みだれめも 第135回
水鏡子
論争や対立は基本的にきらいではない。やるよりも見るほうがさらにいい。とくに互いが互いの立場を認めあい、じゃれあいながら相手の論旨を都合よく自分の意見に取り込もうとしているときは、見ていてほんとにきもちいい。SF論にしてみても、百人いれば百通りのSF論があっていいというのがぼくの意見で、ただし、どんな百通りの意見であっても、それを取り込み順列組み合わせを繰り返しながら組み上げられる<自分の>SF論は、最終的にひとつのものに収斂していくものであり、させるべきだと思っている。順列組み合わせ、比重のつけ方の違いによって同じ素材を使ってもちがう答えがでてくるはずだし、そんな作業の集積が自分にとってのSF論であるはずだ。収斂したSF論がひとまとまりに収斂しつつも可能な限りたくさんの、内部矛盾を抱えこみ、内部矛盾を肯定是認することができればできるほど、柔軟とダイナミズムを失なわずSFを読み込む標にできると思っている。
もっとも現実の論争や対立はたいていが、やるのはもちろん見るのもほとんどうっとうしい。感情的な全人否定につながって、期待をしたい論理のアクロバットより、あいつはきらいだ、きらいなあいつの言うことだから絶対うんとは言いたくない、みたいなところにすぐ行ってしまうから。あるいはきらいなあいつに大きい顔をさせたくないといったところがそもそもの出発点であったりする。そんな場所にはなるべく近寄らずにすませたい。わたしも丸くなったものである。若い頃には性懲りなく筆禍や舌禍を繰り返した人間であるというのに。
論争、対立とは少し異なるところがあるが、全人的否定という意味ではさらに決定的なものに裁判がある。
普段読む気にもならない判決文の数々が、見慣れたタームが頻発するだけで、こんなに楽しくわかりやすく読めてしまうものかと驚くくらい面白いのが、『別冊ジュリストNo.157 著作権判例百選』(有斐閣 2400円)。やっぱりなかには関係者の顔が見えてくる有名な事件もあって、ちょっと気分的にブルーになるのもないではないが、小説、コミック、TVゲーム、マスメディアとそれなりに追走してきたジャンル全般にかかっての、ゴタゴタした法律的利害関係事例を集めているだけにつっこんだ興味をもって楽しめた。覗き趣味の低劣さを確保したままそこそこ高尚な気分に昇華させてくれる。だいたい取りあげられている事件の名称自体が俗受けするものだらけである。「PC−VAN OLT名誉毀損事件」「中古ソフト販売事件」「当落予想表事件」「パックマン事件」「スマップ事件」「サザエさん事件」「ときメモ事件」「キャンディキャンディ事件」「中田英寿事件」「キューピー人形事件」「パロディ事件」「脱ゴーマニズム宣言事件」エトセトラ。
百ある事例の半分近くが新聞報道等で面白がった記憶がある。
時節柄、ゲームソフトに関する訴訟がかなりの分量を占めている。とくに興味深いのは、裁判事例の蓄積の中で、ゲームソフトは小説か映画かというのが大問題になっていたこと。これ、じつは、映画特有の権益である頒布権という権利がゲームソフトに適用されるかどうかということであるのだけれど、その過程で映画と小説のちがいといったメディア論が法律用語とパソコン用語をゴッチャに駆使して定義されたりしているのだ。
この本を読んでしばらくして、任天堂が「ファイヤーエンブレム」の偽物を訴えたという新聞記事を見た。偽物でもできがよければやってみたいなと大野万紀に訊いたら、「ファイヤーエンブレム」を作っていたスタッフが任天堂から離れて作ったソフトだという。あわてて中古屋に走る。「ティアリング・サーガ」である。弱いメンバーを均等に底上げしながら進んでいると途中で全然歯が立たなくなって、しまった「ファイヤーエンブレム」はこういうやりかたをやると詰まるんだったと思い出して最初からやり直す。無制限に戦える場所がいくつもあって、初代「ファイヤーエンブレム」と比較するとぬるいゲームだけれど、あいかわらず仲間がよく死ぬ。そのたびにリセットの嵐でなかなか前に進めない。「FFX」より時間をつぶされている。
平谷美樹は1作ごとにうまくなる。前作で感じた不満がほとんど解消されて、そのかわり、前は気にならなかったところに不満が生じてくる。『運河の果て』は主人公の性別選択にかかる内省独白が、ちょうど『ルー=ガルー』の女の子たちあたりと引き比べ、ずいぶん大仰で、今の目線でみてもむしろ古めかしくうざったい感じが残るが、物語にとって<余剰>ではない。まるっきり接点の見えないふたつの話もみごとに撚り合わされるし、ほのめかしを多用するもってまわった文章も、本書の場合は効果をあげている。今年の日本SFのベスト5候補。
本はそこそこ読んでるのだけど、プレステのせいか食玩のせいか、どうも最近原稿化に手間取る。今回の本も7月頃に読んだ本。前にも書いたように、寄る年波で、記録しておかないとすぐ忘れるので、とりあげて誉めときたい本は一杯あるのに、書き残せない。今年読んだ海外SFの今のところのベストは『タクラマカン』なのだけど、読んで5ヶ月経過すると、感想を文章化するには細部の記憶に自信をなくしている。
とりあえず、次回は『ネヴァーランド』か『忍法創世記』の予定。