みだれめも 第147回

水鏡子


『ふわふわの泉』『ロケットガール』『ピニェルの振り子』『天使は結果オーライ』『私と月につきあって』『ヴェイスの盲点』『フェイダーリンクの鯨』 野尻抱介

 やっと『ふわふわの泉』を読んだ。次の日に『ロケットガール』を読んだ。あわてて本屋と古本屋を回ったが手に入った本はこれで全部。<クレギオン>の3冊目以降は注文しよう。

 正直ここまで品質が安定して高いとは思っていなかった。情報密度が高くて、アイデアが秀逸で、構成がきちんとしていて、しかも文章表現に秀でている。全作品、けなせる部分はあるけれどできに不満はほとんどない。はっきりいってどの作品もヤングアダルトというよりも、一般向けで通用するストレートSFである。骨格はハードSFなのだけど、平気でファンタジイ要素を放りこみ、たわいのない夢物語を演出する才能はある意味大人。とことん<もてなしのいいファンタジイ>。デビュー作くらいは欠点が目立つかと思ったけれども、異様にきちんとそつがない。これまで読んできたヤングアダルト系の秀作は、総じてキャラへの思い入れや一体化を作者と読者が過剰に共有帰属する私的色彩の強い読書空間を作り出すのがほとんどだけど、この作者のスタンスは、意外と作品に対して距離の取り方が冷静で、のめっていってものめりきらずにヒットアンドアウェイをくりかえし、小説世界をまるごと外から愛でてるようなところがある。読書空間に公的色彩とでもいった気配を添えている。理知的で、バランス感覚に長けているということなのだろう。作者にとって作品は、創作物である前に、まず商品として、商品であるために求められる技術的基準をあたりまえ以上のレベルでクリアしていることが当然の条件であるように見える。そんな技術的要件やマーケティングの要請をクリアしつつ、物語の核の部分は、アーサー・C・クラーク直系の巨大な事物(生物、風景、システム、構築物、人類史的事件など)に向かい合い、生み出される崇高な美的生理的感動を作り出し伝えたいとする熱気がつねにある。この一途さはやっぱり『太陽の簒奪者』のときいったようにジュブナイルSFならではの<男の子>小説である。

 入手した本に順位をつけていくと(1)『ロケットガール』で(2)(3)(4)に僅差で『太陽の簒奪者』『ふわふわの泉』『ピニェルの振り子』が続く。

 祝星雲賞受賞の『ふわふわの泉』についてはいろんな人が誉めているのでからめ手からの評価を。
 じつはこの本を読んでいて座りなおしたのは出だしの部分。

 「母親――登喜子は朝から容赦がなかった。彼女は化学について何もしらない。知っているのは四年前に別れた夫がやはり亀の子模様をもてあそんでいたことだ。」
 「泉はこれを眺めるのが好きだった。表面で冷えた味噌汁が沈み、内部の熱い味噌汁といれかわる。個々の味噌汁にはなんの意志もないのに、しぜんに蜂の巣状のパターンが生まれる。自己組織化現象というやつだ。なるようになる。――この無為なところが心地よい。
 だが登喜子はいらだつばかりだった。理系人間とは性格が一致しない。あの得体のしれない亀の子も蜂の巣も嫌悪の対象でしかない。」

 作家志望者の文章修行ではまず絶対に身につかない理系センスと世俗感覚の絶妙な統合。そのセンスを理系拒絶系であるぼくなんかにもすなおに伝えることのできる平易明晰な文章表現力。世界観のぶつかりあいがSFの醍醐味と思っているぼくにとって、この文章は、もうこれだけでSFであり、もうふわふわが出てこなくて、なにも起こらず、泉の日常がだらだら続いてこのての文章が連ねられていくだけで充分満足していたのではないかと思う。
 家族や人間関係の描写のもてなしのよさもこの作者の持ち味である。ただしこの高評価には、一応ハードなSFであるはずなのに、私小説めいたうっとおしい人間関係、日常会話がえんえんと続き、何度も挫折をくりかえし、読み終えたときには、とにかく読み終えたという感想以外なにも残らないほど疲弊した『フリーウェア』に対する気分の反動があるかもしれない。

 『ロケットガール』はデフォルメされているくせ、妙にめりはりがあり存在感のあるキャラクターが躍動する。『パトレイバー』のゆうきまさみのキャラとイメージが重なる。続編、続々編は1作目ほどはキャラが目立たず、伝達情報が増加し、啓蒙主義が力を得、<ふわふわ度>が弱くなる。ぼくが聞いた『太陽の簒奪者』に対する軽い失望も、大量の情報を伝達しようとするがんばりが、たわいのない夢世界、<もてなしのいいファンタジイ宇宙>、<ふわふわ>を弱めるのではないかといった危惧に起因したものだったかもしれない。
 それにしても入手した本は、デビュー作を除くとすべて初刷だった。悲しい話である。

『レスレクティオ』平谷美樹
 『エリ・エリ』の続編。平谷版『火の鳥 宇宙篇』。クライマックスはツボを押さえたいい話だけど、銀河宇宙文明があまりに人間ぽく書き割りめいた印象を残す。前作から引き継いだ神の探索というテーマの空回り気味。読んでる途中は不満が先行したが、読後感はなかなか満足。


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