内 輪 第133回
大野万紀
台風のニュースを見ようと思ってテレビをつけた。臨時ニュースで、ニューヨークからの中継が入った。貿易センタービルに飛行機が衝突したという。見ている目の前で、もう一機が突っ込んできた。事故じゃない。テロだ。ハイジャックして特攻するというとんでもないテロだ。何ともいえないイヤな気分になった。高層ビルが一瞬に崩壊する画像にもショックを受けた。あの一瞬に震災と同じくらいの犠牲者が出たのだ。そして今、アメリカは戦争に向かっている。勝利条件のはっきりしない戦争。敵の反撃は戦場でとは限らない。重苦しい不安がつのる。しかし、平穏に日常を続けること、それこそがわれわれの唯一の勝利条件だ。だから、この話はこれでおしまい。
テロといえばウィルス。CodeRedでも大騒ぎだったが、今度のNimda(Adminの逆綴りですね)は、ページを開いただけで感染の可能性があるという悪質なやつで、もう大変。本当にマイクロソフトってお茶目なんだから(このウィルスはマイクロソフトのブラウザやメーラを介して広がり、マイクロソフトのサイトが発信源で世界に広がったのだ)。会社でもわが家でも対策に追われました。コンピュータの仕事をしているというのに、わけのわからない添付ファイルを実行してしまうという信じられないことをするやつが実際にいるんだからしょうがない。まあ、うちのPCは無事でしたが、ネットのバックボーンがずっと高負荷になっています。とほほです。
それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。
『黄金の幻影都市1』 タッド・ウィリアムズ (ハヤカワ文庫)
『黄金の幻影都市2』 タッド・ウィリアムズ (ハヤカワ文庫)
『黄金の幻影都市3』 タッド・ウィリアムズ (ハヤカワ文庫)
サイバースペースとは最近はいわなくなったのか、バーチャル・リアリティな世界を舞台とするアザーランド・シリーズの第一巻(といってもまだその3/5)。もともと一冊の本なので、その5までそろわないと話が完結しない。それどころか、3冊目まできてようやくストーリーが見え始めてきた感じで、まだどうつながるのかわからない断片がいくつか残っている。まだるっこしい。アザーランドといい、ヴァーチャル・リアリティといい、異世界冒険のファンタジー的な作品かと思ったが、そうではなく、近未来ものミステリの雰囲気が濃い。一番分量が多く、中心的な話となっているのは近未来の南アフリカで、ネットにはまっていた弟が昏睡状態となってしまい、その謎を追う女性教師のストーリーである。彼女の生徒であるブッシュマンの青年がなかなか興味深いキャラクターだ。どうやら世界的陰謀がからんでいるらしいのだが、今のところヒロインのプライベートなレベルでのトラブルが中心で、ストーリーが大きく広がってはいかない。異世界側のストーリーも断片的で、目新しさもなく、面白さが伝わってこない。訳者の野田さんが面白かったっていうんだから、そのうちすごくなるのかも知れないが……しかし、1冊目の訳者あとがきで書かれた内容が3冊目になってもまだ出てこないんだもんなあ。
『カムラッドの証人』 大迫純一 (ハルキ文庫)
冬樹蛉が推している〈ゾアハンター〉シリーズの最新巻。ハルキノベルズで3巻出ているが、本書から文庫に移ったということらしい。実はノベルズの方は読んでいないのだが、本書から読んでも別に問題はなさそうだ。ストーリーは単純で、サイボーグ化された超強いヒーローが超能力少女や美女アンドロイドと共に、ゾーンと呼ばれる人類の敵と戦う話。キャラクターも熱血マンガ風で、特別どうということもない。ただ、単純なだけに迫力は満点である。描写力もあって、エンターテインメントとしては確かに申し分ないだろう。だけど、平井和正の〈ウルフガイ〉などを読んできた身としては、もう少しヒーローに陰影というものが欲しい気がするのだが。
『オルガスマシン』 イアン・ワトスン (コアマガジン)
イアン・ワトスンの〈サイバーポルノ〉。出版に至るいきさつは大変面白いが、それは大森望の解説に詳しい。しかしまず目に付くのは荒木元太郎のドール写真。これはとてもニッポン的なエロゲーやヘンタイの世界か、と、ちょっと期待したりなんかして読み始めたが、そういう話じゃなかった。とりあえず、あんまりエロティックな話じゃない。女性=モノというアイデアで書かれた小説なのだが、ポルノ的な方向性はなく、何ていうか初期の手塚治虫のロボット迫害マンガな雰囲気。となると、手塚治虫の方がずっと面白いし、ヘンタイSFとしても『家畜人ヤプー』なんかの方がずっと迫力がある。だって、このドールたち、人間的魅力に欠けていて、同情も感情移入もしにくいのだ。まあ、男性読者に可哀想だと思わせること自体が性差別的だという考えもあるかも知れないが。
