内 輪 第143回
大野万紀
SF大会に行ってきました。詳しくはレポートで。7月にSF大会があると、何だか季節感がおかしくなりませんか。今月は息子が盲腸で入院したり、徹夜仕事があったりと、何かと忙しく、あまり本が読めませんでした。SF大会で安田均さんと話して意気投合したのだけど、ヴィンジのような面白い娯楽SF、現代スペースオペラみたいなのがもっと読みたい気がします。スター・ウォーズ・エピソード2も評判がいいようで(ぼくはまだ見ていませんが)、21世紀になっても、いやこの何だか先の見えない閉塞感のある21世紀だからこそ、どこまでも宇宙の彼方までも想像力が広がっていくような、楽しいSFが読みたいものです。
それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。
『樒/榁』 殊能将之 講談社ノベルス
作者の新作は中編2編。タイトルは「しきみ・むろ」と読みます。本が薄いのでびっくり。すぐ読めます。で、すぐ読めるのはいいが、これでは物足りない。謎解きもあっさりしすぎていて、まるで同じ作者の作品じゃないみたい。とんでもない「別解」がどこかに隠れているんじゃないかと思ったりしてしまいます。怪しいなあ。次に出る本でひっくり返されていたりして。今度はケイト・ウィルヘルムが引用されています。たぶん物語には関係ないけど。収録された2編の前半と後半が照応し合っているのはいい。でも崇徳院の話はもうひとつよくわからないなあ。
『クリプトノミコン3/アレトゥサ』 ニール・スティーヴンスン ハヤカワ文庫
この大長編もようやく半ばを過ぎた。第二次大戦編は日本軍による黄金秘匿が中心となり、ヨーロッパでの暗号戦(というか暗号が漏れていることを知らせないための闘い)は少し影が薄くなってきた。でも何だか怪しげな組織が現れたり、あいかわらず作者の筆致はストレートではない。そして現代編がようやく面白くなってきた。作者は以前から妙なディテールをやたらと書き込む癖があったが、この巻での遺産分けのシーンなどはまさに圧巻だ。数学オタクな一家なんだねえ。普通に考えれば、各人の意志を正規化する時点で無理があると思うが、そこをスパコンまで使って強引に解いてしまうというのだから。さて次はいよいよ最終巻だ。
『最果ての銀河船団』 ヴァーナー・ヴィンジ 創元SF文庫
これは面白い。現代スペースオペラの傑作の一つだろう。銀河の星々を交易してまわるチェンホーと呼ばれる集団がある。しかし、超光速航法などが存在しないという設定のため、交易といっても相対論的な時間がかかるのだ。旅に出て帰るまでに惑星の文明は滅んでいたりするのが当たり前の世界である。こういう時間感覚がとてもいい。そこへ人類以外の知的生命、蜘蛛族の世界が発見され、蜘蛛族の科学者による発明発見物語と、チェンホーと同時にこの星系にやってきた別の人類、エマージェント(これは悪役)との闘い、チェンホーの敗北と〈集中化〉といった物語が並列に語られていく。複雑な物語であるが、主人公であるファム・トリンリの軸から見るとストレートな物語ともなっていて、この長大な小説をぐんぐんと読ませるものにしている。キャラクターの造形が(類型的といわばいえ)素晴らしい。特にファムじいさんのかっこいい悪者ぶりはどうだ。エマージェントの支配者層のように悪いやつはとことん悪いやつなのだが、けっこう仲良く暮らしたりして、そのあたり、商人種族のしたたかさが面白い。
『飛雲城伝説』 半村良 講談社文庫
分厚く、さらに未完の伝奇小説。著者が亡くなったので、続きは読めない。しかしまあ、清水義範の解説が全てを語っていると思う。まったくその通りなのだ。前半と後半がまるっきり別の小説のようになっている。前半はごく正統的な戦国ロマン。小国の若く活発で才気溢れる(もちろん美少女)姫君が、民衆の支持を得て大国に立ち向かい、ついには女城主として国を興すまでのとても魅力的な物語だ。日本の戦国時代のようではあるが、どうやら別の世界の日本だなと思えるくらいで、ほとんど超自然的、あるいはSF的な要素のない、歴史小説風な娯楽読み物である。キャラクターの魅力がいっぱいで、とても前向きだし、暗い要素の少ない清々しい物語だ。ところが、後半は視点がそういうキャラクター個人を離れ、神々の世界を描き出す。壮大なほら話の様相を呈する。前半とは思いっきり雰囲気が異なるが、これはこれでとても面白い伝奇小説、あるいは架空神話物語だ。いっそSFといってもいいだろう。巨大な神話の神々同志の闘いというのがまるで怪獣ものの特撮映画のようで面白いし、とんでもない想像力には恐れ入る。でも、小説としての魅力は前半の方が明らかに上だ。未完だし。しかし、この分厚い小説をあっという間に読ませる筆力は、やはりすごいものだ。