内 輪 第145回
大野万紀
本業の方の忙しさがピークを迎え、さすがに本が読めなくなりました。ネットの巡回も最低限に抑え、TVもニュースくらいしか見ず(イヤなニュースが多いですねえ)、ゲームもやらず、何とか時間を作ろうとしてはいるのですが……。
それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。
『ミラー・ダンス』 ロイス・マクマスター・ビジョルド 創元SF文庫
ヒューゴー賞・ローカス賞受賞作。確かにエンターテインメントとしてすごく良くできており、読ませる。以前からこのシリーズを読んでいる人にはいうまでもないことだが、とにかく面白い。スタイルがあるとか、アイデアがすごいとか、新鮮だとか、そういうのとは無縁。ひたすらストーリーとキャラクターの面白さで読ませるのだ。本書では何といってもマイルズのダメダメなクローンであるところのマーク君。冒頭ではそのダメさかげんがとことん描かれ、おまけにマイルズが死んでしまうというえらいことになる。まあ死ぬったて、シリーズの読者には本当に死んでしまったわけではないことはわかっているのだけれど。それはともかく、そこから本当のストーリーが始まるわけで、波瀾万丈というか、まさしく大変な運命がマーク君を襲うわけだ。すごくイヤなやつだった彼が、だんだんと貫禄のある大物に見えてくるから面白い。
『さまよえる海』 草上仁 ソノラマ文庫
スターハンドラーのシリーズ2作目は、いきなり大物が相手だ。何しろ今度飼い慣らさないといけないのは、惑星ヴィニヤードの海なのだ。ソラリスよりは人なつっこいかも知れないが、とにかく海である。いつものメンバーの他に、「クビ」「買え」「売れ」など一言しか話さない大金持ちの釣りマニアや、砂漠の哲学者、何でもぶち壊してしまう熊みたいな女首相とか、変わった連中ばかりが登場する。話はしっかりSFしている。でもちょっと長いし、もたつく気もする。ヒロインも今回はあんまり可愛くないよ。自分から活躍することが少なく、怒ってばっかりだから。でも脇役たちの魅力で読ませる。前回も出てきた、何でも物語にして語ってしまうハンターなんて最高だ。まあ、もうちょっと話が整理されていたら、もっと面白く読めただろうと思う。
『デイヴィー 荒野の旅』 エドガー・パングボーン 扶桑社
いい小説だ。大破壊後の中世的な小国分立したアメリカが舞台で、青年デイヴィーの放浪と成長の物語。本当にマーク・トウェインの小説みたい。大きな物語はなく(あるいは全く背景に隠れており)、ひたすら元気で、下品で、知的なデイヴィーの語りが中心の物語だ。その語り口は明るく、読んでいて気持ちよい。特別大きな事件もドラマチックなできごともないのだが、それでもこの長い小説を飽きることなく読み通すことができるのは、登場人物と語り口の魅力によるものだろう。科学技術は失われ、奴隷制が復活し、教会が残酷な支配をする世界ではあるが、本書の主人公たちは紛れもなく文明人である。だから、アメリカ北東部を旅するデイヴィーの旅も、保守的な南部アメリカを旅する60年代のヒッピーの旅とパラレルに見ることができる。とはいえ、本書を今年翻訳された最高のSF小説だなどと持ち上げる水鏡子の言葉を聞くと、それは違うだろうといいたくなる。ベストに上げられる作品には違いないが、ここにSF的な魅力はほとんどない。単純化された世界での成長物語はもちろん作者の筆力で面白く読めるのだが、背景にかいま見ることのできる文明論には、冷戦時代の呪縛が色濃く反映している。古典小説としてならともかく、現代SFとして評価するのはどんなものだろうか。