みだれめも 第136回

水鏡子


 本を読む目的は、読んで楽しむことにある。何かのためにする読書なんて邪道以外のなにものでもない。読書についてはずいぶん若い時分から、そんな倫理規範を確立させて、「書くための読書は読書の在り方として転倒している」とずっと批判しつづけている。批判されてる人間がだれかといえば、自分自身であったりする。批判はしているのだけれど、結局やってることは「書くことを前提にした読書」ばっかりで、そういう読書体質でみっちり脂肪太りをしている。まあそうなると批判といっても高脂血症になった人間が、運動療法も食事療法もしないでクスリを飲んでごまかしているというような気休めくらいの意味しかない。それに「書くことを前提にした読書」のせいで、高脂血症になるような読書量と読み込みができてきているというメリットもまああるわけだ。

 ここ何年か、ぼくのSF行脚も、すばらしいSFを読みたいという純粋な熱意であるというより、SFマガジン恒例の年間ベスト・アンケートに、きちんとした、しかも目新しさのある作品を選んでみたい、といった気分に背中を押された道行きという面がたぶんにある。
 で、あっちこっち覗いてみる。困ったことにSF様作品群があっちにもこっちにもごろごろしている。評判どおり面白い。面白いのだが、その面白さが必ずしもぼくのなかのSFにつながらない。それでじつはほっとしたりもしている。SFとして面白ければ、SFとして<評価>をし、なぜSFかと<書かなければいけない>と思ってしまうところがあるのだ。SFでなければ、そんなプレッシャーから開放される。そのかわり、年末のベスト5の玉が揃わないという別の難題が発生するわけなのだが。

 日本SFが埋まらない。いい話はたくさん読んだ。ヤングアダルト、ホラー、純文学系どこをとってもSFめいた話だらけだ。けれども読んでの面白さはSFとちがうところに落ち着いていく。

 ひとつはシリーズもののせいもある。SFが世界の成り立ちにかかわっていく小説だとすれば、シリーズ最初の数冊で世界の図式はだいたい語り尽くされる。その典型はピアズ・アンソニイの<魔法の国ザンス>に見て取れる。(『夢馬の使命』解説参照のこと)。このあと物語が世界の図式を主人公にもってくるのは、世界が崩壊するクライマックスを待たねばならない。小野不由美 『黄昏の岸 暁の天』 『華胥の幽夢』も、上遠野浩平 『ハートレスレッド』 『ホーリイ&ゴースト』も楽しんで読んだけれども、その楽しさはSFのそれではない。ここまでのところ、日本作家のベスト5に残しておいてもいいなと思う話は『ルー=ガルー』『運河の果て』といったところで、これでは境界領域での今年の収穫『千と千尋』『鳥類学者のファンタジア』『官能小説家』などと比較してはっきり言って粒が小さい。(あっちがでかすぎるだけかもしれない)

 『千と千尋』の世界を構築していくイマジネーションの論理は、明らかにSFと異なる世界構築の手法である。こういう論理構築で生み出される世界の話を、そのうちまた読んでみたいと思っていたら、早速同じ質の幻想世界に出くわした。ニール・ゲイマン『ネヴァーウェア』(インターブックス 2400円)である。ごめんなさい。前号で『ネヴァーランド』と書いたのはこの本の間違いです。読んだばかりの本の名前もちゃんとおぼえていられない。
 読みながら、繰り出され織りあげられる世界のてざわりに、いいなあと堪能しながら、ふと既視感に襲われ、思い起こしたのが『千と千尋』だった。おかげで、本来の話を読みながら、主人公である青年に宮崎駿型ヒロインを代入したらどうなるか、そんなもうひとつの話のイメージを重ねあわせて読むというなかなか贅沢で幸福な時間を持った。そんなへんな読み方をしなくても、今年出たファンタジイ中たぶん一二を争う傑作である。脇役、横道、細部がいきいきしていて、お話を収束していく大枠の物語の型どおりの陳腐さに物たりなさを残すところも『千と千尋』に共通している。あわてて、これまで無視していたニール・ゲイマンの『サンドマン』5冊+『デス』天野嘉孝『夢の狩人』(インターブックス 2900円)を買い込んだ。夢枕訳天野本『夢の狩人』は、日本の昔話や仏教説話をお勉強しましたというふうな、構えた感じのお行儀のいい説教話。とりたててどうということはない。『サンドマン』の方はやっぱり読めない。そういえば「ウォッチメン」も買ったけど読めていない。内容うんぬん以前のところで、アメコミの図柄と文法に対しては、どうも拒否反応が働いて、最初の数ページをクリアできないでいる。とはいえ、同じ作者の幻想世界であるわけで、『ネヴァーウェア』の印象を切り口にいずれは読む気になれると思う。とりあえず、いまのところは、読むつもりになったとき入手不能でばたつかないよう買っとくだけでよしとする。(とはいえ勢いで買ってしまったけれど、合計17,000円は高い買い物だと思う)


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