞う』 上遠野浩平 徳間デュアル文庫
ナイトウォッチ・シリーズの3作目。話の背景が明らかになっているので、謎解きの衝撃はなく、戦いと日常(?)が普通に描かれる。普通に面白いのだが、ここまでくると学園生活のリアリティは放棄されているわけで、何のために? という疑問がつい浮かんでしまう。こうなると、大きな物語の方をきちんと書き込んでもらわないと、おさまりがつかないように思うのだが。
『イリヤの空UFOの夏 その3』 秋山瑞人 電撃文庫
久しぶりの第3巻。物語には直接関係なさそうなエピソード2編と、本筋の2編が含まれている。本筋では物語は大きく動き始めているのだが、あくまでこちら側(日常側)の視点で描かれているので、背後のストーリーはわからない。でも緊迫感は大きく、大変なことが進行しているのだなあということは伝わってくる。しかしまあ、作者は今風のヤングアダルトな(そしてコミカルな)文体を用いながら、実に迫力のある文章の書ける作家だ。熱い熱気と迫力だけでなく、緊迫感、登場人物達の肉体的、精神的な痛み、迷い、恐怖、喜びといった生々しい感情、田舎の夏の情景などもしっかりと伝わってくる。これはかなりすごいことだと思うよ。本書冒頭のエピソードである美少女二人の恐るべき闘い。ほとんどあり得ない話ではあるが、有無を言わさない迫力だ。本編では水前寺というキャラクターが相変わらず謎すぎるのと、まだ見えない全体像に物足りなさはあるが、ここでも主人公の心の動きに若々しい熱さが感じられて気持ちがいい。ただし、前にも書いたけれど、彼らがみんな中学生という設定にはどうしてもなじめないなあ。
『ラーゼフォン 時間調律師』 神林長平 徳間デュアル文庫
これは評価が難しい。アニメのノヴェライズということになるのだろうが、おそらくアニメのことはほとんど考えていないのだろうな。このアニメ、はじめの何回かは見たのだが、思わせぶりがすぎて、つまらなくなって見るのを止めてしまった。でも、本書はそれすら関係ないように思える。書かれているのはエジプト神話に託したいつもの神林節で、無数の平行世界とそれを神話的に眺め、固体化した時間を調律することで平行宇宙のねじれを復そうとする主人公達。そう聞くとアイデア的には面白そうなのだが、ここには日常性というものがかけらも無く、物語のよって立つ座標軸というものが存在しない。だから議論ばかりが印象に残って、ドラマは何も起こらない。面白いわけがないよなあ。神林節を楽しもうと思うと、今度はアニメ的設定(巨大な人型、軍事組織、少年少女)がしっくりこない。フムン。
『戦乱の大地 〈知性化の嵐2〉上下』 デイヴィッド・ブリン ハヤカワ文庫
やっと出た〈知性化の嵐〉第二部。待ってました。たくさんの登場人物と異星人の視点から並列して物語りが進む。普通ならうっとおしいところだが、ストーリーは明確だし、キャラクターたちがみな立っているので苦にならない。あ、そんな人はいないと思うが、ブリンだからハードSFだとは思わないように。楽しいスペースオペラなのだ。この6種族がそれなりに共存しているジージョの世界がいい。ユートピアというわけではないが、楽しそうじゃないですか。しかし、いよいよこれからというところで「続く」だもんなあ。早く第三部が読みたいよ。
『イカ星人』 北野勇作 徳間デュアル文庫
SF大賞を受賞しようが、イカに似た異星人に人体改造されようが、マイペースを変えない著者の新作。とはいえ、著者の作品世界はどれも共通な感覚があり、その日常と連続した少し不思議な世界になじんだ者には、居心地良く浸ることができる。居心地はいいんだけど、ちょっと焦燥感があるというか、このままじゃまずいなあ、とは思いながらも結局ずるずるそこに居続けるという感覚。微分的な日常感覚というのはとてつもなく強固で、n年前とは大きく異なっているのに、毎日毎日そんなに変化はないと感じ続ける。だからこのままでもまあ大丈夫かなと思ってしまう。その間にイカ星人の侵略はとことん進んでいるというのに。短い断章で構成されており、本書の場合特に本筋とは少し離れたショートショートやエッセイのような断片も多く含まれている。それはそれで趣があっていい。全然作風は違うが、稲垣足穂のショートショートを思い浮かべた。
『グラン・ヴァカンス 廃園の天使1』 飛浩隆 ハヤカワSFシリーズJコレクション
AIたちが暮らすバーチャルな夏のリゾート地。人間が来なくなって千年、AIたちは変わらぬ夏の日を平和に過ごしていた。だがある日、地獄が訪れた。どこからともなく〈蜘蛛〉が現れ、町を破壊し、人々(AI)たちを残酷に殺戮し始める。といったストーリーは実はあまり重要ではないようだ。ストーリーとしては完結していないし、謎もほとんど解けていない。重要なのはそのようにして作り上げられた〈場〉だろう。本書で描かれているのはマンディアルグやサドにインスパイアされたような、官能的で残酷な描写、苦痛と快楽に関するあれやこれやである。徹底してサディスティックでスプラッタな(そして全くポルノ的ではない)場面が続くが、なぜそのようなことが必要なのかは結局わからない。そうやって感度を高められた苦痛によって作られた〈何か〉が〈天使〉と戦うのに必要らしいと示唆されるが、本当だろうか。物語的なリアリティには乏しく、ただ圧倒的な〈雰囲気〉に充ち満ちた作品である。
『陋巷に在り 7 医の巻』 酒見賢一 新潮文庫
久々の7巻目(ぼくは文庫で読んでいるのだ)。今回登場は古代のブラックジャックみたいな放浪の医者。医者といっても術も使える。すごいやつだ。圧巻は媚術に憑かれた、を救うための壮絶な術の闘い。大迫力です。でも後少しのところで、次の巻に続く。うーん。ハードカバーを読むべきか。いいや、またしばしがまんです。