内 輪 第139回
大野万紀
「1月は去ぬ、2月は逃げる、3月は去る」といいますが、本当にこの三ヶ月はあっという間に過ぎるという実感があります。学生であれば、3学期というのは冬休みと春休みに挟まれて実際に短いわけですが、社会人にとっても4Qというのは(同じ三ヶ月なのに)本当に短い。正月休みと2月のおかげで、確かに日数も少しは短いわけですが、年度末で色々とせかされるということが大きいのでしょうかねえ。仕事も忙しく、おかげであんまり本が読めない。結局それがいいたかったわけですね。
それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。
『蚊−か−コレクション』 飯野文彦他 電撃ゲーム文庫
PS2のゲーム『蚊』をテーマにしたアンソロジー。変わったアンソロジーだよねえ。でも執筆者には小林泰三、田中哲弥、田中啓文、牧野修、森奈津子という「いつものメンバー」が顔をそろえている。話は違うが、この「いつものメンバー」感というやつ――そんなことを思うのは読者のうちごくごく少数だとは思うけれども――そろそろ方向転換しないとまずくはないかなあ。作風も個性も実は違うのに、作家同士の友人関係を越えた「ジャンル」を形成しているみたいで、ちょっと気になるのだ。昔も小松や筒井や星や、SF作家たちが仲間内でバカ話を盛り上げてそれを読者も喜ぶというのがあったが、それでも作品は全く個別のものだった。もちろん「まんがカルテット」についても確かに作品は個別のはずなのだが、妙に相互乗り入れした共通の雰囲気をそこに見出してしまうのだ。これって単なる幻想なのだろうか。それならいいのだけれど。さて本書だが、まあお題があってそれをひねってみせるという趣向で、それなりの出来にはなっていると思う。田中啓文はダジャレ爆発だし(でもカの一音でのダジャレって、ちょっと安易な気もする)、小林泰三はやっぱり牛を食べるかどうかで議論するし、牧野修はサイコダイバーじゃなかったネクロダイバーする。小説として面白かったのは牧野修と田中哲弥だった。まあ、基本的にテーマがテーマだからねえ。
『銀河パトロール隊』 E・E・スミス 創元SF文庫
レンズマンの新訳。何年ぶりに読み返したことになるのだろう。しかし、これは新訳だからなのか、30年代の作品だというのに、そんなに古めかしい感じはなく、多彩な異星人、大艦隊による宇宙戦闘の迫力、ビームとシールドの色彩感覚、油まみれのエンジンと重電っぽい機械類のメカメカしい感覚、いずれをとっても楽しむことができた。やっぱりスターウォーズによって頭がリフレッシュされているためなのかなあ。スペースオペラにはまた別の評価基準が働いてしまうようだ。ただし、ぼくはもともとレンズマンのあまり良い読者ではなかった。というのも、レンズマンには銀河をまたにかけるスケール感や宇宙の広がりがあんまり感じられなかったような記憶がある。スカイラークの方が、話はレンズマンよりずっと荒唐無稽だけれど、遙かな世界へ広がっていく解放感のようなものがあったと思うのだ(大昔の記憶でいっております。読み返しもしないで、こういうことをいうのはまずいね)。その点は本書でもやはり感じた。まあ、スペースオペラの古典的作品にもかかわらず、今でも充分楽しめる力があるというのは、すごいことだと思う。
『トリガー』 アーサー・C・クラーク&M・P・キュービー=マクダウエル ハヤカワ文庫
しかし作者名が長いなあ。実態はキュービー=マクダウエルの作品だろう。あらゆる火器(銃、爆弾)が使えなくなる新発明により、世界は……というワン・アイデア・ストーリー。まわりの評判はあまり良くない。あらすじを読むだけで、読む気が失せるという人もいるだろう。でも読んでみると、これが結構面白い。何しろアイデアが単純だし、そこからの思弁もわかりやすく想像しやすい。ただ、おそらく銃というものの意味がアメリカと日本や他の世界では大違いなので、軍事的側面には理解ができても、ひたすら国内問題で話がすすむのには、いったいこの連中は何を大騒ぎしているのかと思ってしまう。作者が真摯に議論しようとしているのはわかる。きっとアメリカ人って実際にこうなんだろうな。9−11でも感じたあの国と他の世界のギャップというのはとても大きい。トリガーがあっても9−11のテロは防げなかっただろう。じゃあ何が解決したのか。社会の変化を扱うSFとしては中途半端感が強いし、示唆される理論はとんでもなくて、ハードSFとはいい難いだろう。けれども、さっきもいったけど結構面白く読んだんだよね。書き込まれたドラマがわりとツボにはまったということか。
『偽史冒険世界 カルト本の百年』 長山靖生 ちくま文庫
96年に出た本で01年に文庫化された。「義経ジンギスカン説」「日本ユダヤ同祖説」「神代文字」「竹内文書」といったどこか古めかしく怪しげな臭いのする世界を、明治からの古書や資料をもとに探っていく。著者はもちろんこれらの説に何らかの真実があると考えているわけではないが、その目は温かく、誠実な医者が困った患者を診るような、そんな雰囲気がある。正直、ここで紹介されているような人々や思考は、ぼくには全く共感できないものなのだが、むやみに否定してみせるよりも、ちょっとおかしな考えに取り憑かれてしまった頑固な親戚のおじいさんと話をする時のような、微妙なスタンスが必要なのだろう。
『UMAハンター馬子(1)』 田中啓文 学研M文庫
ネッシー、ツチノコ、キツネといった未知動物(UMA)をテーマに(キツネがUMAだって? と思う人は本書を読むこと)、大阪のえげつないおばちゃん丸出しの伝統芸人、蘇我家馬子と弟子のイルカが田舎を巡って事件に巻き込まれる連作。ギャグと蘊蓄がほどよくブレンドされていて、面白い読み物になっている。馬子先生が何か凄い存在っぽくって、この先興味津々。でも敵役が何だか中途半端だなあ。弱すぎ。イルカちゃんはOK。しかし、UMAってそんなにバリエーションなさそうだし、これからどうなるのでしょうか。
『魔術探偵スラクサス』 マーティン・スコット ハヤカワ文庫
ファンタジーな世界を舞台にした軽いハードボイルド・タッチのユーモアもの。いかにもありがちなRPGゲームっぽい、とても現代的な、まるでアメリカみたいな、あんまり真剣に世界設定とかしてなさっぽいファンタジー世界が、この軽さに合っていて心地いい。酒癖が悪くすごい能力があるわけでもないダメダメ中年なオヤジ探偵が、どうしてこんな大変な事件を解決してしまうのかとても疑問なのだが、まあずいぶん都合良く話がすすむのだ。相棒の美人剣士がいい。こっちはキャラクター的な魅力が大きい。なんか誉めていないみたいだが、軽いエンターテインメントとしては充分面白い。でもそれ以上のものはこの作品からは感じられず、何で世界幻想文学大賞?という気分(誰もがそう思うんじゃないだろうか)。