『オンリー・フォワード』 マイケル・マーシャル・スミス (ソニー・マガジンズ)
著者の処女長編で、フィリップ・K・ディック賞受賞作。ディックの名の付く賞には、確かにふさわしい感じがする。SFでファンタジーで幻想文学だ。悪夢のような、バーチャル・リアリティ世界のような、コミックのような、そんな地に足のついていない感じがたっぷりと味わえる。都市が近隣区と呼ばれるエリアに分割されて存在している、いつとも知らない未来。主人公はタフなトラブル解決屋。ある誘拐事件を追って、彼は動き出すのだが……といった話だ(少なくとも最初のうちは)。でもそんなSFミステリやサスペンスといった展開にはならず(途中まではそうなのだけど)、中程からどんどん世界がぶっとんだものになっていく。おまけに主人公が読者に対してフェアじゃない(自分でそういっている)ときているから、びっくりすること請け合い(確かにディックかも)。とにかくむちゃくちゃ面白かった。例によってメカたちのおしゃべりは楽しいし。でも、前半の冒険アクションの部分はともかく、後半に入って世界がややこしくなるあたりで、物語性は破綻し、結末にいたっては、おいおいといいたくなる始末。とはいえ、その結末の付け方が、むしろ今風で作者らしいのかも知れない。
『ネバーウェア』 ニール・ゲイマン (インターブックス)
トンネルの向こうは、不思議な町でした。「千と千尋」じゃないけれど、これもまたすごく面白いダークファンタジイだった。現代のロンドンの地下にある(といっても文字通りの地下というよりは、社会や集団の心の地下と言った方がいいかも知れない)下層と呼ばれるもう一つのロンドン。現代の日常と地続きではあるが、全く切り離されてもいるこの異世界がとにかく魅力的。主人公の若い証券マンも、すごくいいキャラだ。ひどい目にあっているのだが、まるでボケてるのかカッコいいんだかわからない現代っ子で、ある意味とてもマンガ的。その恐ろしいが魅力一杯の冒険が、しかし不思議に格調高く、まさに神話的な雰囲気をもって描かれる。ストーリーの説明をしてもしょうがないな。ドアと呼ばれるこの世界の姫君である少女と、恐怖そのものの(しかし不気味なユーモアのある)殺し屋ペアと、善か悪かわからないがすごく味のある侯爵、めちゃくちゃかっこいいハンター、そういった住人たちに巻き込まれてまだ日常をしっかり引きずっている主人公がする冒険譚。これはお勧めです。
『ドミノ』 恩田陸 (角川書店)
東京駅を中心に、28人の登場人物たちが繰り広げるドミノ倒し。これもまた面白いお話。変な人がいっぱい出てくるが、みなそれなりに魅力的で、ひたすらお菓子のことしか考えていないOLとか、ゾクのリーダを一言で動かすOL(めちゃかっこいい!)とか、大学ミステリ研の学生たちとか、ハリウッドの映画監督と謎の動物とか。スラプスティックというほどではないが、なかなか笑える小説だった。でも、これって絶対映画かTVドラマで見たいよなあ。スピード感あるかっこいいコメディになると思う。
『わたしは虚夢を月に聴く』 上遠野浩平 (徳間デュアル文庫)
プロローグがキング・クリムゾンの「ムーンチャイルド」、エピローグがピンク・フロイドの「ダークサイド・オブ・ザ・ムーン」。ううむ、作者はプログレ者か。〈ブギーポップ〉シリーズはもう読んでいないのだが、こっちのシリーズは読み続けている。でも、前2作とは少し雰囲気が変わってきて、すでに日常は重要性をなくしている。そのぶん、SF要素が強くなっており、特に月のウサギ型ロボット、シーマスのパートは楽しい。物語は重層的で、その違うレベル(レイヤー)間のインタフェースが、何だかよくわからないのだけれど、かっこいいからまあいいか。
『宮崎駿の〈世界〉』 切通理作 (ちくま新書)
宮崎アニメに関して、愛をもって語っている。何より、コナンからルパン、千と千尋まで、その内容を詳細に、しかも見所や面白さを細かな字でぎっしりと紹介しているところが素晴らしい。批判的、批評的に語っているところもあるのだが、その奥にやっぱり好きだしという心が透けて見えて、とても微笑ましい。ま、対象の作品を好きっていうのが一番重要だわな。