内 輪   第137回

大野万紀


 岡本家からはだいぶ遅れましたが、わが家でも古いPCを手に入れて家庭内サーバを組みました。OSはLinux(Vine)。40Gの中古ハードディスクを入れて、sambaでファイルサーバにしています。何しろ家族が使っているのは古いPC98ばかりなので、拡張には限界があるのです。これからは機器の拡張はサーバの方にして、それを共有するという使い方にしていきたいと思っています。でも古いPCはファンの音がけっこううるさいなあ。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『忍法創世記』 山田風太郎 出版芸術社
 先頃亡くなった山田風太郎の未刊行長編。しかも忍法帳。水鏡子がかねてより主張しているように、風太郎は後期の明治ものより、破天荒な忍法帳がずっと面白い。本書は舞台こそ室町時代で、南北朝の時代に三種の神器の争奪戦ということになるのだが、柳生+大塔衆の剣法チーム対伊賀+菊水党の忍法チームの戦いという、ちゃんと集団戦基本の忍法帳になっているのだ。しかも前半は、きっちりと2チームが対称形になるようにすべてが構成されている。はみ出し者の出現までシンメトリーを守っているのだ。もっとも、後半でこのシンメトリーは破られることになるのだが。柳生チームと伊賀チームが敵対しながらも実は愛し合う男女同士というのが物語りの骨子になっているが、そのために戦いの強烈さがややトーンダウンしている面もある。とはいえ、そこは風太郎、最後まで面白く読むことが出来た。

『イリヤの空、UFOの夏 その1』 秋山瑞人 電撃文庫
 これは遠くの方で〈北〉との戦争が続いているもう一つの日本の、基地のある町の中学校での話。新聞部(といってもとんでもない部長のおかげで、UFOやオカルトの記事ばかり追っかけている)の浅羽は、プールで不可解な女子と出会う。彼女は伊里野可奈と名乗った。というわけで、ボーイ・ミーツ・ガールのほのぼのと切ない物語が始まる。といっても、謎の多いイリヤはどうも米軍の秘密兵器みたいだし、彼と彼女のプライベートな物語も、何だか複雑な、大勢の大人がからむ大きな物語とつながっているようで、色々とややこしいのだ。なるほど、地方の中学生たちのもやもやした、照れくさい恋愛感情はよく描かれている。でもめちゃくちゃぶっとんだ新聞部長の存在や、二人の関係を決して邪魔しようとはしないが、それでもやっぱり邪魔している大人たちとか、そういったものがギャグとして存在感を強烈に主張し、マンガ/アニメ的な構図を作り出している。それはそれで面白いのだが、でもなあ、おじさん的には興をそがれるところでもあるのだなあ。

『イリヤの空、UFOの夏 その2』 秋山瑞人 電撃文庫
 さて2巻目である。物語は大きくはすすまない。イリヤの謎はだいぶ明らかになるが、それで物語の方向性が変わることはない。むしろこの巻では学園祭が中心となり、その熱気が描かれる。つまり、〈うる星やつら〉でいえば『ビューティフル・ドリーマー』である。この学校の学園祭がちょっと異常な感じでとても面白そう。そっちの非日常性が、むしろ基本設定の異常さよりも勝っているのだ。だけども、舞台が中学校というのが、どうにも無理があるというか、いくらなんでもなあ、という感じ。これが高校なら、何の違和感もないのだけれど。とまあ、現在中学生の息子をもつお父さんの意見です。全体の話はほとんどすすんでいないので、次巻に期待というところ。

『イヴの七人の娘たち』 ブライアン・サイクス ソニー・マガジンズ
 ミトコンドリア・イヴの話。ミトコンドリア遺伝子研究の第一人者による一般向けノンフィクションだが、現在のヨーロッパ人の95%は母系をたどると7人のイヴにたどり着くというわけで、ルーツを求める人々にアピールしたのだろう。前半はまったくの科学ノンフィクションで、著者がどのように研究を進めていったかということと、ミトコンドリア遺伝子で母系をたどるということがどういうことかが良くわかる。イヴの他にもたくさんの人々がいたが、彼女たちの子孫の女性たちはどこかで子どもを残さなかったか、男の子しか産まなかったかで、現代まで系統が残らなかったのだということ(もちろん、ミトコンドリア遺伝子の突然変異のパターンの話)だ。そして後半が、ヨーロッパ人の95%にあてはまる7つの遺伝子パターンについて、それぞれのイヴを想像した物語になっている。ここもなかなか面白かった。

『サムライ・レンズマン』 古橋秀之 徳間デュアル文庫
 痛快! これは面白い。王道のスペースオペラだ。正直な話、ぼくは〈レンズマン〉より〈スカイラーク〉派なのだが(銀河パトロールよりはムチャクチャする個人の方が好き)、現代によみがえったレンズマンは、むしろ端正でバランス良く、まさに娯楽大作な感じで、読んでいて気持ちがいい。迫力あり、ユーモアあり、そして何より嫌みがない。変に斜に構えたところがなく、ストレートでパワフル。著者の『ブラックロッド』シリーズは(面白かったけれど)今のヤングアダルト的な屈折が目立つきらいがあったが、本書はその点、実に見事に心地よい。ヒーローがヒーローしているし、ヒロインも(これは今時のヒロインだが)大活躍。往年のレンズマンたちも大活躍で、〈レンズマン〉派の人ならもう感涙にむせるに違いない(それとも細かい相違に怒るのだろうか)。これはもう、ぜひこの線でつづけて欲しいなあ。

『ダイヤモンド・エイジ』 ニール・スティーヴンスン 早川書房
 96年度のヒューゴー賞・ローカス賞受賞作。ナノテクが普及した近未来(21世紀半ばというのだが、本当かしら?)。民族国家が意味をなくし、世界は細分されている。舞台は上海だが、中心になるのはネオ・ヴィクトリア時代を築こうとする〈新アトランティス〉という国家都市であり、どっちかというとスチームパンクの雰囲気。「若き淑女のための絵入り初等読本(プライマー)」というのからしてヴィクトリアンだ。これが本というか、〈ラクティヴ〉で、超高度なインタラクティヴ・メディアなのだ(まあテレビゲームの超絶進化したものか)。こういう情報系のハードやソフトの描写はとてもしっかりしていて安心して読めるが、ナノテク関係は「高度に発達した科学は魔法と区別がつかない」という世界で、ちょっとギャップを感じてしまう。人間たちについても、まあヴィクトリアンだからしょうがないのかも知れないが、アヘン戦争かいな、義和団だって? とこっちも違和感が大きい。こんな世界だからやはり〈動物化〉しているのでしょうか。本当に『スノウ・クラッシュ』(かっこよかった)と同じ人が書いたのかと思ってしまう。とはいえ、面白くないかといわれると、これが面白かったんですねえ。始めは取っつきにくい。でもヒロインのネルが少しずつ成長するに従って、〈プライマー〉の語る物語がすごく面白くなっていき、後半では公開鍵暗号をベースにした暗号理論のメタファーにまでなってしまう(実は本書全体がそうなのだ)。細部を楽しめる人にはたまらなく面白い刺激的な小説だが、登場人物たちはみんな首尾一貫しておらず、何かわけわからない状態になってしまうし(でもネルをはじめとして、魅力的なキャラクターも何人かはいる)、ストーリーはいかにも取り散らかっている印象だ。評価は分かれるだろうな。


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