内 輪 第142回
大野万紀
世の中はワールドカップ一色ですね。普段スポーツに興味のないぼくも、ついついテレビを見てしまいます。THATTAの会員の中には熱烈なサッカーファンが何人かいて、その人たちはもう至福の時を過ごしていることでしょう。でも、道頓堀に飛び込むのはいいかげんにして欲しいです。あれは阪神優勝の時と決まっているのです。ほら、暗い水の底から、カーネル・サンダースが……。
いよいよ40代最後の歳に突入。自分がまさかこんな年齢になるとは、何か想像を絶しています。で、さすがにここまで来ると、将来も何だか見えてしまった気がして、どうも面白くない。いっそ、ヴァナ・ディールへでも行ってしまおうかと思ったけれど、Windows版βテストの必須環境厳しすぎるよー。この際PCを新しくしようかなあ。いや、PS2は持っているのですが、居間のテレビを占有するのはまずいしね。
それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。
『劫尽童女』 恩田陸 光文社
超能力ものには、おそらく〈ファイアスターター〉ものといっていい完成したパターンがある。本書もまさにその黄金パターンを踏襲している。恐ろしい力を持つ秘密組織と、ほとんど個人でそれと戦わざるを得なくなる一見弱々しい(だが実はものすごい力をもつ)主人公。物語の最初から緊迫感があふれ、それが意表をつく形で解放される。確かにぐいぐいと読ませる面白さがある。いくぶんマンガ的な設定ではあるが、本書は背景設定をあまり重視せず(黄金パターンに寄りかかる形で)主人公の運命と闘いに集中している。そこがこの迫力を生み出しているのだ。しかし、そうはいっても、本書後半の展開では背景設定がもっと重要でなければならないはず。なのに、ここでも背景がほとんど説明されないため、無理矢理な感じがして、結果的にちょっと不満足な物語となってしまった。
『郵便的不安たち#』 東浩紀 朝日文庫
SFセミナーで人気だった東浩紀のエッセイ集。けっこう難しい論文も収録されている。もともと現代思想の人だから、難しいのは当たり前か。でも語り口は論理的で明快だ。ぼくらが興味あるのはやはりオタクやSFやアニメについてのところ。特別目新しいことが書いてあるようにも思えないが、何よりもファンであることが前面に出ていて、安心感がある。オタクと現代思想の両方の切り口から迫ることができる、というのがこの人の立ち位置だろう。そういうことをいう人は時々いるが、こっちの世界から眺めても、確かに納得できることをいっていると思える人は少ないものだ。彼は実際にそういう人材だと思える。
『海を見る人』 小林泰三 ハヤカワSFシリーズJコレクション
小林泰三の〈ハードSF〉短編集。書き下ろしを含め7編が収録されている。ハードSFではあるが、理屈が延々と書いてあるわけではなく、不思議な世界を舞台にしたファンタジーとして読める作品が多い。中にはミステリっぽいのやストレートなSFもある。で、いろもの物理学者さんが、ここで「時計の中のレンズ」の解説をしているが、ぜひ読んでみてほしい。作者にもこういう解説を、小説とは別にどこかで書いて欲しいなあ(フォワードみたいに)。何しろ、よーく考えないと、どんな形をした世界なのかもわからないくらい、へんてこな世界を作り出しているのだ。バクスターやプリーストも変な世界を作り出すが、作者の世界も負けていない。しかもちゃんと計算できる世界なのである(いや、ぼくは計算していません。式も立てられません。えーと等ポテンシャル面が形成されているっていうのはこんな感じ? と、うろ覚えの知識で想像するのが関の山)。野尻抱介が工学的センスのある(あるいは実験系的)ハードSFだとすると、小林泰三は物理的センスのある(あるいは理論系的)ハードSFである。計算できる世界だとはいえ、この人の作る世界はどうやってできたのかはわからない。「時計の中のレンズ」にしても、はじめは単なるオニール型スペースコロニーのイメージで捉えられる(そのままのイメージで読み続けて、あれっとなる読者も多いのではないか)。「海を見る人」は日常領域に相対性理論が入り込んだ世界として、わりとわかりやすいのだが。
『クリプトノミコン2 エニグマ』 ニール・スティーヴンスン ハヤカワ文庫
『クリプトノミコン』の続き。あいかわらず面白い。やっぱり第二次大戦パートが登場人物のユニークさでも、物語の面白さでも勝っている。今度はめちゃくちゃ魅力的なUボートの艦長も出てくる。面白いだけでなく、戦争の悲惨さ、おぞましさもたっぷりと描かれている。あんまり「政治的に正しくない」ような描写がたくさん出てくるが、そのあたりも決して嫌みではなく、事実かどうかは別にして(例えば北海道に野生の猿はおらんだろう、とか)それっぽい描き方となっている。現代の情報ビジネスパートも話が動き始めた。でもまあ、戦争と違って命がけじゃないからなあ。
『傀儡后』 牧野修 ハヤカワSFシリーズJコレクション
これはちょっと難しい。確かにSFとしかいえない小説である。諸星大二郎やベア、ティプトリーの短編にもある、融合して一体化してしまうどろどろぐちょぐちょな話。もっとも前半はそうでもない。普通のエンターティンメント小説のように始まり、うっかりすると学園ものかと勘違いしそうになる。確かに色んな要素が混沌と紡ぎ混まれており、奇怪な織物となっているが、でもこちらから織っていく糸と、あちらから織っていく糸が絡み合って、一枚の布にはならず、何だか不気味なオブジェとなった様子。涼木(猟奇?)という登場人物が途中から主役級の役割を果たすが、登場人物(?)の中で最も感情移入しやすい人物であり、しかし、この物語の中での位置づけが最もわかりにくい人物でもある(わかりやすい人物など登場しないのだが)。奔放に描かれているが(戦隊ものがそのまま出てきたり)、暗くて重くて痛い(確かに皮膚感覚だ)本書の中で、ところどころにちらりと見える日常的で普通な描写には、ほっとする。
『グレー・レンズマン』 E・E・スミス 創元SF文庫
再訳レンズマンの第二弾。いやまあ、すごい。30年代のハードSFだった部分はまあ今となっては微笑ましいが(バカにしているのではないよ。いかにもナット&ボルトなところ、『銀河パトロール隊』でも書いたが、重電感覚とでもいうべき、導線の太さへのこだわりなんか、工場の現場な気分が溢れていてとてもいい)、第二次世界大戦の始まりと同時期に連載された作品だけに、その軍事的な思考のリアリティ(戦術や戦略のリアリティという意味ではない。敵を殲滅することに何の躊躇もないようなところ)が強烈で、それが若いころのぼくには反発を感じた部分だろうなあ。それだけに、ロマンスのシーンが浮いてしまうが、それもモードを切り替えて読むぶんには許せてしまう。ところでぼくは長い間どうしても無慣性状態というのがちゃんとイメージできなかったのだが、本書の小隅黎さんの解説で、やっとわかった気がした。まあイメージしにくいのには変わりないが。スペオペモードで読む限り、クロノ神の爪にかけて、面白いことには間違いない。